12-6 勇者じゃねぇよ
自ら望んで勇者パーティーから追放された俺だったが、いざひとりで地下迷宮を歩き出すと不安感に襲われた。
清掃員のパラメータは防御力も体力もゼロに近い。
いちおう試してみたが、モップの攻撃力も1桁だ。
今まではロニャたちがモンスターを掃討してくれていたからよかったが、単身で歩いているときに敵から襲われたらひとたまりもないではないか。
まぁ、いったん辛い状況に陥るのも主人公らしい展開とは言えるが――かといって痛い思いをするのも避けたい。
――などと考えながら地下4階を進んでいると、ついにモンスターの群れと遭遇した。
剣と盾を持った骸骨「ジェネラルスケルトン」3匹を先頭に、黒いローブを纏った魔法使い「ハイソーサラー」2人が続いている。
前衛のタンク役と遠隔攻撃役を備えたバランスの良いパーティー構成だ。
奴らはまだ俺には気づいていないようだが、ゆっくりと近づいてきていた。
どうする!?
とっさに周囲を見渡したが、あいにく長い通路の途中なので隠れるような場所はない。
早くも絶体絶命のピンチだった。
俺は覚悟を決めてモップを前方に掲げ、モンスターグループを待ち構えた。
ところが――。
なんと、ジェネラルスケルトンは、まるで俺のことがまったく見えていないように進み続けた。
あとに続くハイソーサラーも同様で、確実に視界に入っているにも関わらず、俺の横を通り過ぎて行ったのだ。
視力を持たないモンスターだったのか?
最初はそう思ったが、さらに何体ものモンスターとすれ違うことで、その仮説は間違っていることが明らかになった。
奴らは、俺のことが見えているのに、襲ってこないのだ。
「臭いか……」
ふと俺は気づいた。
このモップから放たれる「モンスター臭」が、俺を奴らの仲間だと誤認させているのだ。
つまり、奴らは俺のことを仲間だと思っているから、襲ってこない。
「これが、モップの隠し機能というわけか……」
モンスターの体液をモップに吸収させることで、モンスターの目を欺き、戦闘することなく敵陣の奥深くまで進むことができる――。
これこそまさに、チート級の最強スキルじゃないか!
謎が解明されたことで、ようやく胸のモヤモヤが解消し、俺の逆転劇が始まった。
俺はもはや警戒することも身を守ることもせず、探索だけに専念して、ズンズンと地下迷宮を進んで行った。
途中で出会うモンスターたちは、一匹たりとも俺には気を払わない。
通路を塞ぐように立ちはだかっている中ボスは、俺が通り過ぎても微動だにしないし、次のエリアへとつながる門を守っているゲートキーパーさえも俺を無視する。
俺は何の抵抗も受けることなく、地下迷宮の階段を次々と下りていき、ものの数分で、地下10階へと到達してしまった。
「これがボス部屋みたいだな……」
10メートルもあろうかという高い天井に、奥まで続く赤いカーペット。
壁や床を埋め尽くす壮麗な装飾が、光の魔法によって照らし出されている。
その部屋の雰囲気は、今まで通過してきたどのフロアとも、明らかに異なっていた。
玉座に優雅に腰掛けた青白い顔の男は、金髪の美男子だったが、その頭部には牛のような角が生えている。
頭上に「魔王ヴィルフレド」と表示されているので、このシナリオのボスなのだろう。
まともに戦えば、かなり強いはずだ。
ザコ敵を蹴散らしてきたロニャたちのパーティーでさえ、苦戦を強いられるかもしれない。
だが、彼もまた、俺には無関心だった。
普通のゲームだったら、プレイヤーキャラが近づいただけで自動的にボス戦が始まっていただろう。
だが『ダンジョン&ラビリンス』はAIによって制御されているので、ボスの行動も自律的なのだ。
俺は難なく玉座の横を素通りすると、そのまま奥の部屋へと進んだ。
「おぉ、勇者よ!
助けにきてくださったのですね!」
魔王ヴィルフレドの部屋に軟禁されていた王女は、俺の姿を見て安堵の表情を浮かべた。
「勇者じゃねぇよ。
俺は、清掃員。
ちょっと汚れてるようだから、掃除に来ただけだ」
「職業なんて関係ありません。
あなたは国の英雄であり、命の恩人です。
心からお礼を申し上げます。
ありがとう」
そう言うと、王女は軽く膝を折って会釈した。
それと同時に耳元でファンファーレが鳴り響き、目の前にメッセージが表示された。
『ミッションクリア!
