とある夜中の幕引き
この物語を読むにあたって、先に同シリーズである「ヒトとキツネの異世界黙示録」を読む事をオススメします。基本的にはそちらの世界観を踏襲してるので、より世界観を知る事ができます。
「くそっ! 全部台無しだ!」
煌びやかな星の輝きが降りる夜の帳、そんななか、ある草原をひとつの馬車が走る。
荷物をほぼ満載につみながら走る馬車、ガタゴトと揺れる狭い車の中に、男が座る。
今日はとても最悪な日で、雲ひとつない光る空の下、男は焦っていた。
「もっと速度を出せ! 急いでこっから逃げるんだ!」
「は、はい! ですがこの荷物では、この速度しか…!」
振り返って男は御者に怒鳴る。ありったけの金品を詰めた荷物の隙間をのぞきながら彼は怒鳴り、焦る心を落ち着かせようとした。
「イストリアとの闇取引でアーティファクトを買ったつもりが、あの死神達が仕掛けたデコイにすり替わってただなんて、くそっ! 本当なら今頃私は巨大な力を得られた筈なのに…!」
死神と言って男は震え上がる。
山のような金品を抱えた彼は資本家ではあるが、同時に悪徳貴族で、領地の民から重税で金を巻き上げ、様々な組織と裏で取引をして私腹を肥やしてきた。
"イストリア"とは、異世界の平和を保つ管理組織で、この男はその組織と裏で取引をして、"アーティファクト"を手に入れようとした。だが、どうやら何者かにそれの邪魔をされ、裏取引がバレてしまい、男は追われる事になった。
(死にたくない…こんなところで、し、死ねるものか…!)
男が祈る中、暫く馬車は進んで行ったが、数十分したくらいだろうか、急な出来事が起きた。
「ひ、ひとだ…⁉︎」
御者が道の先に人がいるのを見つけると、馬車を急停止させる。
なぜ急に止めたのかと男は馬車の前の方を見る。
「ど、どうした⁉︎」
「道の真ん中に人が⁉︎」
「こんな夜の道に人だと⁉︎」
人と聞いて男は馬車の先を見ると、見慣れない格好をした子供が一人立っていた。格好はかなり汚れたヨレヨレのケープに、頭にはヘッドセット、背中には大きな灰色のケースを背負っていると異質なもので、顔立ちも、暗い黒の髪をしていて顔は暗くてよく見えなかった。そのあまりにも不思議な格好に男はすこし目を疑った。
「おい邪魔だ! どいて道を開けろ!」
「そうだ! この方は今急いでいるんだ! 今すぐ道を開け……」
御者が言いかけた瞬間だった、子供がケープの中から銃を取り出すと、御者の頭を撃ち抜いた。
ドンッと真夜中に銃撃音が鳴り響き、御者は頭を無くし、地面に倒れ落ちる。
「なっ……あ……な、何者だ⁉︎ お前は⁉︎」
男も異常を察知したのか、拳銃を取り出して子供に向ける。目の前の少女は只者じゃないと、男は震え上がる。
すると、子供は飛び上がってナイフを取り出すと、馬車の天井を突き破り、男の体に自身の体を押し付けると、そのまま地面に押し倒す。
そして子供は銃口を男の頭に向けた。
「なんだと思う?」
かなり近い距離になり、月明かりでようやく子供の顔が視認できるようになった。その子供は女だった、15、16くらいの若さで、蒼い瞳を持つ少女だった。
不敵な笑みを浮かべながら少女は男に聞きかえした。
「ふざけた真似を!!」
男は拳銃を少女に向けるが、次の瞬間、拳銃を持っていた手はナイフで切り落とされた。
「おがっおああああああ!」
「この状況でふざけてるのはどっちかな? おじさん、今銃口を押し付けられてんだよ? おじさんが武器を構える暇があったらボクが引き金を引く事なんて容易い事だったんだよ? んじゃあもういちど質問するね、な・ん・だ・と・お・も・う?」
ふふーんと銃口をぐりぐりと押し付けつつ、少女は笑う。
男は片手を失った痛みの中、考えを巡らせて答えを出した。
「イストリアの死神どもか⁉︎ バカな事があるものか! 今回の件であの部隊が止めることはあっても抹殺に動くなんてあり得るはずが…!」
「ナイよね、ざーんねん、ペナルティだよ」
今度は男の片足がナイフで斬り飛ばされた。再び男は声にならない声を上げる。
そんな中、少女はクスクスと笑いながら男の答えを待つ。
「なら……お前は、なんなんだ⁉︎」
「じゃ、答え合わせ、正解は、通りすがりの死神だよ」
そう言うと少女は銃口を男の口の中に突っ込んだ。満面の笑顔を見せるが、殺意を隠さずに少女は死を突きつける。
「あが…もが…! 死に…だぐな……!」
「あーごめん、口に銃突っ込んだの、よく考えたらおじさんの涎でばっちぃから死んで」
直後、銃弾が男の頭を貫き、男は死んだ。ばたりと倒れたのを確認すると、少女はふぅっとため息をついて汚くなった銃を捨てては立ち上がる。すると、ヘッドフォンに通信が入ってきた。
『"渚"、ターゲットは殺したか?』
「心配せずとも殺したよ、あーあ、血でベッタベタだよ、帰ってシャワー浴びたい」
『悪いがもう一件仕事がある、取引現場から逃げ出したイストリアの裏切り者の処理だ』
「えーっ? やっぱりそれもボクがやるの?」
そう言う渚と呼ばれる少女はやる気満々の表情でいた。
彼女の名前は陽宮 渚、異世界管理組織イストリアに属さないフリーの傭兵で、闇ギルドに勤めている殺し屋だ。
今回受けた依頼はイストリアの重役と先ほど殺した貴族の始末、殺しの依頼だった。
この案件は本来ならイストリア側でけじめをつけれればよかったのだがイストリア側の"殺しの部隊"は身内の犯行の為容易に動けず、渚のいる闇ギルドの方に仕事が回された。
だが、向こうも向こうで罠を仕掛け、獲物がそれに上手くかかってくれた為、こうして渚は仕事をこなす事ができた。
「んー! しょーがないなー、もうひと仕事頑張るよ」
『頼むぞ、お前の力が頼りだからな』
残すは本命のイストリアの重役、おそらくこの男よりも厳重に警戒をしているだろう。激しい戦闘になる事を考えると、渚の心が震えた。
そうして、男の後始末を後続の傭兵に頼むと渚は夜の大地を駆け出した。