それからとってもひどいひと
「でもね、タローは暗殺できなかった」
おどろいた。夢の中のおれってマヌケだなあ。
自害くらいはちゃんとできたかな。あ、おかあさん血あんまり好きじゃないのに、夢の中で自害したら血も見えちゃうかな。きたないもの見せてごめんね、おかあさん。
「タローも、ヒロインのこと好きだったから」
た、ろーもひろい、んのことす、きだったから。たろーも、ひろいんのこと、すきだったから。すき。好き?
好きくらい、おれだって知ってる。おれはおかあさんのことだいすきだもん。
そう、おれがすきなのはおかあさん。おかあさんだけだ。
ヒロインのことがすきなのは、じゃあ、だあれ?
おれじゃない。おれじゃないやつがヒロインを殺し損ねた。おれじゃないやつがおかあさんのそばにいる。おれじゃないやつが、おれのおかあさんのジャマしてる。
「暗殺するときに好きになったのではないの。タローも、私の従者として学園に通っているでしょう?いつの間にか、ヒロインと仲良くなっていたらしくて…。そうよね、同じ学園に通う者同士、私の知らない交流もあるわよね」
殺そう。
ヒロインも、夢の中の、おれのまねしてるやつも。もうおかあさんの夢ごと殺そう。
夢ってどうやって殺すんだろう?おかあさんの頭ぱかって割ったらいいのかな。ヒロインと、おれのまねっこ殺したら頭くっつけよう。おかあさんはおさいほうが得意だから、ぬいぐるみ直してくれたときみたいに、すいすいって直してくれるはずだ。
「それでね、暗殺なんて恐ろしいことをしようとした私は国外追放されたの。それはいいとして、国外追放された後のこと、一緒に考えてくれない?」
おかあさんの言葉に、さっきまでの話を思い出す。
そう、こくがいついほうの話だった。
『国外追放された後、どうやってお金を稼いだらいいかしら』
おかあさんはさっき、そう言ってた。金を稼ぐ方法なんて、おかあさんが考える必要ないと思う。おかあさんのためなら、なにをしてでもおれが稼いでくる。盗みでも殺しでもなんでもする。体を売ったっていい。おかあさんに不自由な思いはさせない。
「お、があざ、ん」
潰れた喉から、ガマガエルみたいな声が出た。汚い声だから、あんまりおかあさんには聞かせたくない。でも今は、どうしても、おれのことばで伝えたかった。
「なあに?タロー」
おかあさんが、にっこり笑う。
おれを見つけてくれたときみたいに。教会にいたアリス様みたいに。
ひざまずいて見上げたおかあさんは、絵よりずっときれいだった。
「おれが、ごろずよ」
「…え?」
「おがあ、ざんの、てき。おれがぜんぶ、ごろず」
おかあさんの敵は、ひとりのこらず殺してみせるよ。
だからね、ちょっとだけいたいかもしれないけど、がまんしてね。
「いや、ええと、大丈夫よ。暗殺なんてよくないわ」
「ぜいぜいどうどう?」
「正面突破ならいいという意味ではないのよ」
だめだって。かなしい。あ、きもちい。おかあさんのきれいな指がおれの髪をするするなでてくれた。もっとなでて。きもちい、だいすき。
おかあさん。あまくてきれいな、おれのおかあさん。
敵なのに、それでも人が死ぬのは嫌なのかな。おれのおかあさんは、ほんとにやさしい。やさしいけど、ひどいひとだ。
だっておかあさんは、ほんとに国外追放されたとき、おれがどんな気持ちになるかなんて考えてない。そして、おかあさんをそんな目にあわせた敵たちがどうなるかなんてことも、これっぽっちも考えてない。
おれは、こんなにやさしいおかあさんを苦しめる敵を生かす気はない。おかあさんに害が及ぶ前に殺す。できるだけゆっくりと、おかあさんが苦しんだ分たっぷり痛めつけて殺してやる。
ヒロインを殺すのは、弟と公爵とおれの間でとっくの昔に決まってる。まだヒロインなんて名前の女は見つかってないみたいだけど、でももうちょっとだ。おかあさんの話だと、弟が高等部に入学するときに二年生として編入してくるらしいから、あと三日のガマンだ。ほんとは編入してくる前に見つけたかったけど、殺せるならなんでもいい。
ああ、はやくこないかなあ。
おれがいちばんに見つけたいなあ。
いちばんに見つけて、こっそり殺して、それで、それで。
おかあさんに、いっぱいいっぱいなでてもらうんだ。
女王さま、お茶はいかが
女王さま、ワインはいかが
あれあれ、ワインなんてない?
あるともここに、真っ赤なワインが




