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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第二章 ニコラスからの接触

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王太后のお茶の誘い


「どうかされました?」


「従者は金髪の若い男でしたか?」


「ええ、優しそうでしっかりしたお人柄に見えました。しきりに周囲へ目を配りながらも、祖母の侍女と話が弾んでいました」


 言いながら、つと胸が痛くなる。

 その先を思い出すのが辛い。


「それはたぶん私の兄でしょう。マーカス王の秘書官をしておりました。兄が亡くなり、私が伯爵位と、マーカス王の側近としての仕事を引き継いだのです」


 私はニコラスの顔と記憶に残る男性の顔とを頭の中で比べた。髪の色は違うけど、何となく似ている。

 

「あの、侍女は祖母と一緒にお兄様のことを待っていたようです。大叔母の話から推測しただけですが、たぶん」


 ニコラスは下を向いたまま言った。


「ではマーカス王の形見と一緒に、兄の指輪を持ち帰っていただけないでしょうか。私が形見として持っておりましたが、一緒にエリス様のもとに収めていただけると嬉しいです」


「はい。承知しました」


 そのままニコラスは、私たちを馬車まで見送ってくれた。


「ではチャームと首輪を、キャロルに預けてください。チャームだけ盗まれるのを防ぐように、留め付けの調整と、首輪の鍵を追加しておきます」


 そう言ったあと、ニコラスが何事かに気がついたようで、突然に表情をこわばらせた。


「王太后の馬車です。いきなりなんの真似でしょうね。相手の出方を見ないと」


 馬車が二台私たちの馬車の横に止まり、一台から母とノエルが出てきた。


 母は手を振りながら私の方にやってくる。ノエルはその後ろを付いてくる。

 王太后がゆっくりともう一台の馬車から降り、その後から数人の女性が降りてきた。

 護衛の騎士たちや騎馬の貴族も数人いて、結構な大所帯だ。


「王太后様からお茶のお誘いがあったのよ。エリックとマリアは白水宮に行っていると伝えたら、迎えに行こうとおっしゃって、一緒にここまで来たの」


 扇でせわしくなく顔に風を送るので、髪の毛がふわふわと舞い上がっていて、いかにも忙しそうだ。

 私が面食らっているところに、王太后がゆっくり近付いてきた。

 顔にはゆったりとした楽しげな微笑み。

 その裏で何を考えているのかは、まるで分からない。


 私が挨拶すると、私の後ろにいるニコラスと城のホールをじっと見た。


「夫の宮殿に来るのは久しぶりだわ。もう懐かしいような気分だけど、後一か月もすればここは空っぽになるのよね」


 少し目を細めて言う王太后は、一瞬寂しげな表情を見せた。


「ところで今日はどんな話をしたのかしら。ただ城を見てもらうだけで、呼び出したりはしないでしょう?」


 やはり、何らかの情はあったのかと納得しかけたところに、鋭くきり込まれ、ビクッとした。

 切り込まれた相手は私ではなく、ニコラスなのに。


 ニコラスは今までの会話など、全くなかったかのように愛想よく微笑んでいる。

「マーカス様からの遺贈についてお話させていただきました」


「遺贈?」


「はい、遺言書として最後に追加されたものがございました。マリア・クルス嬢への遺贈の遺言です。問題がないか、慎重に調査を進めておりました」


「マリア嬢に遺贈? 確かにマーカスの遺言なのね」


「はい。遺言内容は、公開期日まで秘匿されておりますが、一応遺贈の件についてお伝えしておくべきかと思いまして、ご足労願いました」


 王太后がぎゅっと眉をひそめる。


「私や王には、何の打診も無かったわよ。国の資産を勝手に動かされるのは困るわ。宰相や財務部への調整が必要よ」


 ニコラスは思いっきり嬉しそうに微笑んだ。


「いいえ、ご心配なく。マーカス様個人の私有資産からの遺贈です。ですから、国の資産を動かすことはございません」


「そう。ならいいわ」


 王太后が鼻でふっと笑った。扇子で隠した横顔に、急に酷薄そうな表情が覗く。私は衝撃で身体が震えた。

 優しげな貴婦人のお面がはがれ、本性が覗いた瞬間だった。彼女が今までの事件の黒幕だと、一瞬で納得した。

 固まる私には気付かずに、二人の会話は続く。


「でも、なぜマリア嬢なの? クルス伯爵ではなく」


「これは、申し上げても問題ないと思いますのでお伝えします。エリス様が遺産を譲った方に、と指定されております。それがマリア嬢でした」

 

