マリアの自立
ブライアン様の腕の中は暖かかった。
ここは居心地がいい。
見上げると、辛そうな彼の顔が目に映る。私はそっと頭を撫でてた。
指に絡む髪は柔らかくて滑らかだ。
指の先を見ると、兄とベルが目に入った。
急に今の状況が恥ずかしくなり、そっとブライアン様を押し返した。
「ごめんなさい。ちょっと取り乱してしまったわね」
そう言ったら、今度は兄に頭を抱えられた。
髪をワシャワシャされた事はあるけど、これは初めてだ。
「お前、良く今まで黙っていたな。図々しい女だ。とんでもないぞ」
口は悪いけど、気持ちは伝って来たので、許すことにする。
ベルは、涙目のまま、私をじっと睨んでいる。
なんだか怖いので、目を逸らした。
きっと後で、たくさんお説教されるだろう。
ダリルがそっと甘いワインを勧めてくれた。グラスから甘い液体を少しすする。
「美味しいわ。ありがとう」
そう言うと、ダリルは軽く会釈して下がった。兄の従者ダリルは、兄と正反対に動作が静かだ。
サワサワと風が、草や木の枝を揺らしている。
「マリア嬢、私の考えを話していいでしょうか。辛いなら後日にします」
「いいえ、もう大丈夫です。話してしまってスッキリしました」
ブライアン様は私の手を取り、両手で握りしめた。
「もう泣かないでくださいね」
懇願するような瞳は、普段より濃い青になっている。
「はい」
「1度目の人生で亡くなった時、石があなたの願いを叶え、死に戻った。もしかしたら、その時に契約を結んだのかもしれない。その前で何か覚えはありますか?」
「いいえ、何かを強く願うことなど、めったにありません。でもなぜ? 私は指名されていないのに」
「さあ。さっぱりですが、事実をみればそうです。前生のどこかの時点から、石はあなたを守っている。そしてもしかしたら、今も石はあなたの物かもしれない」
私が死に戻ったのは、石の力なのだろう。それ以外に考えようがない。全くそんな凄い力があるようには見えないが。なにせ、祖母の扇子の金具だったのだ。
でも……
「本当にそうなら、怖いほどの宝ね。私には扱いきれないわ」
「そうです。だからベルシアの王族は必死なんでしょう」
また、空気が薄ら寒い気がした。
そこで、兄が掠れた声を上げた。
「もしそうだったら、王太子に石が反応していなかったら、もっと直接手を出してくるんじゃないですか? 今回の招待は、猫がネズミをいたぶるような雰囲気だ。必死な感じじゃないですよ」
「ああ、ベルシアでの王族の様子も、特にマリア嬢やクルス家を疑っている風ではなかった。だから石は、王太子の物になったと思っていたのだが。⋯⋯どうなんだろう」
石が私の物?
それなら、石に触ってみればわかる。でも今は手元にないので、確かめようがない。
「ベルシア王家の宝で、世間一般には公表されていなそうだ。あの男も、詳しいことは、高位貴族か司祭しか知らないと言っていた。この国で、何か知っているとしたら、王かな」
ブライアン様の王という言葉にぎょっとした。なぜ王が隣国の王家の秘密を知っていると!?
