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図書館二階。通路の階段の横にエレベーターが設置されている。これに乗ってB1に降りると、そこが地下展示場だ。ここではザンクトガレン修道院の西暦700~1000までの書物や資料を見ることが出来た。
例の、中世建築用設計図の中で最古とされ、全欧州の修道院建築の模範となったこのザンクト・ガレン修道院の平面図も展示されている――
僕たちは何一つ見逃すまいと目を皿のようにして隈なく見て回った。
再びエレベーターで二階通路に戻った時、僕たちは夢から醒めたような感覚に陥った。
言葉を口にできるまでしばらくかかった。やがて魔法が解けたように堰を切って会話が溢れ出す。
「これで図書館は全て巡ったわけだけど、どうでした?」
と僕。
「素晴らしかったです!」
陽さんが目を潤ませて答える。
「永遠にここに留っていたいわ!」
「読書好きの陽ねぇらしい意見ね。でも私――」
苑さんが唇を噛んだ。
「凄く魅力的で震えるんだけど、その震えの中には恐怖がある。戦慄というの? なんだか怖いな、ここ」
「それはミイラのせい?」
そのミイラは硝子の箱の中に横たわっていて600年前のシェペネーゼと言う名の女性だった。
「ううん、違う。あれは全然怖くない。それじゃなくて、あの絵よ、細長いアレ」
図書館内に飾られている絵のことだ。
「〈墓の中の死せるキリスト〉だね。確かにキリストをああいう視点で描いた絵は珍しい」
横長の図面がそのまま棺の線、左を頭にキリストは横たわっている。
「あの絵、リアルと言うか壮絶というか、でも、怖いけど目が離せないの。もっと近くで見てみたくなる」
「そうね、あの絵、飾られてる場所が天井近くて見えづらいものね」
それはちょうど館内の中央突き当りの壁面、天井画の下から入場者を見下ろすように掲げられているのだ。
「皆さん、日本の方ですよね?」
ここで明るい声。通路に佇んでいた僕たちはいっせいに振り返った。
声の主は、クルクル巻き毛の金髪、緑の瞳、濃紺のブレザーにグレイのズボン、レジメンタルタイも清々しい少年だった。満面の笑顔で近づいて来る。
「突然声を掛けて失礼しました。僕の名はルーク・ホフマン。日本のアニメや漫画が大好きで、いつか日本に行くのが夢です。それで日夜、日本語を猛勉強しています」
「えー、そうなの? 日本語、物凄くお上手!」
「もういつでも、日本へ来て大丈夫よ!」
「うわっ! ありがとうございます!」
少年は頬を薔薇色に染めた。
「夢みたいだ! 本物の日本の美少女に褒められるなんて! それで、あの、約束します、絶対変な使い方はしないから、一緒に写真撮らせて下さい、一生の記念に」
「喜んで! こちらこそ、嬉しいわ」
「僕が撮るよ」
少年のスマホで(自分たちのは没収されているので)三人の日本の美少女と西洋の美少年を僕が撮影した。
「ありがとうございました! そうだ、お礼代わりに――」
受け取ったスマホ画面をうっとりと見つめながらルーク君、
「さっき、皆さん、あの怖い絵の話をしてましたよね? 興味がおありなら、もっと近くで見ることができますよ。〈ゾロトゥルン美術館〉。そう遠くないので、ぜひ、寄ってみて!」
謎めいた悪戯っぽいウィンクをする。
「行ったら、受付のベットラー君によろしく言ってやってください。そいつ、僕の幼馴染みなんだ。ではサヨナラ、良い旅を!」
風のように走り去った。
「なに、これ? 私たちの方が夢心地よ!」
「本人こそアニメにでてきそう、超美形だわ、ルーク君」
「さながら〈トーマの心臓〉の世界よね」
いかにも読書家の陽さんらしい感想ではある。原作は萩尾望都先生のマンガ。ミステリの大御所森博嗣氏が小説化している。いずれも大傑作の名作だ。
「〈ゾロトゥルン美術館〉か。僕の記憶ではあの絵〈墓の中の死せるキリスト〉はハンス・ホルバイン作で、確か、本物はスイス・バーゼル美術館が所蔵してると思ってたけど――美少年の言葉を信じて、行ってみようか?」
濃密な時を過ごし、興奮していて時間感覚を喪失していたが、実はこの時まだ正午に至っていない。
僕たちは修道院前のベンチに座って、受付から返却されたスマホを取り出すと少年が教えてくれた美術館訪問をメインに今後の計画を立てた。
「えーと……ゾロトゥルン美術館の場所は――」




