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 今回の旅は目的が特殊なだけに、朝野姉妹が、それぞれのバッグの他に共有の小型のトランク一個、僕と来海サンはリュックのみという装備だった。だからお土産は厳選した。ほとんどザンクト・ガレン駅前のスーパーで買っている。

 まずは前島弁護士へ、姉妹からはカウベル(装飾用)とSIGG(シグ)社製スポーツボトル。これはスイスの名品の一つで、各種ある模様がどれもお洒落なのだ。僕と来海サンからは六角型(エクリドール)ボールペン。このカランダッシュ社は筆記用具の世界的メーカーである。僕は赤に白を配したスイス国旗のデザイン、来海サンが選んだのはエーデルワイスのチャームが付いてる可愛いやつ……

「ありがとうございます。皆さんからお土産をいただけるなんて――恐縮です。カウベルは事務所の壁に飾らせてもらいます。ボトルはジム用に使用しますよ。筆記用具は即、愛用させていただきます」

「まだあるのよ。そしてこれは、お母様へ」

「母ぁ?」

 陽さんの言葉に前嶋さんの声が裏返る。

「私たちと来海ちゃん――女性陣からのプレゼントよ。きっとお母様、気に入ってくれると思うんだけど、どうかしら?」

 すかさず苑さんが、

「三人で選んだのよ!」

 黒のリュック、ベルト部分に美しい花の刺繍(サンガラン刺繍)が施されている。ザンクト・ガレンは織物で栄えた町だ。修道院図書館だけでなくテキスタイル博物館も観光名所になっている。今回は時間的に余裕がなく素通りしたが次に来た時はそこもじっくりと見てみたいと僕たちは言いあった。

「そんな――母にまで? 皆さんにはご迷惑しかかけてないのに――」

「陽ねぇや私、それに来海ちゃんもね、幼い時、母親と死別して寂しい思いをしてるの。そんな私たちにとって前島さんのお母様ってまさに母親のイメージそのもの! 優しくて明るくって溌剌(はつらつ)としていて、私たち大好きよ!」

 陽さんがピシッと言った。

「前嶋さんももっとお母様を大切にすべきだわ」

「あ、いえ、僕だって母は大好きです。かけがえのない存在だし……でも、事務所にアポなしで押しかけてこられるのはチョット」

 有能な若手弁護士もたじたじだ。こんな姿、法廷では見せられないぞ。などと余裕を噛ましてる場合ではなかった。次の矛先(ほこさき)は……

「そうだ、桑木探偵は最強の相棒に何を選んだの?」

「ちょっと、苑ちゃん、失礼よ。そう言うのはお二人だけの秘密だから、無理を言っちゃダメ」

「この際、いいじゃない、私、見てみたいナ」

「かまいませんよ。僕が相棒に日頃の感謝を込めて見つけたものは、これです」

 楽しい旅の思い出の締めくくりだから、皆に見てもらっても全然かまわない。

 僕が差し出した小さな包みを来海サンの白い指がもどかし気に解いて行く。掌の上に現れたのは――

「ブレスレット?」

 幾つもの小さな銀の環の中に木の珠が嵌めこまれていて、それらを細い銀の鎖が繋いでいる……

「木はスイスの木なんだってさ。君の腕で揺れるたびに、きっとスイスの森の風が吹き抜けるんじゃないかと思って」

「――」

 ん? なんかやばいな、この空気感。明るく喜んでくれるかと思ったのに、(ハズ)した?

 来海サンはブレスレットを握りしめて今にも泣きだしそうだ。どうしたらいい?

 先刻の弁護士同様、どっと冷や汗が噴き出す僕。

「ごめんなさい! 陽ねぇの言う通りだった! 二人だけの秘密をこんなところで強引に(さら)して台無しにした無神経な私を許して! これからは自分の言動にもっと気をつけますっ」

「私からもお詫びします、苑ちゃん、いい子なんだけど、思ったことを即、口にするところがあってそれが唯一の欠点なの」

「いや、全然かまいません、お気になさらずに」

「それにしても探偵さんってほんと、ロマンチスト! 来海サンが恋したのわかるわ」

「だいたいこんな素敵なお土産何処で手に入れたの? これぞ、探偵の観察眼(めざとさ)ね」

 集中砲火を浴び続ける僕を救うべく、ここで来海サンが我に返った。サッと涙を拭って明朗快活に、

「私もっ! お土産公開します! 私から新さんへはこれ」

 小さな登山靴の形をした革製のペンスタンドだ。

「うわっ、ありがとう! 気に入ったよ」

 頬を染めて来海サンが微笑む。

「地味でごめんなさい、でも、その分、兄には超ど派手なお土産だから、皆さん、見て!」

 来海さんの宣言通り――金の延べ棒の形をしたチョコレート、ゴールドケン10個セット。

「ね? きっと兄貴、大喜びすると思うわ ウフフ」

「来海ちゃん(ひど)い!」

「え?」

 マジで怒り出したのは苑さんだった。

「あんな素敵なお兄さんに、これってあんまりだわ!」

「あの、まさか、マジで言ってるんじゃないですよね?」

「もちろん、大真面目よ! お兄様、かわいそう。いくら何でももっと心の籠った、素敵なモノでなきゃダメよ! 来海ちゃん、真剣に選んであげて!」

 姉の陽さんが目を細める。

「ちょっと、苑ちゃん、ひょっとして、あなた、来海サンのお兄様に一目惚れしたんじゃ……」

 のけぞる来海サン。

「えーーーーうそぉ! それこそありえない」

「ありえるわよ。そう言えば、お兄様、苑ちゃんが熱を上げた中学の化学の先生に似てるかも」

「なによ、陽ねぇ! 私のこと、考え無しになんでもベラベラしゃべるって叱っておきながら、自分だって私の大切な初恋の思い出を皆の前で暴露するなんて――」


 ピンポーン……


 ここでインターホンが鳴った。

「あら、今頃、誰かしら?」

「広畑さんかな? もうセレストを連れて来てくれたのかしら?」

「大変、こちらからきちんとお土産を持って引き取りに行くつもりだったのに! えーと、旅行中セレストを預かってくれた広畑家には――ハート型のラクレットでしょ」

 甘酸っぱいイチゴのフィリングがサンドされたサクサクのビスケットだ。

「それから、牛乳缶型の容器に入ったチョコ……ハーブキャンディ……」

「ザンクト・ガレン修道院図書館の売店で買った本の形をした石鹸はどこ?」

 大慌てでトランクをかき回す朝野姉妹。

 だが、先日、前嶋弁護士立ち合いのもと、急遽取り付けた最新式インターホンの画像に写っているのは広畑さん母子ではなかった。スーツ姿の長身痩躯の男性――

「どちらさまでしょう?」

 代表して応対した姉、陽さんの問いかけに、少し間を置いて返ってきた来訪者の言葉に、一同凍りついた。

「先日、ご迷惑をおかけした者です。今日はお詫びに伺いました」

「先日? ――って、まさか、無断侵入した方……?」



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