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「森に囲まれた欧州には熊にまつわる伝承がたくさんあって、それ故、国や都市、町、村などの紋章にも熊が数多く使われています」

 僕は話し始める。

「例えばスイスの首都ベルン(Bern)、その語源は熊(Bar)とされ、市の紋章は熊です。領主の公爵が殺した熊にちなんだとか、この町の開拓者がここで初めて狩った動物の名を冠したとか、諸説あります。まぁ、都市名Bernと熊Barを引っ掛けている語呂合わせとも。同じようにドイツのベルリン。この地の有名な映画祭の名、金()賞・銀()賞も、BerlinのBerとドイツ語の熊Barに引っ掛けてある。この種の語呂合わせの洒落系だけでなく伝承系で捜すと――欧州ではパリに次ぐ第2の大都市スペインのマドリードの紋章も熊です。ここの太陽の門(プエルタ・デル・ソル)広場には〈熊とヤマモモの木〉の像があって市民に愛されています。これ、イメージで言うと渋谷のハチ公ですね! この像の伝承がオモシロイ」

 姉妹が沸き立った。

「まぁ! ぜひ聞きたいわ」

「教えて、教えて!」

「マドリードには熊が多く棲息していて、特にヤマモモ(Madrone)の木の間にたくさんいたらしい。ある日、母親とピクニックに来た子供たちが熊に襲われヤマモモの木によじ登った。助けようと駆けつけた母親に子供たちは叫んだ『お母さん、逃げて!』 madore huid これが縮んでMadrid……」

 苑さんが率直な感想を語る。

「やだ、それも力いっぱい駄洒落系じゃない」

「ですね、アハハハ」

 僕はめげずに続ける。

「でも、マドリードに関してはもう少しシリアスな説もありますよ。この都市が成立した際、北の地にあるこの都市を大空の北極星に見立て、それを守護する誇り高い市民たちを大熊(・・)座と見なした。それゆえ紋章を熊にした――星座由来系の伝承です」

 だが、ここまでは序章に過ぎない。

「では、いよいよ本題に入ります。さて、612年、スイスはミューレネン渓谷にガルスという名の修道士が北アイルランドから遙々布教の旅をしてやって来ます。うっそうと茂る草木に足を取られ転んだのを『これぞ神の啓示』と思い、この地に留まる決心をしました。ガルスは渓谷の森の熊と仲良くなり、熊は暖を取る(たきぎ)を持って来てくれた。御礼にガルスはパンを与えた……」

「あ、それが、熊と焚火?」

「これで終わりじゃない、まだ、あります」

 僕はゆっくりと一同を見廻した。

「やがて、ガルスは没し、遺骸が石棺に納められると、多くの人々がその墓にやって来て花を手向け、年を経るほどにますますガルスは聖人として崇められて行くのです。ガルスの死後百年、この地に建てられた修道院が聖ガルス修道院……現地名ザンクト・ガレン修道院です。この時すでに、ガルスの墓は何処にあるのかわからなくなっていたのですが、唯一、彼の頭蓋骨を納めた聖遺物箱がこの修道院の地下室にあるそうです」

「頭蓋骨――」

「シャレコウベね!」

 姉妹がさざめいた。

「でも、ミイラは?」

「ミイラは何処で関わってくるの?」

「それです。このザンクト・ガレン修道院には中世のそれらしく図書館が併設されていて、現在ではこちらの方が有名かも知れません。バロック建築の傑作、世界屈指の美しい図書館として1983年ユネスコ世界遺産に登録されました。この図書館、〈世界の図書館ベスト20〉に選出されるくらい美しく()つユニークなんです。図書館内には17万冊に及ぶ手書きの写本や欧州最初期の活版印刷本、その他、世界最古の建築設計図、ガウスと熊と焚火を彫った九世紀の象牙のレリーフなど5万点の美術品を所蔵、なんと2700年前のエジプトのミイラまで展示されている――」

「ミイラ……しかもエジプトの……?」

「嘘ぉ! 図書館にミイラなんて信じられないわ!」

「いや、それなりの理由があるんですよ。中世の頃、修道士たちは『ミイラが腐らない限り本も腐らない』と信じていて、図書館内の大切な書物を守るために、今で言う空調管理の指針(バロメータ)としてミイラを導入したのだそうです」

 もう一度、全員の顔を見渡す。

「どうです? 2通目の〈熊と焚火〉3通目の〈シャレコウベとミイラ〉――全て満たしていると思いませんか?」

 僕は最後にこう言って()(くく)った。

「配達された3通の手紙の中の2通の絵柄から読み取れるのは一つの場所の名(・・・・・・・)〈ザンクト・ガレン修道院図書館〉です。この〈場所の名〉が1通目の文言【警告、この家は呪われている。すぐに出ていけ】とどういう繋がりがあるのか、また『何故その場所なのか?』という深い意味については、残念ながら現段階ではまだ僕もわかりません。でも、絵柄自体が示しているのはこの解答で間違いないと思います」

 一瞬の静寂の後、鳴り響く拍手……! 

 朝野姉妹も前嶋弁護士も、勿論、わが相棒・来海サンも(彼女は小さくウィンクまでしてくれた)大いに納得してくれた。

「すばらしいわ!」

「目からウロコとはこのことね!」

「なるほど、どれもドンピシャだ! この絵柄はそう言う意味だったのか……」


 その後、御馳走になった姉妹手作りの夕食――タンシチュー、ミモザサラダ(陽さん)、デザートのサワークリームの冠を乗せたメープルとヘーゼルナッツ風味のチーズケーキ(苑さん)はこの上もなく美味だった!

 前後するが、前嶋弁護士が招待の御礼に、アマリエナーエ・ドルンフェルダーQ’b’A(ハートのラベルが超可愛い赤ワイン)、それに未成年の来海サンのために100%有機ザクロジュースを持って来てくれていた。僕たちの方も、藤田嗣治(ふじたつぐはる)の〈白い猫〉――もちろんレプリカ/ポストカードサイズを額装したもの――を持参した。姉妹は凄く喜んでくれた。ワインとジュースは最高に料理にマッチしたし、猫の絵はさっそく台所兼居間の窓辺に飾られた。新参者の白い猫は古株の白猫セレストとともに、夕食に舌鼓を打つ僕たち五人の人間をさも面白そうにじっと眺めていた。



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