12-4 敵のおでましよ!
「ここが入口みたいね」
聖騎士ロニャは城の地下牢から、さらに下へと続く階段を見つけた。
通路は狭く、内部は暗い。
「うわ……臭っ!」
アリチェが顔を歪めながら鼻を押さえた。
確かに僅かだか、何かが腐ったような悪臭が漂ってきていた。
怪物の排泄物や死骸の臭い、あるいは怪物自体が臭いを発しているのかもしれない。
そこまで考えてようやく我に返ったが、これはVRゲームだ。
本物の臭いではなく、プレイ開始時に装着した専用のゴーグルが、鼻のあたりに香りを噴出することで、そう感じさせているわけだ。
意識していなかったが、さっき王が近づいてきたときに漂ってきた香水の香りも、このゴーグルが生み出した効果だったのだ。
「お姫様を助けるためだし……行くっきゃないよね!」
ロニャは地下迷宮へと続く階段を降り始めた。
銃士ドッツォと魔導士アリチェも後に続く。
俺は戦闘力の無いただの清掃員なので、言うまでもなくしんがりだ。
階段を下りるに従って、意外にも周囲は明るくなってきた。
地下迷宮は岩から切り出されたブロックが積み上げられたような構造で、照明はないが緑色の苔がぼんやりと光り、通路を鈍く照らし出していたのだ。
もちろんこの風景も、ゴーグルの内部に表示されている映像に過ぎない。
だが、本物と見紛うほどのリアリティを感じるのは、移動する床と映像が遅延なく正確にシンクロしているからだ。
このプレイルームの床にはパチンコ玉サイズの球体がびっしりと敷き詰められており、プレイヤーが前に歩くと逆方向に回転してプレイヤーを元の位置に戻す。
それに合わせてゴーグルの映像も動くので、プレイヤーはまるで本当にダンジョンの中を歩いているように感じるのだ。
「……驚いたわね。
壁に触ることまでできるなんて」
アリチェに言われて俺も壁に近づき、試しに手を前に出してみる。
すると、指先にピリピリと感電したような感覚があり、軽く押し戻された。
実際の岩の感触とはまるで違うが、そこに何かがあるということは確かに感じられる。
この感覚、以前にもどこかで――そう、ガジェモンベルトが生み出した宝箱型のモンスターに触ったときと同じ感触だ。
これがゲデオンの導入したポータリアンの技術なのだろう。
俺の職業を清掃員に設定した行為に対しては恨みしかないが、エンジニアとしての彼の優秀さは認めるしかなさそうだ。
「気をつけて!
敵のおでましよ!」
先頭を進んでいたロニャが鞘から剣を抜きながら叫んだ。
彼女の肩越しにその先を覗くと、子犬ぐらいのサイズの紫色の生物が数匹、ぐにゃぐにゃと蠢いているのが見える。
その頭上には『グミリン Lv.3』と表示されていた。
テキストウィンドウが表示されてしまっては、いかにもゲーム的であり、せっかくのリアリティが台無しのような気もする。
だが、名前がわからないと、いちいち「紫色でブニョブニョしたやつ」などと呼ばなければならないわけで、やはり不便だ。
ユーザーのための利便性を重視したシステムとして、素直に受け入れるべきなのだろう。
「悪の手先め!
ロニャ様の聖なる刃を喰らえ!」
陳腐なセリフを叫びながら駆け出したロニャが高く掲げた聖剣を振り下ろすと、グミリンの体はスパンッと綺麗に両断され、ぴくぴくと痙攣してから動かなくなった。
「弱っ!」
思わず突っ込んでしまった。
RPGはキャラクターの成長を楽しむゲームだ。
とくに序盤ではレベルがぽんぽんと上がって成長を実感できるのが気持ちいいのに、冒険の最初に出会った敵が一撃で倒せてしまっては、強くなったことを実感できないではないか。
そういえばゲデオンは俺を追い払おうとして「ゲームバランスの調整がまだできていない」などと言っていたが、あの発言には多少の真実も含まれていたのかもしれない。
「ファイヤーボール!」
「マジックバレット!」
魔導士アリチェの火炎魔法と、銃士ドッツォの魔導弾も、相次いでグミリンの体を四散させた。
「はっ!」という掛け声とともにロニャが最後の一匹を真っ二つにすると、ピロピロピローンとファンファーレが鳴り、俺たちの目の前に「レベルアップ!」と文字が浮かんだ。
獲得する経験値はパーティーでワリカンらしく、何もしていない俺さえも経験値を獲得し、レベルアップしてしまったのだ。
さらに俺を除く3人の前には、追加でメッセージが表示される。
「スキル、ウィンドクラッシュを獲得しました!」
「スキル、アイスランサーを獲得しました!」
「スキル、ライトニングバレットを獲得しました!」
ザコ一匹を倒しただけで、新たなスキルまで獲得してしまったらしい。
こりゃ前代未聞のヌルゲーだ。
ゲームバランスもなにもあったもんじゃない。
『ダンジョン&ラビリンス』の体感システムと、ポータリアンの粒子投影技術を組み合わせたことは確かに素晴らしい。
だがRPGにおいてゲームバランスが悪ければ、すべてが台無しなのだ。
事前の期待が大きかっただけに、俺はすっかり興ざめしてしまっていた。
――しかし。
「やったーっ!
悪の手先をやっつけたぞーっ!」
「僕のマジックバレット、見てくれた?
モンスターを1発で倒しちゃったよ!
すごいでしょ!」
「しかも新しいスキルまでゲットォ!
あたし、もしかして才能あるかも~!?」
いや、才能は関係ないだろ。
俺のトーンダウンとは裏腹に、ロニャとドッツォはぴょんぴょんと飛び跳ねて大喜びしていた。
アリチェも流石に飛び跳ねてはいないものの、魔法の杖を振りながら、ああでもないこうでもないと夢中で呪文詠唱の最適化を検討しているようだ。
……そうか。
これは通常のRPGではなく、体感型のアトラクションだ。
一回のプレイ時間も短いし、キャラクターの成長過程よりも、敵を倒したときの刹那的な気持ちよさが重視されているのだろう。
戦闘に参加せず、最後尾でモップを抱えて傍観している俺だけが、その真髄を楽しむことができずにいるというわけだ。
「くっそ。
あのやろ、覚えてやがれ……」
と俺は改めて、アホのゲデオンのことを心の中で罵った。
「あたしらは強い!
めっちゃ強い!
さぁ、怯まずガンガン進んで行こーっ!」
怪物を切り刻む快感を知ってしまったロニャはギラギラと目を輝かせると、聖剣を振りかざしてダンジョンの奥へと進んで行った。
異世界勇者パーティーによる、か弱きモンスターたちの大量殺戮が始まろうとしていたのだ。




