裏路地に来訪した者
アーシェとシェスティと組みあわせて仕事を始めてから、渚達はバリバリ仕事をこなせるようになった。最初はシェスティに合わせた楽な仕事を選んだが、永戸の一件を最初に経験してか二人とも息を合わせて動くようになり、チームの連携が増した。
「待ちなさい!」
「ひ、ひぃ!」
今日も、依頼のターゲットを追いかけて、彼女達は走る。シェスティが風魔法『ウィンドブロウ』で逃げる男を無力化しようとするも、後寸前のところで避けられた。
「待てって!」
渚が威嚇射撃をするが、危うく男の脚を撃ち抜きかけてしまう。ターゲットは傷つけるなと言われてるので危うかった。
「アーシェ! 抑えて!」
「はーい!」
身体強化でアーシェが走り出し、全速力で追いつくと、男に飛びかかる。そのまま上から押し倒し、男は地面に倒された。
「ひぃいいいっ! お許しを!」
「ボク達から借りた金、返してもらおうか!」
「7番街でとっくにスッちまった! 頼むから命だけは取らないでくれー!」
歓楽街の7番街で使い切ったとなると、今頃闇カジノのあちこちに金は分散しているだろう。はぁーっと渚が言うと、男を引っ張ってはナハトヴォルフへ連れて帰る。
「仕方ない、こいつを高額の依頼に連れて行かせるか、みんな帰るよ」
「いやだぁあああ! 魔物の餌にはなりたくないぃいいい!」
「だったらボク達から借金してちゃんと返しなよ……ボクんち、そんな利子ないしホワイトだろ? まぁそれでも闇組織だから表より高めだけど」
「渚、ちょっとこの人、可哀想じゃない?」
「いいのいいの、借金払えないなら体で払ってもらうのがこの世の常套句だし」
そうして男をナハトヴォルフまで連れてくるとドアを開けて中に入った。
「渚おかえり、借金野郎は、キチンと捕まえたようだな」
「うん、どうするこいつ? 危険地帯の魔鉱鉱山にでもぶち込む?」
「ふーむ、さて、どうするか?」
そうしてジェフリーがギラついた目で覗き込むと、男は「ひっ」と情けない声を上げた。
「ジェフリーさん! 金は必ず返します! ですから! 後一週間だけ、一週間だけ猶予を!」
「そう言ってお前はもう何度延滞させた、その分のツケはきっちり払ってもらう、魔鉱鉱山とまでは言わねぇ、シンプルにマグロ漁船で許してやる」
「ひぃいいい! それでも! 命の危機になります!」
裏社会のマグロ漁船だのカニ漁船だのの意味は「途中で海に投げ捨てられても命の保証がない」を意味をするとは有名だろう。男は慈悲を求めるがジェフリーは言った。
「まぁ安心しろ、俺の顔を通す奴だから命までは取らねぇ、きっちり稼いできな」
「はい! すみませんでしたぁあああ!」
そう言って男は土下座する中、渚は依頼料となるちょっとした小遣いを三人でもらう。
「わぁ、借金の返済の呼びかけだけでこんなにもらえるのね」
「シェスティはなんか買いたいのあるの?」
「ううん、今は貯金よ、少しでも暮らしを豊かにするために」
「真面目だなぁ、私ならパーって使うのに」
「それは貴方が打算的なだけよ!」
シェスティとアーシェもすっかり仲良くなり、二人で喧嘩することは無くなった。一時期は誤解を生みかねた二人だが、永戸の一件以来ちゃんと友達になれたらしい。
渚は落ち着いた様子でコーラを頼み、ゆったりと飲む。
「嬢ちゃん達二人も仲良くなったな」
「うん、ボク達いいパーティ組めそう」
「とはいえだ、裏路地にはまだ慣れが足りない、シェスティの嬢ちゃんに危険な仕事をさせるのはまだ当分先だろうな」
ジェフリーが三人に昼ごはんとして、まかないで作った分厚いベーコンエッグを出す。
「わぁ…! 食べていいの⁉︎」
「あぁ、まかないだからな、俺からの仕事の報酬だ」
「いただきまーす!」
「いただきます」
