今も昔も変わらない
「はーい、楽しい執務のお時間ですよお」
形ばかりの雑なノックをして、返事も待たずにずかずか部屋に入ってきた従者、レオンハルト。いつものことだ。そして両手に大量の書類を抱えているのも、いつものことだ…。…お前どうやってノックした。足か。
「うわ、また姫様の残音聞いてるんですかあ。正直引く」
「真顔よくないよォ」
「私が真顔でなくなった方がこわいでしょうにい」
「確かに!」
眠たげな緑のたれ目がぱちりと瞬く。今にも閉じてしまいそうな目は、笑うどころか、何の感情も乗っていないように見えた。
リィちゃんの従者といい僕の従者といい、愛想というものがない。どちらも基本的に真顔だ。いや、タロくんは彼女に対しては犬のようで可愛げもあるが、レオには可愛げなど存在しない。笑うのは激昂したときくらいだ。
「もうちょっとニコニコしたらいいのにねェ」
「従者の態度は、仕える人によりますよお」
「確かに!」
上に立つ者によって、下のやる気や態度が変わるのはよく分かる。王族として、上に立つ者として、それは幼い頃より教えられている。なるほど、つまり。
「レオにとって、僕が主じゃ不服ってことかなァ?」
「まさかあ。不服どころか、大満足ですよお。主が寛大だから、私はこーんな無愛想でもお側にお仕えできるんですからねえ。…ただ…」
そこで言葉を切ったレオは、ぐるりと僕の部屋を見回した。壁、天井、棚の上、本棚の中。顔ごと視線を動かして、どこを見ているか分かりやすく示しながら。
満足したのか、僕に視線を戻したレオは言った。
「ストーカー、ダメ、絶対」
「確かに…いや僕のは純愛だから!」
僕が反論すると、レオは眠たげな目のまま「うわあ」と棒読みで気持ち悪がってみせた。気持ち悪がるならせめてもっとテンション上げろ。いやそもそも、主人をあからさまに気持ち悪がるな。
好きな人の姿写画を部屋中に飾るくらい何が問題なんだ?飾るだけなら一枚も百枚も変わらないだろう。右を見てもリィちゃん、左を見てもリィちゃん、天井を見てもリィちゃん。これぞ理想郷だ。
ストーカーではない。断じて違う。単純に、愛が溢れてしまっているだけだ。
この思いはもっと神聖な…信仰のような………だめだな、本物の狂信者に殺されそうだ。ただでさえタロくんは僕を目の敵にしてくるからな。「パパって呼んでもいいよォ」とからかったのが悪かったのか?だってリィちゃんをお母さんなんて呼んでるから…。自分と同年代の母とは、彼の性的嗜好もなかなか興味深い。
しかし、リィちゃんを母と呼びたくなる気持ちは分からなくもない。彼女は昔から、やたらと母性を感じさせる子だった。
そう、リィちゃんは、昔から変わらない。
普通なら成長に伴って性格も多少変わるだろうに、彼女はほぼ変わっていない。
もちろん、いくら幼い頃から知っているとはいえ、僕はあくまで他人だ。リィちゃん本人にしか分からない変化はあるかも知れないが、少なくとも、僕には変化したようには見えない。
それはもう、不自然なほどに。
僕はこう考えている。
リィちゃんは幼くして「リィちゃんという人格」が既に完成していたのではないか。
大きな変化が必要ないほど安定した精神が、幼い体に入っていたのではないか。
そう、たとえば死した魂――「シスカ」。公爵がそう呼ぶ、今は亡き公爵夫人その人が、その魂が「リィちゃん」として生きているのではないか、と。
あくまで想像だ。けれど、資料に記されていない魔法などいくらでもある。
もしリィちゃんの精神が身体に見合ったものでなかったとしても、僕が好きなのは「リィちゃん」だ。優しくて、甘ったるくて、ずっと何かを隠している、強かな女の子。
「ま、なんでもいいですよお。はい、休憩終わりい」
「えーママーあと五分だけェ」
「誰がママか。大体、同じ残音何回聞くんですかあ?二、三日前のですよねえ」
「今聞いてるのでちょうど三十回目だよォ」
「へえ~このクソ忙しいときに一日十回聞いてるんですかあ。心底気持ちが悪い」
「ウーンそろそろやっちゃう?川原で殴り合っちゃう??」
「冗談ばっかり言ってないでくださいよお。執務が終わったら明日の支度もしなくちゃいけないんですからあ」
台本、きっちり仕上げてくださいねえ。
そう言ってあくびをするレオを眺めながら、僕はにんまり笑ってみせる。
愛想笑いではない、心からの笑みだ。
明日。ついに明日は入学式。
下の義弟はめでたく高等部入学。上の義弟とリィちゃんは二年生に、僕とレオは三年生に進級。僕は首席として、壇上で挨拶することになっている。
そして、夢の通りなら。
ヒロインとかいうモンスターが、二年生として編入してくる記念すべき日だ。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
せいぜい楽しむとしよう―――恋は障害があるほど燃えるらしい。
僕と花嫁の尊い思い出となってくれたまえ、モンスター。
猫はどうしてわらっているの
うれしいからさ たのしいからさ
かなしくてもわらっているよ
くるしくてもわらっているよ
それはそうさ そういうものさ
だってチェシャ猫はわらうもの!




