01:転校生
「明日はいよいよ歓迎会です」
帰りのホームルームの最後で担任のジョイ先生がにこにこして言った。
「お祝いの気持ちを忘れないように。それと」
ジョイ先生は教壇の上でこほんと咳払いをして真面目な顔をしてみせる。
「お腹を空かせてくるように」
教室のいたるところから歓声が上がる。食べ物が出るとなると中等部の子供たちでも目の色が変わる。フライド・チキンが食べられるぞ!と男子。さっそくぎゃあぎゃあ賑やかになる教室。
ついさっきまで外国からやって来るという転校生の話題で持ちきりだったのに現金な奴らである。そこで前の方に座っているクラスの委員長――少し気の強い白人の女の子――が「はいっ」と勢いよく手を上げる。
「なあにレイチェル」
「はい、先生。リルが転校生へのプレゼントを持ってきてくれないんです」
レイチェルは振り返って、教室のいちばん後ろの窓辺の席に座る俺を睨み付けた。薄い茶目と白い頬が怒りに染まっている。
「冥王星の氷の欠片とか、火星グマの牙とか、ピストルとか、みんなひとつずつ持ち寄ってるのに、あいつだけ」
俺は目を逸らして窓の外を眺めてみせた。刈り取られたばかりの小麦畑が延々と続く、変わりばえのない田舎の風景。
「あらリル。どうしてプレゼントを持って来ないのかしら?」
ジョイ先生はにこにこしたまま、ふんわりと尋ねた。
「お金が余ってないからです」
俺は昨日たぶんそう答えたと思う。そのあとのレイチェルや取り巻きとのやり取りにうんざりして、後のことは忘れてしまった。
それから1日経つ。俺は体育館の端の方に座り込み、こっそり取ってきたフライド・チキンの紙カップと、コーラのビンを抱え込んで、ぼんやりと賑やかなパーティの中心を眺めていた。
「なんで来ちゃったんだろ、サボれば良かったのに」
寒い!と文句を言ってみても、誰も俺なんか見ちゃいない。
パーティ会場になっている体育館は中等部の校舎よりもずっと古くてボロい。ジョイ先生によるとこの町、モンテルタウンの開拓時代にはもう建っていて、気まぐれにやって来る火星の大砂嵐に何度も耐えてきたらしい。でも次の嵐には負けそう。
ひんやりとした晩秋の空気が外壁の対候シールドのひび割れを通して室内に伝わってくる。
「プレゼントを持ってこないなら、リルはパーティに入ってきちゃ駄目」
委員長のレイチェルは重々しく判決を下した。昨日のことである。
何でもいいから転校生にくれてやれば良かった、とは思わない。今はコイン一枚でも惜しい。でも俺はさっきからくしゃみばっかり。
体育館に並べられた白いパーティテーブルが眩しい。
お皿の上のチキンとケーキはとっくになくなって、残っているのは冷たくなったほうれん草とニンジンの付け合わせだけ。
俺は愛用の黒いパーカーのポケットに手を突っ込んで、昨晩ハウスの食堂からかっぱらった丸パンを探して、やめた。どうやらどこかで落としたらしい。
成長期の子供の昼食がフライド・チキンひと切れというのはつらい。おまけに朝ごはんを食べてない。これは西の魔女のせい。
「リル、明日は学校でパーティがあるんでしょう」
昨日の夕食の時、珍しく西の魔女ことハウス長が食堂にやってきて、
「なら明日はあんたの食事の用意はいらないわね」と言って嬉しそうに西棟の魔女部屋に帰っていった。断っておくとべつに俺は魔女に嫌われているわけじゃない。彼女は純粋に経費削減を愛しているだけ。ともかく俺の今日の朝ごはんと夕ごはんは消え去った。
そんなわけで俺は残り物を漁りにいくことにした。
パーティ会場になっている体育館の真ん中では、背の高い赤毛の転校生がみんなに囲まれて談笑している。女子たちがきゃあきゃあうるさい。
俺はなるべくみんなの視線に入らないようにこそこそとテーブルに近づいて、大皿の残り物をフォークでつつく。会話は嫌でも聴こえてくる。
「父さんの会社がこの町のリゾート開発をやろうとしてるんだけど、僕の国じゃ家族が離れ離れになるなんてあり得ないんだ。だから一緒に引っ越してきたんだよ」
ふーん。
「この国のひとはみんな優しいね。僕、今日みたいな素晴らしいパーティを開いてもらったのなんて初めてだよ」
ほお。
「すてきなプレゼントをありがとう。大切にするよ」
ちなみに言っておくと、高いものを買って初対面の人間にプレゼントと称して押し付けて、マウントを取ったつもりになるという、我がモンテルタウンの田舎くさい風習が大嫌い。
「この学校は最高だね。何が最高かって? フライド・チキンがこんなにたくさん食べられることさ!」
野菜がいっぱい残ってるぞ。みんな好き嫌いしやがって。
俺は黙々と残り物を漁り続けた。なにしろ夕飯もこれで賄わなけきゃいけない。
途中でジョイ先生が俺のそばにやってきて、俺の頭をぽんぽん撫でた。好き嫌いをしない良い子だと褒めてくれた。
そうして最後の皿に手を付けようとしたとき、みんなの輪の中のいた転校生と目があった。すると転校生は俺の方へ歩いてきて、にっこり笑った。
