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第一歩で君は中世世界へ紛れ込んだと錯覚するだろう。
館内は天井が高く中二階の構造となっている。広さはコンパクトで、さほど広くない。幅10m奥行30mくらいか。
まず天井画について。ザンクト・ガレン修道院の元となった聖ガルスと旧約聖書の宗教会議を題材に、雲の層に分けて描かれている。バロック様式ならではの絢爛豪華さが、絵画部分の背景の深い黒と、浪のように沸き立つ雲の白(スタッコと呼ばれる化粧漆喰)に中和され、荘厳で静謐な景色を見せている。
室内は全体に尖ったところのない丸みを帯びたデザインだ。スイスで最も優雅なロココ調室内装飾と言われるのもムベなるかな。
中二階も一階も両側は書棚。というか、柱も含めて全て本棚になっている。その本棚の間が窓だから、見た目の美しさだけでなく照明のない時代に採光をよく考えた実用的なデザインである。
実用的と言えば、一階の窓の下には折り畳み式のデスクが隠されている。使用する際に天板を持ち上げる仕組みで、仕舞うと象嵌装飾の壁にしか見えないから凄い!
かつて手書きされていた〝本の分類ラベル〟も現存している。これがまた芸術的な文字なのだ。〈アルファベット〉が書棚、〈数字〉が本を表す。しかもこの分類ラベル、何処に収納されていると思う?
本棚の両脇にある円柱。そこが開閉し中がラベル入れになっている。中世人のサステナブルなアイディアに乾杯!
一階の書棚に挟まれた中央部分にずらりと三角形のガラスケースが並び、その内に頁を開いた状態で特別な展示物が置かれている。〈福音書〉と呼ばれる895冊の手書きの写本の中から厳選したもの……約千年前の五線譜の基になったもの……
これらはまだ印刷技術もなかった時代ゆえ、どれも羊皮紙に修道士自らがその手で書き写した。1頁で羊4頭、一冊で250頭もの羊が使われる計算だから、重量たるや20キロを超える。それ故、開いた状態で展示された本が変形しないよう、毎週金曜の開館前にスタッフが二人組で頁を捲くる作業をするそうだ。いつ、何頁捲るかも年間計画を立てて実行されているとか。
ショーケースを幾つか見て回っていると我が相棒の眼がキラリと光った。
「ねぇ、新さん、この福音書ね、象牙と宝石で飾られてる。これって、送られてきた4通目の手紙の絵柄の中の〈象〉と〈宝石〉に通じるんじゃない?」
朝野姉妹も大きくうなづいた。
「そうよ!」
「きっと、それだわ!」
なんてこった! 4通目の絵柄の謎がここへ来て、全部一挙に解読されたわけだ。
ということは、謎の手紙を送りつけた人物――1通目で【邸から出て行け】と脅迫した送り主は、やはりここザンクト・ガレン修道院図書館へ姉妹を呼び寄せるのが狙いだった?
だが、それは何故? 送り主の真意はますます闇の中だ。