おめでとうございます!』
『報酬として、王女の愛を獲得!』
『上級職、聖掃士へとクラスチェンジしました!』
チート的にボス戦はスルーしてしまったが、どうやらこのゲームのクリア条件は満たしたようだ。
あとは王の元へ彼女を届ければゲームエンドだろう。
我ながら、見事な「ざまぁ」展開だ。
「城に戻るぞ。
歩けるか?」
「はい!」
王女が笑顔で返事をしたので、俺は踵を返し、魔王ヴィルフレドのいる大広間へと引き返すことにした。
そのとき――。
「痛っ!」
頭部に激痛が走った。
振り返ると、王女が凄い形相をして俺の背後で仁王立ちしている。
華奢な体で大型の壺を持ち上げ、俺の頭部目掛けて追撃を加えようとしていた。
「な、なにすんだ!」
「せっかくロニャさんを楽しませてあげようと思ってたのに台無しにしやがって!」
それは男の声だった。
独特の神経質そうな声質には聞き覚えがある。
「ゲデオンか!?」
「このままゲームクリアなんてさせない!
ここでリタイヤさせてやる!」
間違いない。
ゲデオンがゲームにログインして王女をコントロールしているのだ。
そういうことか。
自分がロニャと同じパーティーに入れなかった時点で、こいつのプランは崩壊していた。
しかもよりによって、ハズレ職業を割り当てた俺がゲームクリア条件を達成してしまった。
そんな展開は認められないってことか。
俺が動揺している隙を突いて、王女は渾身の力を込めて壺を投げつけた。
ガシャンッ!
再び頭に激痛が走るとともに、俺の前には自分のヒットポイントを示す赤いバーが表示され、みるみるうちに短くなっていく。
「しぶとい奴め!」
王女は汚らしい言葉遣いで悪態を吐くと、残存ヒットポイントが糸のように細くなった俺に止めを刺すため、飛びかかってきた。
「うわっ!」
――条件反射だった。
俺は手に持っていたモップの先端を、思いっきり王女の顔に押し付けていた。
「ぎゃっ!」
王女は小さく悲鳴を上げると後方に飛び退いた。
苦悶に歪んだ顔を両手で覆い、もがき苦しんでいる。
無理もない。
不浄で不潔な液体をたらふく吸い込んだモップだ。
近づいただけでも吐き気をもよおすだろうに、直接鼻に押し付けられたら、その衝撃は計り知れない。
しかし、これはチャンスだ。
俺は体勢を整えると、改めてモップの先端をぐいっと王女の顔にこすりつけた。
シミひとつない彼女の美しい素肌が、毒々しい茶色い液体でぐちゃぐちゃになっていく。
「ぎゃぁあっ!」
全身を激しく痙攣させたかと思うと、王女はぐったりと横たわり、やがて静かになった。
ゲデオンも嗅覚は人並み以上に敏感だったのだろう。
あっけない最期だった。
***
「ゲデオン、どこ行っちゃったんだろうね?」
「さあな。
急な用事でもできたんじゃねぇの?」
ゲームのエンディング映像が終了し、俺たちがゴーグルを外しても、主催者のゲデオンは現れなかった。
ロニャは腑に落ちない様子だったが、恐らく奥の制御室の中でのびているのだろう。
そのうち目を覚ますだろうし、俺は放っておくことにした。
「なんかいつのまにか王女様が救出されちゃってて、最後だけよくわかんない展開だったけど、面白かったよね!」
「うん!
すっごいリアルで、気持ちよかった!
レンマ兄ちゃんは、あのあとどうしたの?」
ドッツォは興奮冷めやらぬといった感じで浮足立っている。
「それなりに楽しんだぞ。
上級職にクラスチェンジしたしな!」
「えーっ、凄い!
また一緒にプレイしようね!」
今回のテストプレイは、ゲデオンにとっては失敗だろう。
自身がロニャの仲間として参加できなかっただけでなく、惨めな想いをさせたかった俺がゲームをクリアしてしまったのだから。
奴の性格を考えると、これで懲りるとは思えない。
また何かを仕掛けてくるかもしれないが――それはそれで楽しみな気もする。
俺は達成感を満喫しながら、足取りも軽く、ゲームセンターをあとにした。
--- エピソード12 完 ---




