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1-5 日本人が大好きなんだ!




 商店街『リューンシャンゼリゼ』のど真ん中に置き去りにされた後、不安を抱えながら進んでいると、やがてライムグリーンの建物が見えてきた。


 ロニャが『ゴミ箱みたい』と形容するのもなんとなく理解できる形状だ。


 近づいてみると、建物の壁には清掃事務所(クリーニングオフィス)と書かれている。

 事務所というから役所みたいなところかと思っていたが、これはどちらかというと労働者の詰め所といった(おもむき)だ。


 俺は恐る恐る中へと入っていった。

 

「レンマ兄ちゃん!」


 いきなり目の前に現れた少年が、意味不明な言葉を発した。


 全身が茶色い毛で覆われているボサッコ人だ。


 『兄ちゃん』と呼ばれたが、もちろん俺に弟はいない。

 その自称『弟』は、俺より身長が低く150センチほど。

 整った綺麗な顔立ちだが、猫が興奮したときのように逆だった頭髪と、ダークオレンジの瞳は紛うことなきボサッコ人の特徴だ。

 ロニャと同じライムグリーンのユニフォームを着ているということは、彼女の同僚なのだろう。


 俺がどう反応していいかわからず呆然としていると――。


「あ、ごめんなさい!

 僕の名前はドッツォです。

 見ての通り、ボサッコ人なんだ」


 少年はペコリとお辞儀をすると、慌てて名を名乗った。

 なんだかんだで敵意は無く、友好的な異星人のようだ。


「お……おぅ。

 で、なんで俺がお前の兄ちゃんなんだ?」


「え……と。

 僕はまだ15歳だから……弟分かなって思ったんだけど、だめ?」


 ドッツォはウルウルとした眼で、許しを請うように俺を見た。


 正直……親しい間柄ならともかく、初対面でいきなり兄弟分を名乗られるのはだいぶ違和感がある。


 ――だが相手は異星人だ。

 宇宙の平和のためにも、これは甘んじて受けとめるしかないだろう。

 

 などと思案していると、ドッツォと名乗るボサッコ人は、さらに1歩、間合いを詰めてきた。


「そう言えば、ヴォルラックの第3話、見たよ!

 サイコーの胸アツ展開になって、も~、大興奮だったよ!

 まさかレオンがザルグラード王家の皇子だったなんて!

 裏切り者とか言われても、地球のために戦うレオンって、泣けるし、も~サイコー!」


 ハイテンションなマシンガントーク。

 しかも言っている内容がさっぱり理解できず、俺の頭は真っ白になった。


 しかし、ドッツォは構わずまくしたてる。


「今回のエンディングも熱かったなぁ!

 曲のイントロが流れ始めるタイミングが完璧だよね!

 夕日をバックにヴォルラックが飛び立つシーンなんても~、ざわ~っと鳥肌たっちゃった!」


 そう言いながら、ドッツォの頭髪が静電気を帯びたようにフワッと浮き上がった。

 感情が高まった時、ボサッコ人は文字通り『鳥肌が立つ』のだ。


 ドッツォが感極まって言葉を止めた瞬間、俺はようやく根本的な疑問を口にすることができた。


「……ええと、あのなぁ」


「え、なぁに?」


「さっきから、なんの話をしてるんだ、いったい?」


「え?

 ヴォルラックの話だけど、観てないの?」


 ヴォルラック――『重星覇装じゅうせいはそうヴォルラック』といえば50年前にヒットしたロボットアニメだ。

 映画化され、様々なグッズが発売され、いくつもの派生シリーズを生み出した名作であり、俺はもちろんたいていの日本人は知っている。

 ただ、絵柄は古いしストーリーも単純。

 今となっては時代遅れの感がある。

 

「いちおう観たことはあるが……そもそもなんでヴォルラックの話をしてるんだ?」


「昨日、配信で観たんだよ。

 それで、その興奮を伝えたくて!」


「だから、なんで?」


「だってレンマ兄ちゃん、日本人だから!」

 

