ダンスレッスンー1
クルス家で目覚める二日目の朝。
ベッドに起き上がり、私は今まで見ていた夢を思い出した。
その夢には、私に似た若い女性が出てきた。それと男っぽい感じの素敵な男性。ツヤツヤした赤茶色の髪の毛を後ろで一つに縛っている。
とても楽しそうに、何か喋っては笑い合う。お互いに相手のことが大好きなのが、一目でわかった。
二人はクルス家のすぐ裏手にある小さな森にいるようだ。
私たちも小さい頃はよく遊びに行っていたし、今でもときどきピクニックに行く馴染みのある場所。
少し離れたところに、侍女らしき女性と、従者らしき男性が立っている。
そちらの二人も仲が良さそう。
周囲に目を配りながらも、楽しそうに話をしている。
ただ、それだけの夢だった。以前に見た様な、不穏なものは一切無い、幸せな夢。
これがお祖母様と、王位を継いだばかりのベルシア国王の姿なのだろうか。
だとしたら、この幸せそうで平和な光景は胸に痛い。
その少し後には、悲劇が待ち構えている。
私はしばらくじっとして、気持の泡立ちが収まるのを待った。
やはり大叔母様のところへは、私も同行させてもらおう。
私は、色々と知らないといけないのだろう。もう手元に石は無いのに、まだこんな夢を見る理由も含めて。
ベッドサイドの呼び鈴を鳴らすと、ベルがやってきた。
「おはようございます。今日はダンスをしてみたいと、ブライアン様からことづかっております。軽いドレスにいたしましょう」
ビクッと肩が跳ねた。
「いきなり? 心の準備ができていないわ」
「あまり時間が無いのですから、甘えていられません。お嬢様の心の準備がこの戦いの要です。それには、ダンスと会話に自信を持つこと。皆様、同意見です。もちろん、私も」
ベルは有無を言わせずに、さっさと私の身支度を進めていく。
髪はピシッと編み込み、少し短めで、動きやすいドレスを着させられた。
朝食を部屋で済ませた後、ベルに練習用の小ホールに案内された。
誰もいなかったので、ほっとして室内を歩いてみた。
ここでダンスの練習を受けていた。その当時、大きな鏡張りの壁に映る、ぎこちない自分を観るのが嫌だった。
鏡に向かい合って自分を眺める。
ちょっと可愛くなったような気がする。
もしかしたら、髪の毛が少し金色っぽくなったかもしれない。
言い張れば金髪だと言えなくもない、位かしら。
ドアの足音がして振り向くと、兄が入ってきた。
……やっぱり薄い茶色ね。金じゃないわ、と兄の髪を見てがっかりする。
「なんだ。おかしな顔して」
兄がズカズカと近寄ってくると、パッと手を出した。
「一番簡単なのから始めようか」
「お兄様が練習相手なの? ブライアン様は?」
「少し後で来るよ。まずは俺がチェックしたい。コントルダンスから行くぞ」
そう言うと、私を部屋の真ん中に連れていき、向かい合って立った。
手を取って回ったら反対方向を向いてしまった。
いけない。確か1回転して向かい合ってから、横に動くのだったかしら。
「こっちだ」と、兄が正しい位置に直してくれる。
次のステップは兄と反対の方へ行かないと⋯⋯
「今度はこっち。ほら基本のステップをもう1回やるぞ」
数回やった後、兄はベルを呼んだ。
「ベルと基本ステップを踊るから、よく見ておけよ」
二人は綺麗に踊り始めた。兄もベルも、とても上手なようだ。
駄目なのは私だけ?
