48.D③.太陽との対決!
南部大地は新井聡のプレイヤーが棄権したと知ったときから、不吉な予感がしてならなかった。
聡はすぐにテログループの自爆テロ要員になるだろう。
残された緑はどうなるのだ?
心配と不安が渦巻く中、聡を捉えてバンに乗り込んだ、ちょうどその直後だった。
藤堂CEOから携帯に電話がかかってきたのは……。
「聡を確保しました……え? 緑を? ちょっと待ってください。緑はまだ使います…… CEO、CEO ……」
電話は無情にも切れた。
「クソ!」
大地は運転席のソファーの裏を思いっきり蹴るしかなかった。
緑はどうなったんだ?
もしかしたら、一旦家に帰されているかもしれないと期待を込めて、大地は自宅に戻った。
が、そこには緑の姿はなかった。
梓もいない。
仕方なく、大地は上がりかまちで待つことにした。
数分後、玄関のドアを開け、中に入ってきたのは梓だけだった。
梓は一瞬驚いたが、直ぐに平静を装う。
大地の刺すような視線から、怒りを感じ取ったのだろう。
「梓、緑をどうした?」
梓も負けてはいない。
鋭い眼差しで見返してくる。
「それを聞いてどうするつもり?」
睨みつけているのに、梓の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
大地も梓の気持ちには気づいている。
好きな人を悲しませて、苦しめて嬉しいはずがない。
それでも、そうせざるを得ないのは、 相手を守るためだと信じているからだろう。
その気持ちは大地にもわからないはずがない。
なぜなら、大地も同じだからだ。
ただ、思う相手が違うだけだ。
しかし、それは絶対的な違いだけに、運命の皮肉を感じる。
だから、悪いと思うが、梓の望む言葉を口に出すことはできないのだ。
一方、梓は感情を最優先する性格だ。
「CEOの命令は絶対なのよ。 それはあなたが一番知ってるでしょ。もう、あんなかわいそうなあなたを見たくないの」
「だからって、緑を……」
梓は、それ以上聞きたくないと思ったのだろう。
首を左右に振り、大地の言葉を遮る。
「あたしには、あなた以外誰も関係ないわ」
ついに、梓の瞳から大粒の涙が頬を伝って流れ落ちる。
泣けるだけでも羨ましい、と大地は思った。
そこへ、携帯電話の着信音が響き、大地が慌てて出た。
携帯を耳にしたまま、 大地の表情から血の気が引いていく。
「太陽が……?」
「もし、あいつが島を出ることになったら、加藤緑も最後だぞ。わかっているな」
藤堂CEOの言葉に、大地は思わず携帯を落としてしまった。
プレイヤーに選ばれなかった南部大地にも、両親役はいた。
年上とはいえ、彼らはリーダーの大地からすれば部下になる。
仕事である以上、リーダーには頭が上がらないものだ。
大地は将来のリーダーになるために、 藤堂から、
「誰にも心を許すな。誰も信じるな」
と、暴力と脅しと洗脳によって育てられてきた。
だから、大地はずっとひとりぼっちだった。
周りは敵ばかり。
心を許せる者も、信じられる者もひとりとしてできるはずがない。
そんな大地にとって、たとえ ゲームでも、たとえ家族ごっこでも、本当の親子だと信じきってる太陽が羨ましかった。
何よりも、そう思っている自分が悔しいし、だからこそ、太陽を許せないのだ。
だが、大地自身、心のどこかで疑っていた。
お前は本当に太陽を憎み切れるのか?
本当は憎むことも許すこともできない中途半端な自分を責めているのではないか、と。
だからこそ、更に自分の心を鞭で打ち、悪ぶるしかないのだ 。
♢ ♢ ♢ ♢
今、大地は海原に浮かぶボートの上で、太陽の父親、否、その役である和雄の目前に銃を突きつけている。
「だ、大地、やめてよッ」
太陽の心からの叫び声は、当然大地にも届いている。
だからなんだ?
と、大地は心の中で言い捨てる。
「太陽、お前が守ろうとすればするほど、全員傷つくんだ。よく見ておけッ」
次に、大地は銃を和雄の鼻先に押し付けた。
「二人とも、海に飛び込め」
大地の事情と性格を知っているだけに、和雄と美子は海に飛び込んだ。
「あ、父さん、母さん……」
反射的に、太陽は海上で浮いている両親に向かってボートを漕ぎだした。
「太陽、来るなーッ」
和雄の必死の叫びは太陽にも聞こえているはず。
「あなたは逃げてーッ」
美子の切なる願いも届いているに違いない。
それでも太陽はボートを漕ぐ。
両親に向かって。
そんな太陽の姿を見ながら、大地が大声で笑い飛ばした。
「太陽、結局お前は逃げられないんだよッ」
再び、ボートのエンジンをかけた大地は、スピードをどんどん上げていく。
そして、ついに太陽のボートに激突した。
大地のボートは大きくて頑丈だから衝撃も少ないが、太陽の手漕ぎボートは小さい上に軽く、しかも横からという弱い部分に衝突され、大きくぐらついた。
精神的にも、突っ込む側という主導権がある分、大地が有利だ。
その上、頭の中が両親のことでいっぱいの太陽には、不意打ちのようなものだから、痛手は大きかった。
それでも、何とかボートを立て直した太陽は、海上で溺れそうな両親に向かってボートを漕ぐ。
大地の存在を無視するように、横目も降らず。
「父さん、母さん……」
と必死で叫びながら。
この自分をバカにしたような太陽の態度が、大地には許せかった。
俺を無視するな。
俺を見ろ、と。
遂に、大地の顔から余裕の笑みが消えた。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?




