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僕の可愛い婚約者は

『国外追放された後、どうやってお金を稼いだらいいかしら』


 残音器が、三十回目の突拍子もない問いを発した。何十回聞いてもやはり、彼女の幼かった頃を思い出して、思わず笑みが深くなる。


 そう、僕の可愛い婚約者―――リィちゃんは昔から、こういうとんでもない発想をする子だった。


 どういう道筋でこの発言に至ったのか全く理解できないが、それでも、きっとリィちゃんの中では現時点で最も重要な問いなのだろう。彼女はいつだって、言葉が足りない。

 ああ、義弟の困惑が目に浮かぶ。そして、彼女の従者がひたすら彼女を見つめる様も。


 無駄に広い部屋の中、愛しい婚約者の声に耳を澄ます。

 この時間は、政務に疲れた心身を癒すために必要不可欠だ。リィちゃんの部屋に残音器を設置するにあたって、彼女を溺愛する義父に無理難題をふっかけられたが、その難題さえ、彼女の声を得られるなら安いものだ。本当は四六時中リィちゃんのそばにいたいのだけれど、それが叶わないならせめて声だけでも聞きたい。

 彼女の声を聞くと、耳の奥から脳が溶けていく気がする。以前、僕の従者にそう言ってみたら「だから頭空っぽなんですねえ」としみじみ言われた。乳兄弟とはいえ、あいつとは一度、川原で殴り合う必要がある。


 残音器から流れる会話は、リィちゃんが見る夢の内容へと移っていった。彼女が夢の話をした残音はこれが最新だ。見落としならぬ聞き落としがないよう、新たな気持ちで聞く必要がある。


 おそらく彼女の見る夢は、ただの夢ではない。予知夢になるかはともかく、同じ設定の夢をこう何度も続けて見るだけで、普通の夢ではないだろう。義父たちもそう思って、ヒロインという女を探している。隠す気のない派手な探し方だ、義父に直接言われなくとも耳に入ってくる。


 義父は僕が、この残音器によって彼女の話を聞いていることを知っている。当然僕も義父たち同様、彼女の敵、つまりヒロインを探していると考えているだろう。確かに、かつてはそれこそ血眼になって探していた。

 けれど僕は今、積極的にヒロインを探してはいない。正確には、探したくとも探せないのだ。なんせ情報が少なすぎる。


 彼らが唯一の手がかりだと思っている「ヒロイン」さえ、おそらく彼女の敵の名そのものではないのだから。


 本当にそれが敵の名前なら、僕たちがこれだけ探して見つからないはずがない。戸籍をひっくり返しても情報屋をたずねても、ヒロインなんて名前の女はどこにもいない。もしモンスターが、人間に擬態する直前に適当な人物をでっちあげる気でいるのなら、それこそ今探すのは時間の無駄だろう。


 ただし、「敵の名前がヒロインである」という前提条件が崩れるのなら、話は別だ。

 そしてリィちゃんは「敵の名前がヒロインである」とは一度たりとも口にしていない。


 彼女は寝ている最中、「ヒロイン」と別に「アクヤクレージョー」という寝言を発することがある。最初は敵が複数犯なのかと思ったが、もしこれらが名前ではないのだとしたら、僕らはとんだ無駄足を踏んだことになる。


 僕はヒロインという名前から一度離れて、来年二年生として学園に編入する予定の生徒を全員リストアップしてみた。ブルーノ、カミラ、アリス、デイビット、ビアンカ…。ざっと見ただけでも五十人はいる。女生徒だけでも二十五人以上だ。

 聖オランジェット学園は、国内トップの名門校。しかし能力さえ認められれば、編入生も受け入れられる。そのため、入学者だけでなく編入生もかなり多いのだ。敵の情報が少なすぎる今、とりあえず編入してくる女生徒は全員警戒しておいた方がいいだろう。


 何年も耐えて耐えて耐え続けて、結婚の条件である高等部卒業まであと少しだというのに。

 僕が三年生になった途端、見知らぬモンスターの妖術に引っかかって可愛い可愛い僕のリィちゃんを手放すだなんて、そんな馬鹿なこと万に一つもあってはならない。出来うる限りの策は既に講じた。


 けれど、ヒロインという存在は、うまく使えればなかなか利用価値がある。

 僕さえ妖術にかからなければ、リィちゃんに集る虫どもを一気に排除できる便利アイテムになるだろう。


 そのためには、誰より早くヒロインを発見する必要がある。

 リィちゃんの夢では、腹立たしいことに僕が一番最初の犠牲者だったから、順当にいけばヒロインが真っ先に接触してくるのは僕のはずだ。


「早くおいでェ、ヒロインちゃん」


 見目麗しい虫どもと一緒に、荊の檻に入れてあげるよ。

にやにやわらいはせんばいとっきょ

だってかれはわらう猫

公爵夫人のかわいい猫

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