 ――そういうことか。


 ようやく俺にも事態が飲み込めてきた。

 これはいわゆる社交辞令ってやつに違いない。


 ロニャは月面基地では日本人が珍しいと言っていたし、ドッツォも日本人に会うのは初めてなのだろう。

 事務所に日本人がやってくると聞いて、彼は日本人向けの話題を振ってくれているというわけだ。


「そうか。

 日本のアニメを観てくれたんだな。

 ありがとう」


 我ながら、ぎこちない返事だったが、感情表現が豊かなボサッコ人は、たちまち満面の笑顔となった。


「うんっ!

 レンマ兄ちゃんに会えて、僕嬉しい!」 


 ドッツォは眼をキラキラと輝かせながら両腕を挙げ、レッサーパンダが相手を威嚇するときのようなポーズで喜びを表現した。


 歓迎してくれるのは嬉しいが、ここまで極端だと何か勘違いをしているのではないかと心配になる。

 

「いやぁ。

 俺は確かに日本人だけど、別に俺がアニメを作ってるわけじゃないから……」


「わかってるよ!

 でも僕たちは日本人が大好きなんだ!

 あんな凄い作品を作ってくれたから!」


「僕達?」


「うん。

 ボサッコ人たちの間で、今、アニメが熱いんだ!

 ムーンシャドウやガジェモンなんかも、じわじわブームが来てるんだよ!」


「……マジか!?」


 『ムーンシャドウ』や『ガジェットモンスター』も確かに有名なアニメだが、社会現象とまで呼ばれたヴォルラックに比べると1段階落ちる。

 内容的にもマニアックで、一般向けとは言えない作品だ。


「アニメを気に入ってくれているのは嬉しいけどさ。

 地球のコンテンツは他にもいろいろあるだろ?

 ハリウッドの大作映画とか、長編ドラマシリーズとか……」


「アニメがいいんだよ!

 僕たちボサッコ人の熱いパッションを、アニメは刺激してくれるから!」


「パッション?」


「うんっ!

 長いあいだボサッコ人たちが探し求めていたものが、ついに見つかったんだ。

 だから今みんな、アニメに夢中なんだ!」

 

 ドッツォは両手をぎゅっと握りしめると、ダークオレンジの瞳に強い意思を込めて俺を見上げた。


 どうやらこれはただの社交辞令ではないらしい。

 想定外の熱い想いに押されて、俺は圧倒されてしまった。


「な……なるほど」

 

 そもそもボサッコ人は単刀直入をモットーとする種族だと聞いている。

 彼らの言語には、お世辞という概念が存在しないのだ。

 ドッツォは脳内で思っていることを、そのまま言葉にしているに過ぎず、24時間365日、常にマジなのだ。


 ――そのとき。


 俺のゴーグルに幾何学的な顔の映像が表示され、耳元のスピーカーから低い男の声が響き渡った。


「ピッ!

 はじめまして。

 私はヴィジェ。

 月面基地管理局の総務部を統括する者です」


 発話前に「ピッ」と電子音が入るのは、それが人工人格による合成音声であることを示していた。






=== 作中に登場する架空の作品について ===


重星覇装じゅうせいはそうヴォルラック』

 地球征服を企む宇宙帝国ザルグラードと戦う巨大ロボットの物語。ザルグラードの皇子が、地球を守るために兄が率いる母星の帝国と戦う。


『アイドル忍者ムーンシャドウ』

 普通の中学生だったコトノは、謎の黒猫コタローから忍者の力を授かる! 平和を守る正義の忍者として活躍する美少女アイドル5人組の物語。


『ガジェットモンスター(ガジェモン)』

 文房具などの道具の能力を持ったモンスターを戦わせるバトル系アニメ。腰のベルト(ガジェモンベルト)に宿らせたガジェモンを召喚ポーズをとることで呼び出すことができる。


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