2-2 不潔感ある男子ってモテないんだよね~
「あなた……最後にシャワーを浴びたのはいつ?
今日、顔は洗ったの?
まさか……さすがに歯は磨いたわよね?」
アリチェと名乗る少女からの唐突な質問攻めに、俺はたじろいだ。
俺の見た目、かなりヤバいことになっているのか?
慌てて手ぐしで頭髪を整えようとしたが無駄だった。
ピンピンと全方向に跳ねているクセ毛は、その程度でどうにかなる代物ではない。
「え……いや。
俺、昨日退院したばかりだから……」
俺は必死に釈明しようとした。
だが、彼女は言い訳を聞く気もないらしく、呆れたように小さく首を横に振った。
「日本人はキレイ好きって聞いたことがあるのだけど、その認識は間違いだったようね」
容赦ない言葉が、俺のガラスのハートを貫いた。
誘拐されて無理やり月まで連れてこられた男に、彼女は同情する気などこれっぽっちもないらしい。
「あはは!
いきなり嫌われてるしぃ~っ」
ハンバーガーを両手で掴みながらロニャが笑い声を上げ、俺の心の傷口に塩を塗り込む。
「やっぱさ~、不潔感ある男子ってモテないんだよね~」
「う、うっせぇわ!」
マジで腹立つ。
しかし腹が立つと同時に、腹が鳴った。
なにしろ月に来てから何も口にしていないのだ。
そんな俺の目の前で、ロニャは美味しそうにハンバーガーを頬張っている。
溢れ出る肉汁とソース。
周囲に漂う香ばしい香り。
俺の胃袋が悲鳴を上げた。
こうなったらもう、恥も外聞もない。
「なぁ、ロニャ。
俺、昨日から何も食ってないんだ」
「ふぅ~ん。
そうなんだ」
「あぁ。
だからさ、わかるだろ?」
「わかるって……なにが?」
「その……つまり。
ちょっと……それを分けてくれないか?」
俺は勇気を振り絞って物乞いのような言葉を吐き出したが、ロニャはハンバーガーを口にくわえたままで、「え?」と驚いたような表情をした。
そしてしばらくモグモグと咀嚼しながら考える。
「でもぉ……食べかけだしぃ……シェアとかムリっしょ」
「だったら、フライドポテトだけでもいい。
……頼む」
「んー。
あんまりオススメできないなぁ~」
「なんでだよ?」
「ペコペコのときポテトだけ食べると、食欲マシちゃうし。
むしろ食べないほうがいいと思うよ。
うん!」
「いや、それでもいい!
めちゃくちゃ腹減ってるんだ!
だから、な!」
俺は強い口調で言おうとしたのだが、腹に力が入らず、間が抜けたような声になってしまった。
するとロニャは悩むそぶりを見せながら、残りのフライドポテトをひょいひょいと口に放り込み、あっという間に食いきってしまった。
「あ、おまっ!
全部食ったな!」
「あ、ごめ!
気づいたらなくなっちゃってた」
「おおおおおおっ!」
俺の怒りは頂点に達した。
この女、どうしてくれようか!
しかし……すぐに気づいた。
空腹すぎて、もはや怒るエネルギーすら湧いてこないということに。
俺が力なく、がっくりとうなだれたとき――。
「ピッ!
おはようございます」
不意に耳元で無機質な電子音が鳴り、ゴーグルの視界中央に幾何学的な『顔』のアイコンがポップアップした。
発話前に『ピッ』と電子音が入るのは、それがAI……人工人格である証拠だ。
「レンマ・ミヤヅカさん、初めまして。
私はヴィジェ。
月面基地管理局の総務部を統括しています」
――人工人格が部署を統括!?
どうやら、この組織は人工人格によって仕切られているらしい。
それは今どき珍しいことではないし、最先端の月面基地なのだから当然なのかもしれない。
人間の上司なんかよりもよっぽど公平で、頼りになるという意見も聞く。
だが、慣れないせいか、少々複雑な心境になるのだ。
「レンマさん。
あなたには、ここにいるロニャさん、アリチェさん、ドッツォさんとともに、清掃業務を行っていただきます」
「清掃業務?
それって、要するに掃除か?」
「そうです。
月面基地の商業区を綺麗にするお仕事です」
――清掃か。
正直、良いイメージはわかない。
汚れるし、疲れるし、楽な仕事ではないだろう。
「拒否権は……ないのか?」
「はい。
申し上げにくいことですが、レンマさんは地球に帰るための旅費はもちろん、ここで暮らすための貯金もお持ちではありません。
ここで働いていただくしかないのです」
やはり……そうなのだろうな。
ある程度の覚悟はできていたが、俺には選択肢がないのだ。
果たして、俺に耐えられるのだろうか?
コンビニのバイトさえ長続きしなかったというのに……。
「ちょっと~、レンマ、なんか暗いよ?
テンションアゲてこ~っ!」
ロニャは底抜けに明るい笑顔で、気落ちしている俺の背中をバンバンと叩いた。
=== 設定メモ ===
【アリチェ・ブルネロ】
16歳。女性。イタリア人。総務部清掃課。幼く見られるのが嫌でクールを装っている。メカが好き。
【ヴィジェ】
男性。人工人格。総務部のマネージャー。放任主義だがイザというときは頼りになる。




