表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

 19

 その夜、僕は夢を見た。

 赤い煉瓦塀の前に佇んでいる背の高い女の人。今度こそ、車を停め、僕は駆け寄る――

 深緑の服を纏ったその人は両方の掌を上に向けて、祈るように目を閉じたまま動かない。

 あなたはどなたですか?


 自分の声に跳ね起きる。

「ロセッテイだ! 〈ベアータ・ベアトリクス〉……」

 ラファエル前派は19世紀中頃イギリスの若い画家たちの間で流行した一派でルネサンス期の画家ラファエルの作風を理想とした。その代表格ガブリエル・ロセッテイの描いた一作、〈ベアータ・ベアトリクス〉。

 ルネサンスの先駆者・詩人ダンテの最初の詩集〈新生〉に出て来る、詩人の亡き最愛の人ベアトリクスの姿を、画家自らの急死した妻リジーをモデルに描いたその絵は例によって隠喩と象徴に満ちている。

 背後に(おぼろ)に浮かぶのは天上と地上を繋ぐ橋、午後三時を指す日時計、ケシの花を咥えて舞い降りる鳩。まだある、黒装束のダンテの横の井戸は14世紀の画家デュ―ラーが〈キリスト降誕〉で描いた井戸と全く同じ形だし、その井戸の後ろの実がなる木は永遠の命を表すなどなど。画中の鳩も愛の天使もケシの花も()、ベアトリクスの衣装は深緑(・・)色……

 僕は思わず苦笑した。

 美大出の困った(さが)だな。無意識に何でもすぐ絵画に結び付ける――

 昼間聞いた、中橋氏の言葉の影響をもろ、受けているじゃないか。中橋氏は言った。ほっそりとした長身……深緑色の服……赤い煉瓦塀……西洋のお姫様……

 でも、確かに、この絵のベアトリクスと僕が遠目に見た女性は似ている気がする。

 やはり、中橋氏が出合った女性と僕が見たその人は同一人物なのだ。では、謎の絵手紙の送り主もあの人なのか? だからこっそり邸の様子を観察していた? ああ、なんで、あの時、僕は車を停めて彼女に声をかけなかったんだろう? そうしていれば、もっと早く色々な謎が解明していたに違いない。

 それにしても、あの邸――珊瑚樹邸の中で一体何があったんだろう? あそこには、住人たちのどんな秘密が閉じ込められているというんだ? それとも全ては妄想――僕の過剰な思い込みに過ぎないのか?

 欝々としながら、いつしか僕は再び深い眠りに落ちて行った。


 朝野陽さんからロングメールが届いたのは一週間後のことだった。


 桑木新さま

 城下来海さま


 私たちの想いを受け取って欧州への旅をご一緒していただきありがとうございました。

 心から御礼申し上げます。

 帰国後の解散式(?)の翌日、前嶋弁護士からひとつの提案がありました。

 私たち姉妹に、脅迫に等しい謎の手紙を送って来た人物が誰なのか、未だに判明しないことから、前嶋さんご自身の率直な意見として、

『珊瑚樹邸とその土地を売却してその資金を受け取ることを考えても良いのではないか』――と言うのです。

 あの旧くても味のある大きなお屋敷を私たちは物凄く気に入っているのですが、

『それに囚われる必要はない。このまま漠然とした不安を抱えて過ごすのは君たち若い姉妹にとって大きな精神的な負担になるのではないか』

 そのことを前嶋さんは心配してくれたようです。

 実際、あれ以来、手紙の送り主から新しい手紙は届いていません。でも、またいつ、そしてどんな形で接触してくるのか、それを思うと正直、怖いです。

 ここ数日、私と妹は自分たちの将来について真剣に話し合って来ました。そして、決断しました。

 私たちが至った〈答え〉をこの土曜日に前嶋さんに伝えようと思います。

 その際、ぜひ、桑木さんと来海ちゃんにも同席してもらいたいのです。

 今回、最も早い時期から私たちの相談に乗ってくださり、謎の解明に力を貸してくださったお二人に、私たちが選んだ道、〈最終結論〉を聞き届けてほしいのです。

 何卒、よろしくお願いいたします。

:最後の最後まで無理を言ってごめんなさい。


 土曜日。今回もまた前嶋さんが広島駅前で僕と来海サンを拾ってくれて、一緒に珊瑚樹邸へ向かった。

 まさか、あんな結末が待っていようとは、僕たちは誰一人予想していなかった――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