三人でベーコンエッグにがっつくと、ジューシーなベーコンととろとろの卵の味に舌鼓を打たせる。
「おいしー!」
「確かに、美味しいわ」
「親父の作るご飯、美味しいからね、こうして時々食べさせてもらってるんだ」
そうしてもぐもぐと食べ、やがて食べ終えると、三人はふぅっと落ち着く。
「ここにいればこんな贅沢な食事が食べられるのね…」
「元奴隷にとっちゃ肉も卵も贅沢か?」
「そう言うもんだよ、デリカシーのない質問をするなぁ」
美味しいものを食べれて喜ぶシェスティに、ジェフリーがデリカシーのないことを言う。
そうしてのんびりとした時間を過ごしていると、ギルドのドアが開かれた。
「ジェフリーの旦那! 急ぎ伝えたいことがあって来やした!」
「どうした? そんなに慌てて」
「ウチのシマに、転移者が流れ込んで来やした!」
それを聞くと、ギルドの荒くれ者達がざわつく。だが、渚が空砲を撃ち、荒くれ者達を黙らせた。
「慌てるんじゃない! まだ敵か味方かもわからない相手に何びびってんだ!」
「しかし姉御! 相手はこう言ってやしたぜ? この荒れた貧民街を"救う"と」
「…ふぅん」
渚が興味深そうな目で話を聞く。彼女はギルドの出口に向かうとジェフリーに言った」
「ちょっとどんな奴か見てくる、夕飯時には帰ってくるから、二人を世話してて」
「はいよ、揉め事を起こすなよ」
「分かってるよ、じゃ、行ってくる」
そうして渚は店から出て、ギルドにきた男の案内で目的地へ向かう。目的の場所に辿り着くと、そこには貧民で人だかりができていた。だが、貧民達が渚に気づくと道を開ける。
「渚ちゃん…」
「渚…これは一体」
「しっ…今はボクのことは黙っておいて」
渚はこの地区のボスみたいな扱いだ、貧民街の民からも慕われている。そんな民達が渚が見える程度に道を譲ってくれると、渚は目的の転移者を見た。身なりからして男で、結構裕福な者らしく、彼は手を広げると言った。
「私は! この都市の裏路地という闇を許さない者だ! ここで暮らしている者は、日々の暮らしに苦しみ! 争いに巻き込まれ! 毎日を必死に生きている!」
男が手を広げた途端、なんだなんだと民衆がざわつき始める。渚はそのまま彼を見つめた。
「私は! そんなこの裏路地で苦しむ君たちを救いたいと願っている! 何か! 何か困っているものがいるか!」
困ってると言われても…と民衆は再びざわめく。渚達がしきっている土地は比較的平和で組織同士の争いも少なく…裏路地の掟を破る者もそうそういない、これは、バックに異世界管理組織、イストリアと通じているからという理由があるが、困る理由などそうそう見当たらなかった。だが、ある者が声を上げる。
「食に飢えている! ウチは働いても働いても安い賃金しかもらえず、ろくに食べ物も買えやしない! どうにかできんか!」
ある老人がそんなことを言うと、転移者の男は聞き届け、胸を張ってこう言った。
「ならば、有り余るほどの食料を皆に恵んでやろう!」
ぱちっと指を鳴らすと、その場に大量の食料が現れた。パンに肉に水、挙句は嗜好品の酒まで、あらゆる食料が目の前にどんと現れたのだ。
「お望みの食べ物だ! 欲しいものを取っていくといい! しかし! 飢えているものにはその分きちんと分けるのだ! 慌てず一人ずつ順番に取っていけ!」
そう言われると、住民達は喜びながら、一人一人食料を恵んでもらう。それを見た渚はちょっと不審に感じつつもこう思った。
(案外、いい奴じゃん)
そう思っては渚は踵を返し戻る。
「姉御! いいんですかい⁉︎」
「危害を加えないんならいいんじゃない? 今の所はさ」
そう言うと渚は帰る。転移者はチラリと渚の背中を見たが、なんの違和感も感じず、人々に食料を分けていくのだった。




