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タロー=クーデンベルクは

 無学文盲、残忍酷薄。

 薄汚れた肌に丸まった背筋。

 瞳は伸ばしっぱなしの紫紺の髪に遮られて見えない。

 護衛として学園立ち入り許可は得ているものの、生徒としての在籍は認められていない。他の護衛や門番と共に学園の警備にあたっている。口が聞けないと周知されており、誰と話すこともなく、影のように静かにただひたすら護衛を務めている。


 彼の名はガーネット。

 戦奴隷であり、リシュカ=クーデンベルクの護衛である。




 幼い頃、彼は騎士になりたかった。

 捨てられたか、戦災孤児か。物心ついた時には親はなく、彼は教会で育てられた。神の教えなど欠片も守られない、教会など名ばかりの場所だったが、たった一つ、彼の支えとなるものがあった。


 国教の女神を描いた、一枚の宗教画である。


 赤子を抱いて微笑む、美しい金髪の女神。その背には何千何万の騎士が続き、天から降る光が女神を照らす。その足元に、死霊を従えた赤いローブの魔女が横たわっている。


 勝利と繁栄の女神、アリス。

 度重なる戦を経て大国となったエンシェルト国を象徴する女神だ。


 国民はみなアリスの子であり、アリスは全ての母である。 

 国民はアリスの導きのもとで生き、死してアリスの腕に還る。


 彼は優しく微笑む女神に、見たこともない母を重ねた。

 その腕に抱かれる赤子に、その背に続く騎士たちに、自身を重ねた。

 そして、騎士としてアリスの側でその背を守り、死してアリスの腕に還る日を夢見ていた。


 成長し、奴隷商に売られてからも、ずっとずっと信じていた。いつかアリスが迎えにきてくれる。アリスのために騎士として戦う日が来る。アリスのために死んだ彼を、生まれなおした彼を、アリスがその腕で抱きしめてくれると。そう思わなければ、気が狂いそうだった。


 もうとっくに、狂っていたのだとしても。


 初めて彼を買ったのは、食人趣味の中年男性だった。生きた人間を食べることが一等好きな男。彼は必死で抵抗し、男を殺そうとしたが、その息の根を止めるには至らなかった。激しい抵抗を受けた男は憤慨し、奴隷商に彼を叩き返した。


 奴隷商は罰として、彼に薬品を飲ませた。


 喉を潰す劇薬。


 見た目は変わらず、しかし声は醜く嗄れ、発する度に鋭い痛みがはしる。殺さず、手足も残したのは、彼の顔や体にまだ商品価値があったからだ。喘ぎ声が潰れてしまうのは惜しかったが、悲鳴を上げられないと言い換えればなんとか売れそうだった。しかし、どんなに折檻しても激しく抵抗する点をどうするか、頭を悩ませていた。


 一方、彼は男を殺し損ねたことで、いかに自身が弱いかを知った。

 このままでは騎士になどなれない。そう思った彼は、奴隷商に体を鍛えたいと言った。奴隷商は「やせっぽちのガキ」が「肉体労働のできるガキ」になる可能性と、それにかかる費用とを計算して、可能性に賭けた。だから必ず力をつけろと、毎日毎日言われ続けた。


 男に文字通り食われかけた時と、喉を潰された時に感じた死への恐怖。何より、騎士になれない弱さへの絶望から、彼はまさしく死に物狂いで強くなった。


 そして、現在の護衛対象が奴隷商館へ来る頃には、彼は商館で一番強くなっていた。


 だれより、なにより、つよくなった。

 これでアリス様の敵をころせる。

 だからきっと、アリス様がおれをむかえにきれくれる。


 そう思っていた彼を迎えに来たのは、金色の女神ではなく、真っ赤なドレスの魔女だった。


「わたくしをまもってください」


 魔女は言った。父親の金で彼を買い、命令で縛りつけた。

 奴隷としての契約は、魔女の父親と奴隷商との間で取り交わされている。そこに彼の意志はない。彼はただ、雇い主である、魔女の父親の命令に従うのみ。魔女の父親が「娘の言うことに従え」と命令したから、彼は魔女に従う。それだけだ。


「こわいのです。おとうさまも、エルも、ヴィンセントさまも。みんなみんな、わたくしのことがきらいなのですわ」


 魔女はよく泣いた。彼には魔女が言っている意味が分からなかったし、理解するつもりもなかった。


「ガーネット、どうかあなただけは、わたくしをまもってくださいませ」


 魔女につけられた名前は、まだ慣れない。慣れる日など永遠に来ない。


 きっともうすぐ、アリスが迎えに来てくれるはずなのだから。

ないているのはだあれ

よんでいるのはだあれ


どんなにいのりをささげても

かみのめがみはうごかない

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