母と妹ー1
「ご招待の内容を読むと、どうも孫娘たちを呼びたいようだな。母のかわりにっていうことかな。マリアとノエルにエバが付き添って行くのが妥当かもな」
その言葉に母が嬉しそうにしている。
外国への旅行で、しかも王家からの招待だ。すごく豪華な旅になるだろう。
「女ばかりでは不用心ですから、俺も同行しますよ」
兄がすかさず言う。ブライアン様も声を上げたが、途中から元気がなくなっていった。
「近衛騎士団から護衛を付けます。私も同行できたらいいのですが、帰国したばかりなので難しいかもしれません」
「ありがとうございます。だが、往復で多めに見て二十日、あちらでの滞在も含めれば、一カ月半程度は掛かるでしょう。何かとお忙しいブライアン殿に、それは無理でしょうなあ」
父は恐縮して言うが、ブライアン様はみるみるうちに不機嫌な顔になっていく。
「ブライアン様」
小さく声をかけて、ブライアン様の方に身を乗り出し、袖を指で軽く引いた。
もちろん、みんなに見えないように、テーブルの下で手を伸ばしている。
彼は、私が袖を摘んでいるのを見て目を細め、こちらを向いて、そのまま手を握り込んだ。
「こんなふうに揺さぶりを掛けてくるなんて、困った方だ」
甘い声で言う。
皆の目が、もちろん集中した。こんなはずでは!
「コホン。このデザートのブラマンジェは絶品だね。バニラビーンズ入りのクリームソースが素晴らしいな。ビルにまた出して欲しいって伝えてくれ」
兄がロイドにそう話しかけ、皆の注意を引いてくれた。
ーー以前、使えるかも、とか言いましたが使えます。お兄様ありがとう。
ベルシアからの招待の件は、お父様以外の四人で行くことと、その前に叔母さまから当時の様子を聞くこと、その後に、王に申請を出すことに決まった。
決まってしまえば、思ったより気分が落ち着いた。
後は、ベルシアでどう振る舞い、どうやって無事に帰国するか、だけだ。
だけ、と言うには物騒すぎるけど。
その後別室に母と妹と三人で移動して、お茶をいただくことになった。男たちは父の書斎で、葉巻を楽しむそうだ。
お茶を注ぐ侍女が後ろに下がると、母は一口だけ飲んで、こちらを向いた。
「随分、垢抜けたわね。驚いたわ」
「そうでしょうか。私には分かりません」
ノエルのほうを向くと、また唇が尖っている。
「お姉様、いいな。私も王宮で侍女をやってみたいわ」
相変わらずのノエルに私は苦笑してしまった。
「私が言った淑女教育は進んでいるの? それを済ませてからでないと、同僚方から相手にすらしてもらえないわよ」
ノエルはぐっと詰まって黙り込んだ。
王宮の侍女は、良家の子女が多い。基本が身についていないような未熟者は居ないし、居られないだろう。
「お母様、ベルシアからのご招待を受けるとしたら、このままでは困ります。真剣にノエルの教育をお願いします」
母はノエルがお茶を飲む様子をしばらく観察していた。
「食事のマナーは大丈夫、ダンスも大丈夫よ。会話と礼儀作法の先生を付けるわ」
それを聞いて、内心ビクッとした。私は今まで、ほとんど夜会に出たことがない。
パートナーはいつも父か兄だったし、夜会で踊ったことなど一度もない。
男性に声をかけられるのが嫌で、なるべく会場の隅に引っ込んで、目立たないようにしていた覚えしかない。
このままベルシアに行ったら、困ったことになりそうなのは、私も一緒だと気付き、水を浴びせられたような気分だった。
後で、ベルに相談しなければ。
母がなにか言いたそうにこっちを向いたので、急いで別の話題を振った。
「侯爵家は、落ち着いたの? 今どうしていらっしゃるのかしら」
あからさまに話題を変えたが、ありがたいことに意識が逸れたようだ。
