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プロローグ


 年老いた母、リルが亡くなった。

 生まれ育ったモンテルタウンへの再訪中に倒れ、小さな診療所のベッドで眠るように、父のあとを追いかけて旅立っていった。

 騒ぎが大きくなったのはそのあと。遺言に記されていたパスコードを打ち込んで、母の鍵付きチェストを開けたときからだ。出てきたものは、数年間の日記が保存された記録チップと小さなメダル、そして額縁に入った勲記。それもメダルはただのメダルではない。火星開拓民の象徴たるモミの木があしらわれた純金の五芒星、名誉勲章(メダル・オブ・オナー)だ。

 勲記にはこう記されている。



『リル・クラーク防空軍少尉は、西暦2503年十二月二日に発生した火星上空での空戦における英雄的な行動によりその名を残した。

 少尉は生還の見込みの低い襲撃機に搭乗し、大気圏を再突入してくる侵略軍の輸送シャトル部隊を僚機とともに奇襲した。当該機は敵編隊の苛烈な弾幕を突破、敵輸送シャトル七機の撃墜を果たし、侵略軍の兵站に重大なダメージを与えた。

 次いで被弾損傷した僚機の離脱を援護するため囮として戦域に留まり、多数の敵戦闘機とシャトルの対空防御をかいくぐる絶望的な状況において撤退の時間を稼ぎ、僚機の生還を成し遂げた。彼女の卓越した勇気と技量は、将兵の規範として連邦共和国軍に偉大な名誉をもたらすものであった』




 かつて太陽系に七年間吹き荒れた大抗争、惑星大戦。

 西暦2501年十月一日、木星の衛星エウロパを本拠とする帝国、いわゆるエウロパ帝国が電撃的に行った火星侵攻により戦端が開かれ、月・地球・火星連合の帝国本土逆侵攻によって西暦2508年二月二日に終結した宇宙戦争。


 この勲記によれば母は高校生の時に火星連邦軍に参加していることになる。

 チェストから出てきた大量の日記は父と母、それぞれの青春の軌跡。ふたりの一人娘として、それは衝撃的な内容だった。若き父は帝国軍に従軍し、同じ戦場で母と何度も殺しあった末、戦後は結ばれることになったという。私が生まれるのはそれからすぐのことだ。

 若いふたりの身に何が起きたのか、私は残さずにいられなかった。これは二人が付けていた日記を元にした、私たち家族の、長く、極めて個人的な物語である。


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