第11話 試練の扉
後ろで扉が閉まる音がする。
中はとても広い。
一度戻り、扉を押すもびくともしない。
(……やっぱり戻れない)
ボスを倒すまで解放されないのだろう。 元からそうなると予想していたため、ダメージは少ないが、動揺はやはりする。
扉の先に、目を向ける。
——巨大な影。
玉座に座るその個体は、扉が開いたことに困惑しているようだが、こちらにはまだ気づいていない。 心臓の音が、うるさい。
早速、鑑定を飛ばす。
⸻
【個体鑑定:ゴブリンジェネラル】
レベル:10
スキル:【指揮】 / 【剛力】
状態:正常
⸻
私と同じ、レベル10。
手が、震える。 でも——ここまで来たんだ。
深呼吸をして、意識を落ち着かせる。
もし、危険だと判断したら、迷わず【縮地】を取る。 そう心に決めた。
ジェネラルはまだ気づいていない。
近づくために、さらに闇に紛れるのを意識する。
行こう。
自分に言い聞かせて、玉座の裏に回り込む。
巨大な影は、こちらに背を向けていた。 柱の間に立つそれは、通常のゴブリンより一回り以上大きい。 分厚い筋肉に覆われた腕。
非常に豪華な大剣を、上に投げて遊んでいる。
扉のことは勘違いと完全に警戒を解いているようだ。
しかし、ただ座っているだけでも、周りの空気が重く感じられる。
気づかれたら、かなり厳しい戦いになる。
足音を立てないよう、ゆっくりと距離を詰める。
五メートル。
四メートル。
三メートル。
ゴブリンジェネラルの耳が、わずかに動いた。
(……気付いた?)
心臓が跳ねる。
だが、奴は振り返らない。
完全に察知されたわけじゃない。
今なら!
私は、一気に地面を蹴った。
無音のまま加速し、ナイフを、逆手に構える。
狙うは——首。 振り下ろす。
——入ったが。
硬い……っ!
手応えは、肉というより岩に近い。
手が痺れる。
(……筋肉が厚すぎる。深く斬れない)
でも——出血はしてる。
致命傷じゃなくても、ダメージは与えられる。
(なら、何度も斬り続ければいい)
直後、ジェネラルが低く唸り、大剣を凄まじい速さで振り抜いた。
「……グ、ォ……!」
空を裂く暴力的な一撃。
背後で石床が粉々に砕け散る衝撃音が響いた。
直撃していたら、私は今頃死んでいただろう。
でも——遅い。
緑色の首筋から噴き出す鮮血。
先制の一撃を叩き込んだ。
その事実が、決定的な差となる。
(私の方が……速い!)
もう一度、背後へ滑り込む。
ジェネラルは必死に逃れようとするも。
逃がさない。
全力でナイフを突き立てる。
——ゴリッ。 骨を削る鈍い感触。
致命傷には届かない。
「——ギァアアッ!!」
ジェネラルが、鼓膜を震わせるような怒声を上げた。
肌を刺すような凄まじいプレッシャーを感じる。
(なにか、くる……っ!)
ジェネラルは、太い指をこちらに向けた。
——仲間を呼ぶ【指揮】の予備動作。
私は反射的に身構えた。
…………。
だが、何も起こらない。
緑色の顔が、唖然としたまま指を突き出して固まっている。
……当然だ。周囲に、仲間はいない。
助けに来る仲間など、どこにもいない。
「……終わりだよ」
私は一気に距離を詰める。
ジェネラルは絶望を浮かべ、死に物狂いで大剣を振り回す。 ただ、その軌道はあまりにも単調だった。
その隙をつき、喉元へ最後の一撃を叩き込む。
確かな骨を断つ感触。
ゴブリンジェネラルの身体が、ぐらりと傾く。
そのまま——崩れ落ちた。
ナイフを握ったまま、その場に膝をつく。
……終わった。
しばらく、その場から動けなかった。
心臓の鼓動だけが、耳に響く。
やがて、震えが遅れてやってくる。
(……勝った)
無傷。
信じられないほど、あっさりと。
ゴブリンジェネラルの身体は、光となって消えていった。
ホッと一息つく。 結局、スキルを取らなかったなと思っていた次の瞬間。
——空間が、歪んだ。
(……え?)
ボスがいた場所に、黒い裂け目が生まれる。
ゆっくりと、それは形を成し——ゲートになる。 見慣れたはずのそれが、今までとは明らかに違う存在感で、そこにあった。
視界に、文字が浮かぶ。
⸻
【条件達成】
・ソロ
・無傷での撃破
・ゴブリンジェネラルの討伐
【特別ゲートが解放されました】
【ゲートに入りますか?】
⸻
思考が、止まった。
……条件?
そういえばと石碑のことを思い出す。
『満たす者、理の選択を許さん』
『勇気ある者、異なる器を授けられる』
『されど其の選択、平坦なる道にあらず』
先に進むと異なる器をもらえる。
条件を見る限り——相当良いものだろう。
しかし、先ほどの戦闘でも、一つ間違えれば危うかった。 この先はきっと、それ以上の困難が待ち受けている。
ここが何かの分岐点な気がした。
今まで通りの平穏な暮らしをする生活。
そして……さらなる深淵へと進む道。
「ふぅ……」
一呼吸置く。
——ここが選択の時だ。
*******
その場でしばらく悩んだ。
頭はここで引けと言っている。
ここはゲームじゃない。
死んだら、もう戻れない。
でも、心が何かを叫んでいる。
——引くな、行け。
この先、力が必要な時がくる、と。
(……選べるようになりたかったんだ)
自分で決めたかった。
——なら、答えは決まってる。
頭が何と言おうと、私の心は前に進みたがってる。 それが、私の選択だ。
……この先に進もう。
ここが、運命の分岐点だ。
深呼吸を一つ。
震える指先で、私はその選択肢に触れた。
【YES】
——視界が、白に染まった。




