マリアの強化策
「非常にありがたい話ですが、王妃様に貸しとは? それをここで使っていいのですか?」
兄の言葉にブライアン様は、あっさりと答えた。
「今回の弔問の訪問中、第二王子の女性関係に目を光らせておいて、という願いに応えたんだ。報告するのは楽しかったよ。それに先日ポーカーでの負けを三回無しにしてさし上げたから、嫌とは言えないはずだ」
まあ、仲のよい叔母と甥なのね。
ロイドは嬉しそうに頷いている。
私と目が合うと、真面目腐った顔でコホンと咳払いした。
「非常に頼もしく思います」
兄は、また髪に指を突っ込み、ガシガシかきあげた。
「いい案ですね。マリアが目立つことになるけど、どうしたってマリアは注目される。それなら逆に箔をつけて、手を出しにくくしたほうがいい」
「王妃の代理なら、近衛騎士団からも人員を割ける」
ブライアン様はそう言って拳を握り締めたが、帰国したばかりで、また同じところに出向くのは、どうしたって無理だろう。
まさか、それをゴリ押しする気では、と不安になった。
「私は最大限に気をつけて、ちゃんと無事に帰ってきます。皆も付いています。きっと大丈夫」
ベルが私の横で、「頑張ります」と力んでいる。
「ところでジェイソン様の件は、結論が出たのかしら。さっき母とノエルから噂を聞いたけど、公式にはどうなりそうなの?」
私は兄に尋ねた。近衛騎士団が調査に当たっていたと聞いている。
そのせいで、兄はずっと忙しくしていたのだから、調査結果は知っているはず。
「そうか。お前は知る権利があるな。あの後、盗賊団とメリーとジェイソンについて調査が行われた。メリーとジェイソンは、盗賊団に利用されたと結論付けられたよ。俺は盗賊団の足取りを追っていたが、ほとんど手がかりが掴めなかった。人数すら分からない」
ブライアン様はあの日の事を思い出しているようだ。
「四人確認しているが、もう数人いただろうな」とぽつりと言う。
私も、あの恐ろしかった日を思い出してしまった。とんでも無い一日だった。
兄は、私の気分を察したようで、目が優しくなる。
「クルス伯爵家にやって来た男二人の足取りは、全く掴めなかった。そして死んだ女は、何も持っていなかった。着ていた服はわが家の召使いの制服だ。事前に調達していたようだな。周到だよ。ただの盗賊団で済ませるには無理があるが、あまりに何もわからないので、結局そういう話に落ち着いた」
「そう。私の敵はかなり手強いようね」
誰も何も言わなかった。
兄が先程、徹底していて容赦がない、と言ったのはそういう部分を指したのだろう。
しばらくして兄が唐突に言った。
「あ、そうだ。母上から伝言を頼まれたんだった。マリア、ダンス大丈夫か?」
あっ!!
やっぱり気付いていたんだわ。
急に仮病を使ってでも、行きたくない気分になる。
「ダンスがどうかされましたか?」
事情を知らないのはブライアン様だけ。他の皆は、私が一度も夜会で踊ったことがないと知っている。
「今までお嬢様は、夜会や社交活動に、あまり積極的ではなかったのです」
ロイドが婉曲に伝えると、兄が「デビュタントで俺と一回踊ったきり、一度も踊ったこと無いな」と事実そのままを言う。
私は俯いたまま後ずさった。
すごく苦手なのだ。
男性と話すのも苦手なら、体を寄せ合って踊るのも、触られるのも、踊っているのを人に見られるのも。
そういう苦手の集大成が夜会、そしてダンス。
ベルシアの王族に招かれるなら、夜会がないはずがない。
十八歳の伯爵家令嬢として、会話やダンスは必須。今回は、苦手だからと隅っこにいることができないのだ。
俯いた目の前に、スッと手が差し出された。
「来月、王宮で行われるパーティーで、ぜひ、私のパートナーになってください」
「私、ダンスが下手です。あまり練習していません。踊ることなんて、ほとんどないと思っていたのです。ジェイソン様の申し出を受けたのは、夜会に出なくていい、という条件に惹かれたのもありました」
自分で言っていて、情けない。そんなことで結婚を決めただなんて。
「私はダンスが得意です。踊っているうちにうまくなります。お教えしますよ。それに私以外とは、踊らなくてもいいです」
「会話にも自信がありません。男性と話すのは、少しできるようになったけど、変な事を言ってしまいそうです。不安なのです」
「他の男とは話さなくてもいいです。私がずっと付いています」
私は俯いた頭を、ゆっくりと上げた。
ブライアン様と話すのは慣れた。
それにほんの少し、触れ合うのも慣れてきた。大丈夫、だろうか。
「嫌だからやらない、なんて言っていられませんね」
そばに来たベルが、「お受けしましょう」と強く言う。
「そうするのが一番いいわよね」
ロイドに聞いてみた。
「それが最良です」と優しくロイドが答えた。
きっとそうなのだろう。
「お受けします。ぜひ、よろしくお願いします」
ベルが「やった」と小さく拳を握るのと同時に、ブライアン様がベルの前に移動した。
「ベル。ドレスをお贈りしたい。相談に乗ってくれ」
「かしこまりました。これは急がないと。仕立てはどちらに頼みます?」
二人は一気に、具体的な相談に取り掛かった。
手持ち無沙汰になった私は、お兄様に話しかけてみた。
「ダンスの講師を、お母様に見繕ってもらおうかしら。それだと、こちらに戻らないと駄目ね。お兄様も時々練習相手になってもらえる?」
「俺はダンスは得意だぞ。お前だって、少し練習すれば、そこそこ踊れるはずだろ。問題は男性パートナーに上手く対応出来るかだな」
その通り。
いくら練習で上手く踊れても、男性と向かい合ったら、カカシのようになりそう。
「家の騎士で踊れるメンバーいます? 彼らに練習に付き合ってもらおうかしら」
「ダグや、ほか数人の貴族出身の奴らは⋯⋯」と兄が言い始めたのに被せるように、声が上がった。
「駄目です。それならジョエルに頼みましょう。彼も上手だし、チャックがお目付け役でついている。王宮で練習したらいいですよ」
いきなりブライアン様が割り込んできた。
いくらなんでも、第二王子にダンスの練習を頼むことはできない。
それは固くお断りした。
「では男性と女性のダンス講師をご用意します。ぜひ王宮で練習を」
結局断りきれず、このまま王宮で暮らしながら、ダンスレッスンを受けることになってしまった。
げんなりした私の肩を、兄はポンと軽く叩き、「頑張れよ」と軽く言う。
「ベルシアの調査と、護衛の体制作りは俺に任せてくれ。マリアは体調を整えることと、向こうで気後れしなくて済むよう、社交を学べ」
とてもではないが、気が進まない。肩がドンッと重くなったような気がする。
「ベルシア訪問は、たぶん王太后対マリアの戦いになる。俺たちが出来る限り守るが、お前自身が力を付けないといけない。きついのは分かるよ。なんでも手伝う。頑張ってくれ」
そう言う兄の目は、いつの間にか凄く真剣なものに変わっていた。




