雪解け?
「……えっ」
「メイドっていうか、メイド長」
「そ、それは……」
「僕を幼い時から知っていて、母上の元侍女だったって聞いてる」
(王妃殿下は確か四十歳手前だったわよね?お祖母様の方が歳が近いのではなくて?)
祖母の年に近い、自身を幼い時から知っている女性に襲われた……となれば、フェシーの動揺も深かったことだろう。
そう言えば……以前、婦人がたに迫られていつも以上に追い詰められていた彼を思い出す。
── 彼女たちが、というより……ちょっと良くない記憶を思い出してしまって……
あれは、メイド長のことを言っていたのね。納得。
流石になんと声をかけていいのか分からずにいると、フェシーは軽く目を瞑った。
(……以前、こんなに美人なんだから確かにトラブルも絶えないわよね、って思ったけど……本当にその通りだった)
美しさというのは、ひとを狂わせてしまうのだろうか。美人も楽ではない。
フェシーの美しさは羨ましいけれど、デメリットが大きすぎる。私はそこまでの美人でなくて良かった、と内心安堵した。
「それで、まあ……すぐに部屋から追い出して後は近衛に任せたんだけど。後日、どうして彼女がそんなことをしたのか気になってね。地下で軟禁されている彼女に会いに行ったんだ。話を聞くために。……だけど、再会した彼女とはまともに話すら出来なかった。会話にならなかったんだよ。狂気を帯びた彼女を見ていて──僕は怖くなったし、気味悪くも思った。それと同時に、女性そのものを未知数と考えるようになった」
「……その、元メイド長は?」
私が尋ねると、フェシーは短く答えた。
「処刑されたよ。父上の指示だ。表沙汰にはされていなくて、彼女は体調不良で息を引き取ったことになっている。彼女の名誉も僕の名誉も守られたわけだ」
(それで、私と初めて会った時、ああも彼は私を拒絶したのね)
あの時は、この婚姻に納得がいかなかろうが、嫌だろうが、政略結婚なのだから多少は譲歩しなさいよ、と思ったものだ。
でも、思い返せば彼が求めていることはひとつだった。
──女性の声が苦手だ。甲高くて、耳に触る。不快だ。同じ空間にいるのもストレスだ。きみの存在は私に負荷をかける
──私に必要以上に近づかないでくれ
──会話は最低限に留めるように
触るな、と。それを強く彼は言っていた。その時のことを思い返す。直前にそんな事件が起きていたのなら、納得もいく。とはいえ、何も知らない私に強く当たっていいのかというと、それは違うと思うのだけどね!
「だから──」
フェシーか何か言いかけたので私は先に言った。
「謝罪は結構よ?以前、あなたからもういただいてるし」
「……うん」
「それにね、あなたは少し誤解をしていると思うの」
「誤解?」
フェシーがこちらを見たので、私は少しだけ、ほんの少しだけ距離を詰めて彼の瞳を覗き込んだ。
「私、あなたの言ったことについて一生許さない、なんて言った覚えはないわよ?……あなたは、許してもらう気はない、なんて目標意識の低いことを言っていたけど。あの時のことについては私も腹が立ったし、理不尽だと頭にも来ました。でも、その後鬱憤を晴らさせてもらっ──いや、えーと。あなたと話し合ってみて、存外真面目じゃない?って思ったし。真摯に謝罪も貰ったわけだし。私は、素直に反省できる人は許されてもいいと思うのですよ。まあ、だから、何をしてもいいってわけじゃないけど」
いけない、いけない。
腹が立ったので夫婦の演技をする時、わざと距離を詰めて困惑するフェシーを見て溜飲を下げた時のことまでぺろっと言いそうになってしまった。
だから、と私は続けた。
「あの時の言葉は一旦、白紙……ということでどうかしら。また、ここから一から始めましょう?私たちは、夫婦なのだから、対話して、相談して、何度も顔を突き合せて心ゆくまで話し合うべきだわ」
私がそう笑いかけると、フェシーは何度も瞬いていた。それから、ようやく。ゆっくりと彼は破顔して、少し泣きそうになりながら私を抱きしめた。
「……じゃあ、きみに触れることも許される?」
その声が、あまりにも泣きそうだったので私は少し笑いながら彼の背中に手を回す。
「白紙にしたのだから気にしなくていいのよ。普通の夫婦は、そんなことまできにしないわ」
「ありがとう。ユティは強いね」
「普通よ。人並みだわ。でも……そうね。あなたが相手だからこそ、私もそう言えたのかもしれない」
もしかしたら、私以上にフェシーの方が言った言葉に囚われ、悩んでいたのかもしれない。
この王子様は、優しすぎる。
だからこそ、傷つきやすいのだろう。私が守ってあげなきゃな、なんて気持ちになる。
「ふぁ……。寝ましょうか」
ベッドに入り、ぽかぽかしてきたからか。
話し合いが無事まとまったことに一安心したからか。眠気が襲ってくる。私の言葉に、少し体を離したフェシーが微笑んだ。
「うん。寝ようか」
そのまま、私とフェシーは抱き合う形になりながらも眠り、朝を迎えたのだった。
「……うん。彼女たちが、というより……ちょっと良くない記憶を思い出してしまって……」
↑このやり取りは34話記載




