50.D⑤.転覆
南部大地は究極の選択を迫られた。
加藤緑を取るか?
羽賀太陽を取るか?
大地の結論は最初から決まっている。
だが、行動に移すのはまた別問題だ。
一度、肩から力が抜けた分、 太陽から大好きだと言われて喜んだ分、より多くの憎しみを必要とする。
その分をチャージしなければならない。
大地は自分に言い聞かせる。
全て太陽のせいだ。
自分がプレイヤーに選ばれなかったのも、緑が自分を愛さないのも、不幸のすべてが太陽のせいだ。
太陽を恨め。
憎め。
今まで以上に、と。
「太陽、緑を守れるのはお前じゃない。俺だけだ。それだけは絶対譲れない。たとえ、悪魔に魂を売り飛ばしてもな」
大地はボートのエンジンをかけ、太陽をめがけて発進させた。
「やめろー」
「やめてー」
大地にはもはや、和雄や美子の祈る声も聞こえていない。
今の大地は怒ってもいなければ、笑ってもいない。
ただ、据わった目が今度は本気だと語っている。
大きなボートが全速力で、太陽のボートの横っ腹に向かって進んでいく。
大地の叫び声と共に。
「行け行け行けー!」
再び、弱点を突かれた小さな手漕ぎボートは横転し、太陽の体は水中に投げ出された。
しぶとい太陽のことだ。
きっと浮き上がってくるに違いない。
そうしたら、
「ざまぁみろ」
と笑ってやる。
大地は、そのときを今か今かと待った。
が、太陽の体が浮いてこない。
そういえば、太陽が海に投げ出されるとき、ボートの先端に頭をぶつけたような……と今更ながらに気づいた。
まさか、太陽は今頃、水中に沈んでいるということか?
「そんなはずはない。お前は悪運が強い男だ。こんなところでくたばる奴じゃない。そうだろう、太陽ーッ」
大地は腹から叫ぶ。
しかし、応答はない。
大地は暑くて汗まみれなのに、体の芯が寒くてたまらないという芸当を体験した。
そのときだった。
ふと、違和感を覚えた大地が海上から視線を上げた。
「あれは何だ?」
そこには大きなクルーザーが停泊していた。
しかも、そのデッキから、大型のライトが海を照らしている。
こんなところで何をしているんだ?
大地が見ていると、暗い海上で揺れる丸い明かりの中に、何かを抱きかかえたまま泳いでいるダイバーたちの姿が浮かび上がった。
一体、何を運んでいるんだ?
暫く見ていた大地が、
「あー」
と雄叫びを上げた。
「太陽……」
その体がクルーザーのデッキに引き上げられていくではないか。
まさか、これも藤堂の仕業なのかと思ったが、それにしてはおかしい。
大地はクルーザーに向かい仁王立ちした。
「何をしているんだ? ここは☆TSgame-Co.の所有地だぞ。出て行けーッ」
と大地が怒鳴る。
クルーザーのデッキに、白いスーツ男が出てきた。
初めて見る顔だが、いやに余裕のある30代といった感じだ。
大地を見下ろし、不敵に微笑んでいる。
「 何をいきがっている。後ろをよく見ろ」
大地が振り返ると、遥か向こうに、『☆TSgame-Co.の所有地につき、関係以外立ち入り禁止』の看板が浮いていた。
つまり、既に☆TSgame-Co.の領域を超えたことになる。
「くそ!」
そう叫んだ大地は、ボートの甲板の上に大の字で寝転び、空を見上げた。
そして、いつものように、フンと鼻先で苦笑する。
が、直ぐに腹を抱え大声で笑いだした。
自分でも何がおかしいのか、わからないまま……。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを、この後、6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?