27.(レーンハルト視点)
「――なんだ、アシュレイ」
執務室に入って来てからじっとこっちを睨みつけたまま何も言わないアシュレイに声をかけた。本当は奴の言いたいことはわかっている。
「――わかっている、ちょっと躊躇してしまったんだ」
サーナの同意さえ得られれば計画を進める。そう国の重鎮たちと話を決めたはずなのに、いざサーナを前にしたらためらってしまった。
サーナの弱味につけ込んでいるのではないか。混乱させるのではないか。断りたくても彼女の性格上断りづらいんじゃないか。そんな不安がむくむくと沸き起こってきてしまって、どうしても話を切り出せなかった。
そんな俺の内心が聞こえたのだろうか、アシュレイが切り出した。
「俺から話そうか。あくまでサーナ様の身を守るためだって」
幼い頃から遊び相手として俺と共にあったアシュレイだ。どうやら俺の考えなどお見通しなんだろう。でも今回は頼むわけには行かないだろう?
「いや、だめだ。さすがにそれはよくない。こればかりは俺の口から話さないと――たとえどんな状況だとしても、だからこそ、大切なこれだけは」
大切な――プロポーズだけは。
国の主だったメンバーとで話し合った結論はこうだ。
サーナは女神の恵み、縛りつけるわけには行かない。だから最終決定は彼女の意思に任せることを大前提に、国内外へ発表することと、サーナと俺との婚姻を決めた。
なぜ婚姻かというと、サーナを他国に取られることを恐れたからだ。誰が? 俺がだ。
他国もサーナに自国に来てほしいと思うだろう。それは「女神の恵みが選んだ国」という箔付であり、そこから生まれる何らかの神の恩寵を真っ先に受けるため。そんなところだろう。ただ、だからこそそんなふうにサーナをサーナ個人としてではなく「女神の恵み」という肩書だけで扱う国には送り出すわけには行かない。
サーナが望むなら好きな男に嫁げばいい。彼女を大切にしてくれる男の元に。
そんな話だったのだが、その瞬間とてつもなく嫌な気持ちになってしまった。
サーナが他の男の所へ?
あの夜の庭で話を聞いてくれた穏やかな笑顔が俺じゃない誰かに向くのか?
そう思ったら腹の奥から焦りが沸いてきた。そんなこと許せない、そういう思いに取り憑かれてしまったように。
だから「女神の恵み」という尊い立場のサーナとつりあう立場は自分しかいないだろう、幸い息子のクリストファーもサーナに懐いていることだし――と強引に話を持って行ってしまった。息子をだしに使うなんて、我ながら情けなくて後でこっそり落ち込んだ。
だというのに肝心のプロポーズができなかった。アシュレイのじとっとした視線は甘んじて受け入れなければならない。
☆★☆★☆
昼前にクリストファーを呼んだ。大切な話があるからとお茶を用意してくれた侍女すら人払いをして、クリストファーをソファーに座らせる。もちろん話とはサーナとの結婚の話だ。サーナと俺が結婚すればクリストファーには新しい母親ができることになるんだ、彼を蚊帳の外にしておくわけには行かない。
クリストファーはひどく硬い表情で座っている。まるで叱られるのがわかっている子猫のようだ。だが俺の話は別に叱るような内容ではないのだから、この子が何をビクビクしているのか見当もつかず内心首をひねる。でも緊張しているなら少しでも解いてやらなければ。俺はクリストファーの対面ではなくとなりに腰を下ろした。
「クリストファー、聞いてみたいことがあってな」
「は、はい父上」
「おまえは母親を欲しいと思っているか?」
「へ?」
クリストファーの目がまん丸になる。あからさまに予想外の質問だったんだなと少し和む。
「どうした。なんの話だと思っていた?」
「あ、あの、サーナが倒れたときにぼくが魔力を使ってたってあとから聞いて――でも全然覚えてなくて、それで、その後もやろうとしてもやっぱり魔力はつかえなくて、だから」
「ああ、それでとがめられると思ったのか?」