「驚かないでください、マリア嬢。国同士の水面下の諜報戦は、かなり熾烈です。王ならば、あるいは。でもどう切り出すかが難しいですね」
そう言って、私をじっと見ている。
兄が私の体を自分の方に引き寄せた。
「これ以上、マリアを危ない立場にしないでください」
ブライアン様がムッとした。
私を引き寄せようとしたので、手を突っ張ってそれを止め、兄からも離れた。
「勝手に引っ張らないでください。私だって自分で考えられます」
キッと睨んだら、二人はバツが悪そうな顔つきになった。
「まずは大叔母様の話を聞きます。王家には、私のことを秘密にしてください。これ以上、状況をややこしくしたくないです。べルシアに行ったら、積極的に探りましょう」
兄もブライアン様もびっくりしている。
私もびっくりだ。
吐き出してさっぱりしたせいか、急に気が楽になっていた。
「私、頑張ります。ダンスだって、考えすぎて苦手だと思っていたけど、すごく楽しかった。もう頭でっかちはやめます」
ベルが飛びついてきて、目の前で拍手をした。
「お嬢様、その意気です。ベルはとことんお手伝いしますよ」
そう言って、甘いワインをたっぷりとグラスに注いでくれた。
甘い液体がのどを落ちていく。
泣いて喉が渇いていたのか、いつもの倍くらい美味しい。
そして、ふと気がついてブライアン様に向き直った。
「先程は取り乱して申し訳ありません。はしたない姿をお見せしました」
「あ、いえ」
兄と目を見交わしてから、「いつでも大歓迎です」とポツリと言った。
兄が腕をポンと叩き、赤ワインを差し出した。ブライアン様は小さく頷き、グラスを見つめ、赤い液体をグイッとあおった。
「もしかして、ミスターロイドが言っていた若い頃の大奥様って、こんなだったのかしら」
ベルが小声で呟くのが聞こえた。
私は優しくて、もの静かなおばあ様しか知らない。
本当はどんな方だったのだろう。そのことも、とても気になり始めていた。
この日、王宮に戻り、第二王子の私室に招き入れられると、ドアが開くなりチャックが飛び出してきた。
ジョエル様は、その後ろから歩いてくる。
飛びつこうと構えたチャックを、ブライアン様が抱き上げた。
「今日はエプロンドレスを着ていないから、飛びついたら駄目だ。ジョエル王子殿下、ぜひしつけをお願いします」
「嫌味ったらしい奴。クルス家お泊りで、いい事…....無かったのかな?」
ブライアン様は無言で、ずんずんと私をエスコートし、部屋に送ってくれた。チャックはその小脇に挟まれ、尻尾をパタパタ振っている。なぜかジョエル様も付いて来た。
「では、マリア嬢。夜会のことと訪問に関して、密に連絡いたします」
そう言い置いて、ブライアン様は去っていった。
私たち三人は無言で、その後ろ姿を見送った。
「何かあった?」
「いえ、特には」
私が答えると、ジョエル様が私の後ろに立つベルの方に向き直った。
ベルは横に首を振り、何も無いと示した。
「遠慮しなくていいよ。あったことを教えて」
ベルは、伏し目がちで返答する。
「男性方の愛情と庇護欲に、マリア様の自立心がぶつかっただけの事です」
ジョエル様は少し首をかしげてから、笑い出した。
「マリア嬢、最高だね。得難い女性だ」
ジョエル様が私を見つめる。
ちょっと目が泳いだ。
そんなつもりはなかったけど、そうかもしれない。あの時、一人では歩けない子供のように扱われたのに、カッとしたのは本当だ。
「からかいに行こうかな」
その言葉に、すぐベルが答えた。
「結構な深手を負っていそうです。おやめになったほうがよろしいかと」
「マリア嬢って、楽しいね。僕のチャックが懐くわけだ」
ジョエル様は、私に抱かれているチャックの方に手を伸ばし、無視された。
「あれ、冷たいな……結構、ショックかも」
手を下げ、所在なげにしてからぼそっと言う。
「やっぱりからかうの止めとく。マリア嬢、お手柔らかにね」
そう言うと、チャックの頭をぐりぐりと撫でてから自室の方へ戻って行った。
いつも、「この結婚死んでも嫌です【連載版】」 を読んでいただきありがとうございます。
今後は**【毎週 月・火・木・金曜日の20時】**の週4回更新とさせていただきます。
毎日更新を楽しみにしてくださっていた方には申し訳ないです。
初の長編へのチャレンジで、安定して面白い作品をお届けするために、このペースを選びました。
次の第3部【ベルシア王妃とマリア】は、間を開けずに続ける予定です。ここから物語が大きく動きます。
姿が見えてきた“黒幕”のもとへ、少し強くなったマリアは向かいます。でも思っていたよりも事態は複雑。ベルシア王族内部でも色々な思惑が絡み合って――という展開。
このあたりが前半の山場になると思います。




