2-3 異星人だらけのシャンゼリゼ
「チャラーン!
ここがあたしらのお仕事スポット!
その名も、リューン・シャンゼリゼだよっ!」
月面基地の商店街が見えてくると、ロニャはひと足早く躍り出て、振り向きながら両手を広げてみせた。
「おぉ~っ!」
もう多少のことでは驚かないつもりだったが、その光景には思わず声を上げてしまった。
基地の中に大規模な商店街があるというだけでも驚きだが、そこにはさまざまな容姿の異星人『ポータリアン』たちが行き交っていたのだ。
それも、ひとりやふたりではない。
商店街を貫く幅10メートルほどの道路に、100人以上のポータリアンが見える。
入り乱れる異星の言語は騒音でしかなかったが、近づくにつれてゴーグルの同時通訳機能が働き、視界内に翻訳された文字が流れるようになった。
<ボサッコ人・男> すげぇ! この地球儀、映像が変わるぞ!
<ボサッコ人・女> ねぇあなた! このTシャツ、漢字のプリントがクールよ!
<アンテラ人・女> 変な匂い! これ本当に香水なの?
<ボサッコ人・子供> ママー! あれ買って! ユニコーンのぬいぐるみ!
<グレーネ人・男> これが地球の食品サンプルか。食べられるのか?
<アンテラ人・女> キャーッ! このアクセ、私の服に超合うんだけど!
あっという間に視界が文字で埋め尽くされてしまった。
まるで動画サイトに書き込まれたコメントの弾幕のようだ。
圧倒されて立ち尽くす俺を見て、ロニャは満足そうな表情を浮かべている。
「驚いたでしょ!
ここには、毎日何百人ものポータリアンが訪れてるんだよ!」
そう言うと、ロニャは地面をタンッと蹴って、ひときわ大きくジャンプしてみせた。
ちなみに『ポータリアン』という言葉は、地球人が勝手につけた名称だ。
『ポータル』と呼ばれる宇宙のトンネルみたいなところから地球圏にやってきていることに由来している。
地球連合と交わした条約により、彼らは地球に上陸することができない。
しかし月だけは例外として、ポータリアンと地球人が交流できる場所として開放されているのだ。
日本が鎖国していた時代の、出島みたいなものと言えば伝わるだろうか。
「それにしても……ここまで馴染んでるとはなぁ……」
俺が衝撃を受けたのは、ポータリアンの人数ではない。
彼らの振る舞いが、あまりにも人間的で、あまりにも普通だったために、衝撃を受けたのだ。
はしゃいで走り回る子供たちを見守りながら談笑するボサッコ人のグループ。
クレープをかじりながら連れ立って歩くアンテラ人のカップルや、大きな買い物袋を抱えたグレーネ人の家族――。
俺は地球にいたころ、外国人観光客で溢れかえる秋葉原の光景を毎日見てきたが、異星人たちの様子は、それとまったく同じように思えたのだ。
俺は口をあんぐりと開けたまま、目の前に広がる光景に見入るしかなかった。
ブォオンッ!
そのとき突然、背後で轟音が響き渡った。
振り返ってみると、アリチェが道端のゴミを掃除機で吸い込んでいる。
清掃員の基本装備として配られたライムグリーンのコンパクトな掃除機だ。
――そうか。
すっかり忘れていたが、俺たちはここに仕事をしに来ていたのだ。
先頭を行くロニャは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら遊んでいるようにしか見えないが、アリチェとドッツォは違っていた。
歩きながら足元に目を光らせ、落ちているゴミを見つけては、掃除機の先端を向けて吸い込んでいる。
俺が商店街を見て腰を抜かしている間にも、しっかりと業務をこなしていたのだ。
俺は腰のホルスターから自分用の掃除機を取り出してみた。
大型の懐中電灯のような形で、親指の位置に大きなスイッチがある。
恐らくこれが電源だろう。
俺はためらうこともなくポチッと押してみた。
ボボボボボッ!
たちまち掃除機はけたたましい爆音を上げ、釣り上げた魚のように暴れまわった。
「どわっ!」
ただでさえ月の重力下で体のバランスをとるのが難しいのに、想定外の反動で制御ができない。
「とめて、とめてくれ!」
思わず叫んだとき、素早く駆けつけてくれた人物は……意外にもアリチェだった。
「まったく、世話がやけるわね……」
彼女は俺の手から掃除機を奪い取ると、操作パネルと思しき場所で、ちゃかちゃかと指を動かした。
いつも無口で何事にも無関心に見えたアリチェが、迅速かつ的確に行動したのには驚いた。
「初心者がマニュアルモードを使うのは無謀よ。
オートモードにすれば、ゴミの種類に応じて自動的にパワーを調整してくれるから」
アリチェは呆れたような表情をしながら、俺の手に掃除機を戻してくれた。
年下のくせに生意気な口調は鼻につくが、助けられたのは事実だ。
「お、おぅ。
ありがとな」
俺が素直に頭を下げたとき、アリチェは一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、やがていつもの無表情に戻って路上のゴミを探し始めた。
彼女はなぜ助けてくれたのか?
同僚に対する親切心?
それとも単に、暴走した掃除機がうるさかったから?
真実はわからない。
だが、俺は彼女のことが少し理解できたような気がした。
他人のことなど関係ない、といった素振りを見せつつも、実際には周囲に注意を払っていたのだ。
「アリチェ姉ちゃんはすごいんだ。
機械に詳しいんだよ。
壊れた清掃ボットも直しちゃうし」
俺とアリチェのやりとりを聞いていたドッツォは、まるで自分のことのように誇らしげに語った。
「清掃ボット?」
「うん。
自動的に掃除してくれるボット。
夜のうちに商店街を動き回って掃除してくれてるんだ」
考えてみれば当然のことだ。
病院では看護ボットが動き回っていたし、店舗では案内ボットが商品の説明をしている。
清掃だってボットに任せるのが普通だろう。
今まで見かけることがなかったのは、夜間に活動しているからだったのだ。
「だったら……人間が掃除する必要なんてないんじゃねぇか?」
俺は素朴な疑問を口にした。
「全部清掃ボットにやらせればいい。
今俺たちがやっていることって、意味あるのか?」
俺が問いかけると、ドッツォは「うーん……」と困ったような表情を浮かべ、アリチェに救いを求めた。
どうやらドッツォには難しい話だったらしい。
「しかたないわね。
私から説明するわ」
アリチェは作業の手を止めると、面倒くさそうにため息をついた。
「つまり……」
「つまり?」
バン、バンッ!
俺がアリチェの返事を待っていたとき、突然、銃声が耳をつんざいた。
それも2回!
何事かと音のしたほうを見て、俺は息をのんだ。
地面にふたりのアンテラ人が倒れていたのだ。
そしてその近くで銃を構え、立ち尽くしていたのは保安部のユニフォームを着た大男――アレシオだった。
=== 設定メモ ===
【アレシオ・ロンバルド】
21歳。男性。アメリカ人。保安部警備課所属。司令官を目指す野心家。日本人もアニメも見下している。
【ボサッコ人】
身長は低く、全身が毛に覆われている。ぬいぐるみのように愛らしい。感情変化が激しく、集団で感情を共有する。熱いバトルアニメが好き。
【アンテラ人】
男女ともに容姿端麗。地球人に似ているが肌は黄色く頭に触角がある。キャラ好きでコスプレ好き。推しに対する愛が強すぎて身を滅ぼすこともある。
【グレーネ人】
小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレイ。知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。