「ジェイソン様のお葬式には参列していないのよ。弔問にも伺っていないしね。あんな事件があったわけで、クルス伯爵家から正式なことは何もできなかったわ。お葬式の参列者や弔問客もだいぶ少ないと聞いているわね」
「私の友人はお葬式に出かけたらしいわ。近衛の騎士が多かったって言っていたわ」
一般の参列者は少なかったということだろう。自業自得とはいえ、何とも寂しいことになってしまった。
「メリーは、結局誰が引き取ったの?」
それには母が答えてくれた。
「ジェイソン様がすぐに亡くなってしまったでしょ。それで引き取り手がなくて、教会が引き受ける事になっていたらしいの。でもね、侯爵夫妻が彼女の遺体を引き取ったそうよ」
その話に驚き、ティーカップを持つ手が震えた。
私はソーサーにカップを置き、母とノエルに質問をぶつけた。
「よく引き受けたわね。彼女を恨んでもおかしくないのに。自慢の息子が、彼女のせいで転落したとは考えなかったのかしら。世間はあの事件をどうとらえているの?」
母とノエルは顔を見合わせている。
ノエルが、あくまでも噂ではだけど、と言い置いて教えてくれた。
「メリーがジェイソン様と付き合い始めたのは二年近くも前で、子供もいるでしょ。だから強盗団に利用されたのじゃないかって言われているの。強盗団が侯爵家に狙いを定めた時に、彼女を騙して手先にした。実際メリーは侯爵家に入り込んだわけで、そのままだったら内部情報は筒抜けよ」
私は大きく頷いた。本当の目的が違うだけで、あとはその通りなのだ。
裏通りで危ない薬を探し回っていた彼女は、絶好のカモだっただろう。
「それで?」
「メリーがすぐに殺されてしまったのは、どう見ても口封じよね。メリーは彼らの正体を知らなかったのだと思うけど」
「私も、そう思うわ」と言いながら、本当にその通りなんだから、と心の中で思う。
驚くことに、いつの間にか噂が事実に近づいている。
「そしてジェイソン様は、メリーと盗賊団の関係を知らなかったと思われているの。だって自分の家を襲おうとする者たちと、結託するはずがないもの。メリーだって、自分が結婚して妻に収まりたいのに、その家を破滅させるようなこと、しないわよね」
「絶対に、それはないわね!」
私の言葉にも、思わず力が入ってしまう。
ノエルと母の目には熱がこもっている。
「それにジェイソン様は、近衛騎士団の中でも一番に剣の腕が立つ騎士だったそうよ。そんな方が、たかが盗賊ごときに負けるわけがないもの。きっとだまし討ちに遭ったんだわ。メリーから何か聞いていたらと、口封じするためによ」
部分的に違うけど、大まかには合っているわ。剣の腕は、エリック兄さまと互角だったと聞いている。
「たぶん、そうね。ジェイソン様まで殺すなんて、どれだけ用心深い強盗団なんでしょう」
そこで、急にノエルの目が輝いた。
「お姉さまが教会で告発をしなかったら、侯爵家は強盗団の襲撃を受けて、たくさんの人が殺されて、金品も奪われていたと考えられているの。その場合、やっぱり口封じで、ジェイソン様とメリーも殺されたはずよ。だから、最悪の事態が阻止できたのは、お姉さまのおかげってことよ」
「えっ? どうして?」
「だって、全く予定が狂ったはずよ。その後、我が家が襲撃に遭ったのも、その腹いせだって言われているの。ところが、突然の襲撃なのに見事に賊を捕らえ、誰も殺されず、何も盗まれずに済んだじゃない! しかも、賊は騙そうとして持って来た品まで、置いて逃げたのよ」
熱い口調で言うノエルの言葉の先を、母が締めくくった。
「我が家は、世間から一目置かれるようになったの」
もしかしたら、私の王宮での立場に、この話がある程度、影響しているのかもしれない。
今週は、土日も投稿しますので、読んでください。
来週から、週4回投稿に変わります。




