女嫌い王太子は
次の日、ガレット王子に見送られ、私たちはビヴォアールを旅立った。アヤナのことは気になるが、後のことはビヴォアールで処理するだろう。ガレット王子が次期国王として立てるかどうかも、今後彼の行いにかかってくる。
(でも……驚いたわ。アヤナに洗脳されていないガレット王子が、あんなにしっかりしているなんて)
ガレット王子の印象はルデンを訪れた時の様子で固定されていたので、なおさら。アヤナの言うことなら白であっても黒くする、といった具合だった。
でもあれは、彼が自我を奪われ、操られていたからなのね。
私はフェシーと並んで座りながら、ビヴォアールでの記憶をふりかえっていた。
アヤナに何かある、と踏んではいたものの、まさか拉致されて、そこから逃げ出して、結果ピンクドロップの採取まで行きつくとは思わなかった。
自分の人生の中でも一番の大冒険だ。
五日間の馬車旅を終えて、私とフェシーはルデンへと戻ってきた。
一ヶ月ぶりのルデンはなんだか懐かしく感じた。
ルデンに着いた時にはもう夕方だったので、夕食を食べてから部屋に戻る。
部屋に戻ると、ミアーネが荷解きを始めていた。
「長旅、お疲れ様でした」
「ミアーネもお疲れ様。やっぱり馬車は慣れないわ……。どうにかして、転移魔法が使えるようにならないかしら」
「うーん……。転移魔法が使える場所は限られていますからね。学者たちが膝を突き合わせて毎朝毎晩、議論を重ねていると聞きますが実用化には至っていないようですね」
「各国で研究されているのに、まだ解明されていないということは無理なのかしら?」
「どうでしょう。既に使用可能までもっていってるものの、他国へのアドバンテージのため国家機密にしている、という可能性ならありそうですが……」
「確かに、それもそうね」
世間話をしながら私は馬車で凝り固まった筋肉を伸ばす。ミアーネが気を利かせてクッションを敷いてくれたり、羽毛のブランケットを用意してくれたりしたが、やはり狭い馬車内では満足に体を伸ばすことが出来ない。
ソファに沈んだ私は早々にデイドレスを脱ぎ、夜着を身につけていた。
足を伸ばしていると、痛くも気持ちいい感覚が伝わってくる。
「あ、ユーリ様。寝るなら部屋はここじゃありませんからね」
「…………えっ!?」
「あら?ファルシア殿下の侍従から聞いたのですけど、本日より王太子夫妻のお部屋で眠られるのですよね?王太子妃の部屋ではなく」
「───」
(え!?そうなの……!?)
動揺のあまり跳ね起きるようにして体を起こす。ミアーネは不思議そうな顔をしている。
それに、荷解きをしているのかと思いきや、ミアーネは必要なもの──夜着とか、ガウンとかそういった類を棚から回収しているところだった。
(今日……から、フェシーと同室?)
いや、でもビヴォアールではほとんどそうだったし。
……でも、ちょっと待って?
── じゃあ、きみに触れることも許される?
あの言葉って、つまりそういうことだったりするの!?
嘘、そういうことだったの?え……!?
ちょ、ちょっと。心の準備が追いつかないわ。いや、ダメかと聞かれたらダメでは無いのだけど。王太子妃だもの。責務もあるし……!
「あ、王太子殿下は本日遅くなるそうですので先に眠っていて構わないそうですよ」
ビヴォアールにいた時は、あくまで他国だったし……!ルデンに戻ってきた以上、そういうことも有り得る、と考えていいのかしら?夫婦ですものね。次世代を生み出すことも妃としての役割だわ。そうよね。分かってるわ……!
「ユーリ様、聞いてます?」
かくして、緊張を隠せない私はドギマギしながらも案内された王太子妃夫妻の部屋で眠らずにフェシーを待っていたのだけど──。
ちゅんちゅん、と鳥のさえずりが聞こえてくる。
(一睡もせずに……朝を迎えてしまったわ)
つまり?これは……?
初夜を拒否された妃の図?みたいな?いやそんなばかな。だってつい先日、私はフェシーと想いが通じたばかりなのよ。
そう思うも、眠くて眠くてたまらない。慣れない徹夜などするものじゃない。
(……ミアーネが起こしに来るまで、あと一時間はあるわね……)
フェシーはもう戻ってこないみたいだし、少し寝ちゃいましょう。このままだと日中眠くて仕方ない。私はようやく緊張を解くと、ゆっくり息を吐いてベッドに寝転がった。なんだか、ひとりで混乱して緊張して、ばかみたい。
とにかく眠い。眠くて仕方ない私は、広いベッドの中真ん中を陣取り、ようやく心地よい夢の中へと落ちていったのだった。
***
「……えーと」
溜まりに溜まった仕事を最低限こなし、戻ってきたファルシアは困惑の声を出した。
時刻は午前六時半。
あと三十分後には起きなければならない計算だけど、ほんの少しでも睡眠を取るべきだと思った彼は寝室へと戻ってきた。
何より、ビヴォアールから戻ってきた初日なのだから、僅かな時間でも彼女と眠りにつきたかった、というのが大きい。
欠伸を噛み殺しながら部屋に戻った彼は、しかし広いベッドの真ん中をじんどる妻に、困惑した。
(……ユティは寝相が悪いのかな)
ユーアリティが聞けば絶対否定する言葉を考えながらも、彼は彼女の隣に転がった。
あと少し、これだけやろう、と唱えていたら気がついたら朝である。付き合わされたケイバードも共に徹夜組で、先程解散したばかりだ。
ファルシアはユーアリティの髪を撫でながら、穏やかな寝息を立てる彼女を見る。まさかその彼女が、ついさっきようやく眠りについたとは思うはずもない。
「……まさか僕が、女性と同じベッドにいながら、こんなにも満たされた気持ちになるなんてね。想定外なこともあったものだよ」
小さく呟いて、彼女の丸い頭にくちづけを落とす。そして、朝のひかりがカーテン越しに見える中、彼はようやく目を閉じた。
ほんの少しの眠りだけど、そばに彼女がいるだけで心穏やかな気持ちになれる。
そして、ファルシアもまた、すぐに眠りに落ちたのだった。
それから、目が覚めたユーアリティとファルシアの間で一悶着あったのは言うまでもない。
【女嫌い王太子は、恋をする】
※ ただし、そのお相手は乙女ゲームのヒロインではないようです
完