 王太后は母に向かって聞いた。


「そうなの?」


 聞かれた母は慌てて思い出しながら、ポツポツと答えた。


「お義母様個人の遺産は、マリアが相続しています。長女ですし、結婚も控えておりましたから、持参金代わりといいますか」


「それならマリア嬢に渡ることになるわね。私たちからクルス家に何か贈ろうと思っていたのに、先を越されたわ」


 兄が前に出て礼儀正しく挨拶してから、改まった態度で話し始めた。


「前回のお茶会でも、そうお伺いしましたが、私たちには過分すぎるお気遣いです。マーカス様からの遺贈だけで十分ですので、それ以上はお構いなく」


 王太后は鷹揚に微笑んだ。


「故人の思い通りにしましょう。あの方もきっとお喜びよ。そう思わない?」


 取り巻きらしき貴族たちにそう言って、王太后は扇子の影でクククッと笑った。それは私の耳には嘲笑のように響いた。

 多分気のせいではない。


 結婚を約束したのに、その孫娘に遺産を贈ることしかできない夫に対してだろうか。

 合わない夫婦だったのだろうと、改めて納得してしまう。

 マーカス王からは温かみを感じるのに、王太后にはそれがない。合わなかったのも肯ける。


「ところで、マーカスの私設騎士団はどうなるのかしら。解散するなら、こちらとしても受け皿を用意したいわ。いい人材がいるものね」


「はい、ようやく、そちらの方面にも手を付け始めたところです。整いましたら、まとめてご連絡をお送りします。解散の予定で進めており、各々の行く先は個人に任せるつもりでおります」


「そう。わかったわ」


 二人の話が終わったようで、王太后がこちらに視線を移す。

 正直、今日は一緒にお茶を飲みたい気分ではなかった。


「ローズ公爵家のブライアン殿と婚約されたそうね。そのお話を聞きたいと、皆にせかされているの。急なお誘いですけど、少しご一緒にお茶でもいかが?」


 本当に急で困惑するが、断る余地などなさそうだ。

 言い方や態度に、押しつけがましい圧がある。

 王族だからだと括ってしまうと、リース国王家の方々に失礼に当たる。これはやはり彼女のお人柄なのだろう。


 幸いエマが母たちに同行しているので、彼女に助けてもらえる。そう思って何とか気持ちを立て直した。


「はい。お誘いありがとうございます」


 そう言ってにっこりと笑えた自分を自分で褒めた。


 馬車に乗ると、兄がロイドとダリル、ベルに声をかけた。


「今日の話をどう感じた? 俺はニコラス殿を信用できると思った。この先マリアは彼と長い付き合いになる。ベルシアに対して、難しいかじ取りが必要だろうな」


 ロイドが先頭を切って話した。


「私はマーカス前王も、ニコラス様も信用できる方だと思いました。遺贈に関しては、厄介事もあるかもしれませんが、半年前のお嬢様の状況では、何らかの私財がなければ心もとなかったでしょう。その判断は正しいと思います」


 ベルはとても複雑な表情で言う。


「ジェイソン様に遺産が渡ると聞いたときに、体が震えました。腹が立ちましたが、石の力がなければ、私たちはジェイソン様の悪事に気付かなかったはずです。それが一番ショックでした。色々と難しかろうが、今の方がずっといいです。私もできる限りお嬢様をお助けします」


 ダリルは、「私も同じように感じました。進むしかないと思います」とだけ言う。

 ダリルは静かで控えめだが、言葉は端的でキッパリしている。



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