母と妹ー2
しばらくお茶を飲んで、動揺を鎮めてから、もう一つ気になっている事を訊ねてみた。気になってはいても、聞きにくかったことを。
「ジェイソン様の娘はどうなったの?」
ノエルはあっけらかんと答えてくれた。
「娘は侯爵夫妻と懇意の裕福な商家が引き取ったそうよ。平民として生きていくことになるわね。でもとても裕福な家だし、侯爵夫妻が沢山持参金を付けてあげたらしいわ。きっと幸せに暮らせるわ。なまじっか貴族の世界に居たら、ずっと醜聞が付きまとうでしょうから」
「じゃあ、そこで娘さんは育つのね」
「よかったわ」と母が言った。
「よかったわね」と私も言った。
こんなことになるなんて、思いもしなかったけど、生き残った娘には、幸せに育ってほしい。
母は、目線を落として、考えながらぽつぽつと話した。
「娘さんはジェイソン様そっくりの、きれいな銀髪だそうよ。容姿も似ていただろうし、かわいい盛りよね。一人息子を失った侯爵夫妻が、よく手放せたと思うわ。私たち母親世代の集いでは、その事に感心しているの。孫娘の本当の幸せを考えたのだろうって。それで、メリーの事も引き受けたのだと思うわ。将来孫娘が大きくなった時に、母親が打ち捨てられていたと知ったら辛いでしょ」
それから顔を上げてこっちを向いた。
「だから、あの一連の事件に関して、侯爵家をきつく非難する論調にはなっていないの。それに事が重なりすぎて、あなたの事件は埋もれてしまったみたい」
少し申し訳なさそうな表情だ。
私は、母の語る内容に驚いていた。
もっと面白可笑しく盛り上がっているのかと思っていたのだ。だが母の年代なら身につまされる話なのかもしれない。
恋はコントロールが難しいと、小説で読んだことがある。いつの間にか恋に落ちていて、理性や理屈で物事が運ばなくなるという。ジェイソン様もそうだったのだろうか。
それと対照的に、ノエルは明るく言う。
「最近お姉さまは、運が良くて度胸のある令嬢と言われているのよ」
呆れたけど、感心もした。
世間とは、凄いものだ。あんなに雑多な噂が広がって、収拾がつかなくなりそうだと思っていたのに、いつの間にか真実に近い所に、話が収まっている。
私自身については、勘違いもいいところだけど、その内に話題にも上らなくなるだろうから、どうでもいい。
「じゃあ世間的には、ジェイソン様と私の結婚式の件は、一応落ち着いたという事ね」
「そうよ」とノエルがにっこりした。
軽く言うノエルの様子は、どう見ても傍観者のそれで、あっさりしている。
「それなら私も、もう忘れるわ。こうして無事に過ごせているのだもの」
そう言いながら、ノエルの顔を眺めた。十五歳のノエルには、恋も結婚もまだ先の話だ。母や、その同年代の婦人方のように、自分だったらと置き換えて考えるほどの人生経験は持っていない。
クルス家への襲撃事件の時、本当は自分の身も危険だったことを知らない。ベルシアへの訪問に、死の危険が伴うことも知らない。
私はもう一杯お茶を注いでもらい、小さな白いドラジェを一つ摘まんだ。
この妹に、どこまで注意を促したらいいのだろう。危険があると知ったら、逆に危険かもしれない。
何気なく振る舞うのはきっと無理だろう。
母の方を見ると、母も妹をちょっと首をかしげて眺めていた。
おばあさまが以前言っていた、「あなたの母親は、ああ見えて結構使えるところもあるのよ。本音が駄々洩れに見えて、実はしっかり隠せるの」という言葉が頭に浮かんだ。
何も隠せない人に見えて、実はしっかり隠せるというのは、強いわ。
母には、危険の一端を伝えてもいいかもしれない。
ぼんやりとこちらに視線を移した母と目が合った。私は曖昧に笑い、もう一つアーモンドのドラジェを摘まみ上げた。
紫色のきれいなお菓子を見て、ジェイソン様の瞳を思い出した。好きにはなれなかったけど、綺麗な顔をした人だった。
前回の人生で、ジェイソン様は今回と同じように亡くなったのかもしれない。あの男なら関係者を始末していっただろう。
では、私は?
前回の死の時期は、結婚して四ケ月後辺りだと思う。寝付くようになってからは、日にちの感覚がなくなっていたけど、その時期に咲く花がベッドサイドに飾られていた。
私はこの二回目の人生で、死の運命を乗り越えられるのだろうか。
ベルシアへの訪問と時期が被るのが、とても嫌な感じがする。でも、その心配を誰にも打ち明けることは出来ないだろう。多分とても心配させてしまうから。
人に言えない、生のリミットを胸に抱えて、後数か月を過ごすことになる。
私は紫色のドラジェをそっと口に押し込み、かみ砕いた。
その夜遅く、私とブライアン様、ロイドとベルは、また兄の部屋に集まっていた。
「さあ、どうしましょうか」
兄が手を広げて言う。
「ベルシアへの訪問は断れない。今からの話は、それを前提での準備だ」とブライアン様が厳しい顔で言う。
「副団長、ベルシアの王族はどんな感じでしたか。陰険な嫌な感じとか?」
「いいや、王は苦み走ったいい男だったよ。王太子も似ていたな。感じも良かった。亡くなった前王マーカス様の肖像画と似ていた」
そう言ってブライアン様は、こっちをちらっと見る。私は反射的に、ニコッと微笑みかけた。
その様子をベルがうーん、と唸りながら見ている。
また、なにか違っていたのだろうかと思い、私は少し表情を引き締めた。
「王太后様はどんな方でしたか? 彼女もいい感じ、とか言わないでくださいよ。余計に不気味だ」
兄が茶化したが、ブライアン様の表情が強張った。
「ところが、その通り。優しげでおっとりした美人だよ。ふんわりとした雰囲気の方だ」
ゲッと兄が声を漏らした。
「でも今回の一連の事件、徹底していて冷酷で残虐です。それに大胆だ。それを、その王太后が主導したのなら、表と裏を完全に切り離せる怪物ってことですか?」
「密偵の男は、実際の指示は王太后からだと言っていたな。私も半信半疑だったが、書簡を見つけた時に納得した。毒蛇のような女だ」
ブライアン様の言葉を聞きながら、私は女の密偵が話した事を思い出していた。
「王太后は、私を不幸にしないと気が済まない、と密偵に言ったそうよ。多分、狙いはまず私で、次にノエルだわ。今回行かなければ次の罠が来るでしょう。それならば行くしかないと思うの」
みんなの目が一斉にこっちに向いた。ベルが必死な顔つきで私に近寄る。
「今回はお嬢様は行かずに、様子見された方がいいのではないですか? 時間と共に気持ちが逸れるかもしれません」
「ベル、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、私が行かなければ、何をしてでも来るように仕向けると思うの。家族の誰かがケガをするかもしれない」
そこに兄が割り込み、きっぱりと言う。
「マリア、もっとはっきり言っていいぞ。多分、全員が殺されて、その遺体を引き取りに行くことになる。今回の事件から考えるに、誰を殺すこともためらわないだろう。侯爵家の子息を人知れずに始末したんだ。俺達家族くらい、落石で馬車がつぶれたとか言って、あっさり殺すさ」




