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「小細工に関してはもう一つ、謝っておきます」

 前島弁護士は言った。

「無断侵入のあったあの日の猫の鳴き声は僕がやりました。あれも僕の仕込みです」

「えー!」

「簡単だよ。すでにこの手はアガサがやってる。アガサは当時最新の録音技術(レコード)を使ったけど、令和の僕はスマホのタイマー機能を使った。スマホを庭の珊瑚樹に引っ掛けて、猫の鳴き声の3分間の自動再生・自動停止。スマホは後で回収すればいい。尤も、無断侵入者が現れるとは予測しなかった……」

「ねぇ、これってDNAのなせる技?」

 唐突に、苑さんが頬を膨らませて言う。

「私、〈墓の中の死にゆくキリスト〉は魂が凍るほど怖かった。だから、前嶋さんの戦慄を理解できる。でも、それと同じくらい〈野イチゴの聖母〉に魅了された。私、あの絵が大好き! 雨貝家の先々代が気に入って買い求めた気持ちがわかるわ。こういうの嗜好の遺伝?」

「あ、DNA説に(のっと)るなら、僕も感じたモノがあります」

 思わず片手を上げる僕。

「どうも――発想と謎の仕込み方が前嶋さんと陽さんでよく似てる」

「まぁ、どんなところが?」

 興味深げに身を乗り出す陽さん。

「まず、邸から追い出すには怖がらせればいいと考えた点。その怖がらせ方を既読の書物から採用した点――」

 僕は陽さんに訊いた。

「憶えていますか? そもそも僕と来海サンをこの邸へ導くことになった最初の謎、怪異染みた〈ベッドの上の痕〉。あれのヒントになったのはドイルの〈まだらの紐〉だとあなたは認めたけど、それだけでなく、もう一作――ひょっとして怪奇小説、レティス・ガルブレイスの〈青い部屋〉の影響も受けてるのでは?」

 この作品の方がリアルにベッドに謎の〈痕〉が残る描写があるのだ。その痕の正体は……

 おっと、未読の人のためにここで口をつぐもう。

 陽さんは頬を染めてペロッと舌を出した。

「大当たり! それです」

「次に、前嶋さん、スマホを使った猫の鳴き声トリック。技術的にはアガサかもしれないけど、その元々の情景上の発想って、ひょっとしてサキの一篇――」

「あ、私に言わせて」

 陽さんが割り込んだ。

「それって〈セルノグラツの狼〉じゃない?」

「その通り」

 今度は弁護士がうなづく番だった。

 この話も血が凍るほど怖い。領主一族の誰かが死ぬ時、必ず狼がその邸を取り囲み夜通し鳴き続けるという……

「言ったでしょう? 僕が思いつくとしたら自分の経験(トラウマ)か、でなきゃあとは趣味の読書から得た知識以外ないって」

「私も右に同じデス」

「ということで――」

 小さく息を吐いて前嶋さんが締めくくった。

「僕からの告白は以上です」

「まだあるわよ」

 素早く切り込む苑さん。

「私たちが初めてこの邸にやってきた時、前嶋さんが言った『珊瑚樹は泣く木だと父が教えてくれた』……あれはまさにこの邸の庭で雨貝秋斗さんに聞いたことなのね?」

「ええ。雨貝氏が不在の時、一度だけ父は僕と母をこの邸につれて来てくれたことがあったんです。その時の他愛ない会話です」


――木が泣くなんておもしろいね、おとうさん!

――木どころか、ワニも泣くぞ、一星。

――うそだー! ワニは強いんだよ! 泣くもんかっ

――いや、泣き虫のワニもいる。お父さんはそいつの居場所を知ってるから引っ張り出して、今度連れて帰るよ。

――ほんと? 約束だよ、お父さん、僕、待ってるから!


「僕の事務所に飾ってある写真はまさにその時のソレです」

 サラッと言い添えた。

「それに、あれを撮ったのは父の弟――君たちのお父さんなんだよ」

「――」

 絶句する姉妹。

「僕は憶えてる。父の弟と言う人が可愛らしい恋人と一緒に追いかけっこをして遊んでくれた」

「なんてこと!」

 跳びかかる勢いで姉妹は弁護士を取り囲んだ。

「そうなの? あの写真の向こう側には私たちのお父さんとお母さんがいたのね!」

「ああ、前嶋さん、あの写真をコピーしてくれる? 宝物にするわ!」

「勿論。もう1枚も(・・・・・)セットで進呈しますよ。僕の父がお返しに撮ったヤツ。あの日、僕たちはお互いを撮り合いっこしたんだ」

「でも、そんな写真、私たち見たことない。父と母の旧いアルバムの中にもなかったわ」

「きっと、家を出た春揮さんが邸に関わるものは全て処分したんだと思います。実際、実家や出自については死ぬまで一言もあなたたちに明かしてなかったんでしょう?」

 欧州仕込みの完璧なウィンクをする前嶋さん。

「でも、安心して。ネガを母が大切に保管してるから。僕の家では二つ並べて飾ってあるんだよ。あの日は母にとっても特別な一日――最高に幸福で美しい思い出だからね」

 真面目な顔に戻って弁護士は言った。

「母が僕の事務所にやって来たのは、天に誓って偶然だけど、あの日、母は一目見て君たちが誰かわかったと言ってた。だって、そっくりだもの。君たち、写真の中のお母さん(・・・・)と」

 これでまた一つ謎が解明した。事務所で、有能な若き弁護士が突如、あんなに慌てて取り乱したのは、予定外にやって来た母が、朝野姉妹を見て不用意な発言をしないか、それが気が気ではなかったせいだ。

「だが、隠すべきことはもう何もない」

 前嶋一星弁護士は言った。

「今日、全てが明らかになり――終わった」

「まだよ」

 朝野姉妹が静かに首を振った。

「まだ終わっていない」


※「青い部屋」レティス・ガルブレイス/英国クリスマス幽霊譚傑作集・創元推理文庫

※「セルノグラツの狼」/サキ短編集・中村能三(訳)新潮文庫

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