「君はまだ喋ったことがないね。はじめまして」
差し出された右手。白いシャツの袖とピンク色の指先。
「……」
するとレイチェルの腰巾着のジョンが間に割って入ってきて、舌を出してわざとらしく肩をすくめた。
「そいつは放っておいていいよ。君へのプレゼントを持ってこねえくせに食べるものはしっかり食べるんだよな」
みんなどっと笑う。転校生の右手はそのまま。
俺は口に詰め込んだニンジンを飲み込むと、回れ右で体育館の出口に向かう。
「あっ、ちょっと待ってよ」
体育館のいつも故障している自動扉を両手で押し開けて、俺はその場から出て行った。
「いつもあんな感じなのよ。ほんと嫌になるわ」
後ろから、レイチェルの声が微かに聞こえたような気がした。
俺が転校生へプレゼントをやれないのも、パーティの食べ残しを漁らなければいけないのも、全てこの町の貧しさと、自分のことしか考えない大人たちが悪い。
学校に通う生徒の十人にひとりは親から見捨てられた子供たちで、俺もそのひとりだ。みんな町に設置された国営の孤児院、通称ハウスでひしめきあって暮らしている。
ハウスは小学校のすぐそばに見える白い箱みたいな建物。隣に建っている時計塔はこの町で一番高い建物だ。最上階に作られたハウス長室からはいつも魔女が下界を見下ろしていて、州政府からの助成金をねこばばしながら退屈そうにネットショッピングに興じている。
俺は昼過ぎにパーティ会場を後にしてもハウスには結局戻らなかった。今帰ると魔女から皿洗いと年少の子たちの世話焼き仕事を押し付けられるに決まってる。
皿洗いはまだしも、くそガキどもの相手なんかまっぴらだ。
服を引っ張られたり、おもちゃを投げつけられたり、挙句の果てに、
「ショーンが言ってた。リルは学校でひとりぼっちだって。勉強全然だめだって。ねえそれってほんとう?」
9歳グループの中でもいちばん体がでかいガキは早くも俺を格好の獲物として品定めを始めていた。
ショーンというのはそのガキの兄貴で、どうしようもない人格破綻者だ。俺がむかし9歳グループにいた時に率先していじめてきた男子だった。最近は嫌がらせの趣向を変えたらしい。
そんなわけで俺はハウスと反対方向にあるULEA駐機場に向かい、そこで愛機にまたがり、キーを差し込んだ。
ULEAはUltra Lightweight Electric Aircraft の略、つまり超軽量電動飛行機のことだが、長ったらしいので、世間では“スキップ”という名で通っている。州都あたりではあまり見かけないが、このモンテルタウンのような田舎町では子供から大人まで住人の大事な足になっている、小さな空飛ぶバイク。
やっぱりこいつに乗っているときが一番落ち着く。
俺は愛機、ひたち社製みつば3000型の白く冷たい、華奢なボディを優しく撫でた。紋白蝶のように小さく、可憐で、軽い機体。「家から近くのコンビニまで」をコンセプトに、近距離飛行を前提として開発された、安価なとくに小さなスキップだが、改造に改造を重ね、信頼できる俺の相棒となった。
モーターを起動すると両翼に内蔵された小さな二枚のプロペラが回転し、垂直方向に機体が持ち上がる。しばらく宙に浮かんでいるあいだに搭載AIが姿勢制御と安全確認を実行し、それが済むと機体尾部の主回転羽が展開、回転を始め、機体を駐機場入り口まで自動的に前進させる。
そこで、目的地を指定するようAIに急かされ、
「いつもの鉱山跡まで飛んで」
そうコールしたきり、俺は操縦桿に突っ伏した。AIが操縦しているので緊急操縦切替ペダルを踏まない限り操縦桿はびくともしない、良い枕になる。今になってパーティでの食い溜めが響いてきて、ちょっと気持ちが悪い。子供はみんなニンジンとほうれん草が嫌いだけど、俺だってまだ子供なんだぜ。
機体はモンテルタウンの寂れた町並みから離れて、しばらくだだっ広い小麦畑の上を飛んだのち、森を越え、草原の上を飛んでいた。その向こうには酸化鉄の赤い大地と岩山が広がっている。そろそろ緑地限界に達し、火星面地球環境化工程の未完了領域、“赤地”に入る。
「ありがとう、この辺でいいよ。後は俺が操縦するから」
「かしこまりました、操縦桿を保持して下さい。5秒後に手動操縦に切替わります」
操縦が切り替わると俺は一気に速度を上げて、赤い大地のなかに残された古い鉱山跡を見つけた。岩山に続くレールやかつての居住ドーム、ロケット発射場やらが散らばる廃墟街の上を慎重に飛んで、坑道入口付近の廃品集積所のそばに着地した。
このガラクタの山が俺の、いや俺と姉貴の秘密基地であり作業場なのだ。
これこそが毎学期行われる全校スキップ・レースで勝ち続け、そして1ヶ月後のレースでもまた優勝するための秘密。改修パーツを買う金が無いなら、拾ってくればいいというわけ。広大で障害物だらけのこの廃墟街も格好の練習場。
誰にも邪魔されない、赤く、埃っぽい見捨てられた楽園。
ここでなら、死んでしまってもいい。俺は本気でそう思えるんだ。