ビクッと肩が跳ねてる。そのあたりはメルファスからも報告を受けている。あのときの魔力放出は危機的状況にとっさに出たものだろうと、そして一度できたからといってこれから先無理に魔力を使わせようとすると「できなかった」失敗感が今後ますます魔力の発現を妨げるようになってしまうから無理をさせないように、と。
「むしろ一度でもを使えたんだ。すごいことじゃないか」
「そう――でしょうか」
「可能性がある、ということだろう? 喜ばしいことじゃないか。とはいえそもそも魔力を使えようが使えまいがクリスが大事な我が子だということは変わらないが」
「ちち……うえ」
クリストファーの瞳があまりにまん丸で目がこぼれ落ちてしまうのではと心配してしまうほどだ。
「だから心配するな。そもそも今日おまえを呼んだのはその話ではない――クリス、母親は欲しいか?」
「母親――母上が戻っていらっしゃるのですか?」
戻って来るということは、クリストファーの実の母であり離婚した俺の前妻ミカエラのことを想像しているのかとすぐに気がついた。
ミカエラは貴族らしい貴族の女性だった。だからクリストファーを自分の手で育てたわけではなく、関わりも密接ではなかった。クリストファー自身はそれでも母親が恋しかったのだろう、彼女が城で暮らしていた頃はミカエラと会うと嬉しそうに笑顔になっていた。
だからミカエラのことを慕っていたはずなのに、この違和感は何だ?
「いいや、ミカエラは戻ってこない。戻っでこられない。だから、ミカエラではない他の女の人だ。わかるか?」
「母上じゃない人が、母上に」
「嫌か?」
クリストファーはうつむいた。やはりだれだかわからない女が突然今日からおまえの母だ、なんて言われても困るのだろうか。
「――今まで通り、サーナがいるならいいです」
「――! そ、そうか、わかった」
なるほど、環境が変わって世話役が交代になることを不安に思っていたのか。そう納得する。
だがどこか錆びついたように違和感がこびりつく。何しろ俺が「わかった」と言ってもクリストファーの視線は下を向いたままだったから。
問いただそうかと思ったが、執務がおしていてこれ以上はない時間が取れなかった。この話は近いうちにじっくりと話さなければならないと頭の中で書きとめた。
午後、少しだけ時間をとって俺は庭へ向かった。庭師から鋏を借り、きれいに咲いている秋薔薇を自分で一輪ずつ摘んでいく。今の季節は女性が喜びそうなピンクはここには咲いていない。そこでいくつか色を混ぜて花束になるように揃えていった。白、オレンジ、赤――サーナはどの色が好きだろうか。花束を喜んでくれるだろうか。
プロポーズを受け入れてくれるだろうか。
花を摘みながらなぜこんなに焦っているのか、その理由が頭の中をぐるぐると回っていた。つまり俺はサーナのことが――
前の結婚ではこんな締めつけられるように苦しく、なのに甘美で溺れてしまいそうな気持ちにはならなかった。ミカエラとはあくまで政略結婚、そう割り切っていた。それでも夫婦として誠意を尽くしたいと思っていたし、ミカエラも同じ気持ちなのだと――
ぱきん!
鋏を入れた黄色の薔薇を一輪、取り落としてしまった。満開になっていた花は落ちた衝撃で花弁がバラバラに散ってしまった。
まるで俺とミカエラのようだ。
あんな結果になり、ミカエラはいなくなった。
――何を考えているんだ、俺は。
プロポーズのための花束を作りながら考えることじゃないな、と頭を切り替えることにした。
ほんの今しがた自覚したこの気持ちに乗せて、俺は誠心誠意彼女に結婚を申し込むつもりだ。だがサーナはまだ若く、一方の俺は年が離れている上に結婚歴のある子持ち。サーナにはあまりに不釣り合いに思える。
けれど俺は彼女を手放したくない。他の男をあてがって「離れていても君の幸せを願う」なんて言えるわけがない。
もし断られたとしたら、俺と結婚することのメリットを説くだろう。
こんなプロポーズしかできない男を君は受け入れてくれるだろうか。
そんな不安と緊張とを抱えつつ、俺は夜を待つ。
夜になったら、サーナに会いに行く。
色とりどりの花束を抱えて。