情けない気分で、二人が踊るのをじっと見て、ステップのおさらいをした。一応習ってはいるので、思い出し始めている。
「さあ、マリア。覚えたか?」
兄が手を伸ばす。
私はその手に自分の手を載せた。
「覚えたと思うわ」
「じゃあ、やってみよう。ベル、補助を頼む」
今度は、下手くそながらも、ステップは踏めた。ちゃんと正しく動けている。それだけで、感激だった。
兄はベルを入れて、一対二で踊り始めた。器用にも、私たち二人の相手役を、交互に務めている。
得意だと言っていたのは嘘ではないようだ。
私はベルと交差しながら、笑った。
笑いながらステップを踏んで回った。
くるっと回った正面に、いつの間にかブライアン様が立っている。彼はそのまま一緒に踊り始め、四人で踊り続けた。
「終わろうか。マリア、だいぶ勘が戻ったようだな」
兄が言うのを聞いて、フーッと息をはいた。軽く汗が滲んでいる。ベルがすかさずハンカチを渡してくれたので、叩くように額の汗を拭き取った。
「楽しそうに上手に踊っていらっしゃいましたよ。苦手には見えなかった」
ブライアン様が私の手を取り、壁際の椅子に座らせてくれた。まるで夜会のパートナーのようだ。
夜会がこんな風なら素敵ね。
初めてそう思えた。
椅子に座って室内を見ると、楽士が数人、演奏準備をしている。
その中には、我が家の家庭教師のモント夫人も混ざっていて、ピアノの前に座って楽譜を開いている。
「公爵家のお抱え楽士を三人呼び寄せました。音楽があったほうがやりやすいですからね」
バイオリンとチェロとフルート、ピアノの楽団が出来上がっている。
「副団長、コントルダンスのおさらいをしていいですか?」
ブライアン様が、楽団に指示すると、軽やかで楽しげな音楽が流れ始めた。
彼の手が私の方に伸びる。
私は手袋をはめた手を、その上に重ねた。まるで夜会で眺めていた令嬢方のようだわ、と驚く。
でも、ごく自然だ。今までなぜあんなにギクシャクしていたのだろう。
今は踊りたくて気持ちが弾んでいる。
兄のステップで、四人が動き始めた。
音楽があると、さっきまでより三倍は楽しい。音のなかで、気持ちも体もふわふわと浮き上がっていくようだ。
気がつくと、私はまた笑っていた。
他の三人も楽しそうに、にこやかにしている。
二曲続けて踊り、休憩に入った。
汗を拭いながら、ダンスってこんなに楽しいものだったのかと驚き、今まで拒絶していたのを悔やんだ。
「次はワルツにしましょうか」
ブライアン様が言い、楽団の曲調が変わった。
優雅でゆったりとした曲が流れ始める。
ワルツは⋯⋯ステップが思い出せない。
目の前に手が差し出されたけど、自分の手を胸に抱いたまま、ブライアン様を見上げた。
「ステップを忘れています。足を踏んでしまうかもしれません」
「マリア嬢なら足の上に乗せて踊ってさしあげます。好きなだけ踏んでください」
「よかったな、マリア。踏んでも問題ない相手なんて滅多にいないぞ」
踏みたくなんてない!
「じゃあ、まずはお兄様がお相手してください。思う存分踏んで差し上げます」
そう言って兄の前に立った。
兄は嫌そうだ。
「ホールドは大丈夫かな」
そう言いながら、私の片手を自分の手の上に乗せて、背中に手を当て、少し引き寄せた。
なんとなく気恥ずかしいし、ちょっと近すぎる。
もしかして、わざと?
「おい、文句があるようだけど、これが一般的なホールドだからな」
兄が嫌味っぽく言って、私を見下ろす。
それにしても近い。動いたら胸が当たりそう。兄だからいいような、兄だから嫌なような、変な気分だ。
「ベル、体勢を整えてくれ」
ベルが駆け寄り、私の肩や背中を少しずつ調整すると、バツの悪いこの状態があまり気にならなくなった。
斜めに構えるせいで、相手と向かい合わなくてすむ。
「じゃあ、基本のステップ、行くぞ」
ぐっと押されて、慌てたせいか、足が全然付いていかない。ヨロヨロ、バタバタとガチョウの様だと我ながら呆れる。
「よいしょ」と言いながら、兄は私を持ち上げて、真直に下ろした。子供によくやるような持ち上げ方だ。
ムッとしていたら、「ステップからだな」と言い、音楽を止めた。
向かい合い、ステップを練習し、またベルとの見本のダンスを見せてくれた。
一生懸命に二人のダンスを見ている私の前に、ブライアン様が立った。
「私と練習しましょう。」
「では、足を踏まないように、あまり近くに寄らずに踊れますか?」
「仰せのままに、レディ」
そう言ってニッコリと微笑み、手を私の方に伸ばす。
いつも、「この結婚死んでも嫌です【連載版】」 を読んでいただきありがとうございます。
今後は**【毎週 月・火・木・金曜日の20時】**の週4回更新とさせていただきます。
毎日更新を楽しみにしてくださっていた方には申し訳ないです。
初の長編へのチャレンジで、安定して面白い作品をお届けするために、このペースを選びました。
次の第3部【ベルシア王妃とマリア】は、間を開けずに続ける予定です。ここから物語が大きく動きます。
姿が見えてきた“黒幕”のもとへ、少し強くなったマリアは向かいます。でも思っていたよりも事態は複雑。ベルシア王族内部でも色々な思惑が絡み合って――という展開になりそうです。
このあたりが前半の山場になると思っています。




