あまくてきれいでやさしくて
夢の中のおかあさんが、おれにヒロインの暗殺を命じてくれたらしい。
夢の中のおれが殺していいよって言ってもらえたなら、おれが許されたもおんなじだ。だっておんなじおれだもん。でもおれだけどあいつはやっぱりおれとは違ってて、んんん……考えるとこんがらがってくる。
弟は、話を聞きながら、おかあさんの長い黒髪をなでてた。ほんとなにしてんだあいつ。夢のやつらもろとも殺してやろうか。
夢。
おかあさんは、たまに怖い夢を見るらしい。
夢を見ているとき、おかあさんはうんうんうなって、急に飛び起きる。泣いちゃうこともある。おれはそれを天井裏から見ながら、おかあさんのそばに行きたくて行きたくて、苦しくなる。おかあさんがしてくれるみたいに、いいこいいこって、なでてあげたくなる。
でも、おれはおかあさんの寝てるへやには入れない。騎士でも、おれは男だから。ほんとは、天井裏にいることもあんまりよくないみたいだ。おかあさんにはバレないように護衛しろって、公爵が言ってたから、たぶんそう。公爵に言われたから、護衛してるわけじゃないけど。
だって、おれの雇い主はおかあさんだ。きゅうりょうだって、おかあさんがくれる。おれは最初から、どうにかして夜も護衛するつもりだった。部屋の外にも護衛はいるけど、全員おれより弱い。殺したら死んだもん。とてもおかあさんを任せる気にはなれない。学園で寝てるから、夜眠くないし。夜の護衛はおかあさんに命令されたことじゃないけど、禁止もされてない。だからきのうも、おれはおかあさんの寝顔をじっと眺めてた。
きのう。夜。
おかあさんはまたうなされてた。うなされながら、寝言で「ヒロイン」、「アクヤクレージョー」って言ってた。
ヒロインは、おかあさんの敵だ。
前回までの夢だと、おかあさんの今の婚約者になってる王子はもうすぐ、おかあさん以外のやつに惚れるらしい。それがヒロインなんだって。ついでに、おれの弟もそいつに惚れるらしい。弟が惚れるころには、おかあさんのそばに残っていた同い年くらいの男のはおれだけだった。まあ、おれは自分の年数えてないから、ほんとに同じくらいの年かなんて分かんないけど。
夢。夢かあ。いくら夢でも、あの王子と弟がおかあさん以外に惚れる姿は想像できない。そうなってくれれば嬉しいけど、正直、夢だとしても無理があると思う。おかあさんは、あいつらに気持ち悪いくらい好かれてること、あんまり分かってない。だからこんな変な夢見るのかな?
んん……それも気になるけど、アクヤクレージョーも気になる。今までの夢の話を思い返してみても、アクヤクレージョーは出てこなかった。でも、寝言ではよく聞く単語だ。おかあさんに聞きたいんだけど、なんで知ってるのか聞かれたら困るから、いまだに聞けないでいる。アクヤクレージョーもおかあさんの敵の名前かもしれない。
おかあさんの敵なら、消えてもらわなくちゃ。それが誰であろうとも。
左の道の先にいるやつは狂っているよ
右の道の先にいるやつも狂っているよ
それからわたしも狂っている
そうしてあなたも狂っている