もうひとつのきっかけ
「!」
はっきり、初めて私の口から気持ちを形にした。
恥ずかしいくらい顔は熱いし、今すぐにでも逃げたくなるけれど。見れば、フェシーも同じくらい頬が赤かったので、お相子ということで。
目が合えば、より体温が上がった気がする。
暑さすら感じる空間の中、先に沈黙を破ったのはフェシーだった。
「……実はさ、ピンクドロップについてなんだけど」
「え?あ、ええ」
「真実に愛する人がいる相手には、無効のようなんだよね」
恥ずかしさが許容量を超えたしたのか、フェシーは口元を手で隠しながら小さく言った。
……真実に愛する人がいる相手には、無効?
「えっ?」
「僕も調査を進めて驚いた。アヤナが魔花を送った相手は合計十八人。そのうちの十六人は彼女の愛の下僕となったけど、残る二人には無効だった」
「無効……」
驚いてただその言葉を繰り返す。
フェシーは視線を逸らして、未だ赤い目元のまま続けた。
「その二人……二組の夫婦は恋愛結婚をしていて、既に夫婦だった。貴族には珍しいよね」
「その二人は、アヤナの取り巻きにはならなかったと?」
「そう。だけど違和感、あるいは恐れを抱いたんだろう。理由をつけて王都から離れ、領地にこもっているよ。その二人は周囲から性格が変わった、と噂されることもなく領主としての勤めを変わらず果たしている」
(それなら……ガレット王子やレースイがアヤナに洗脳されたのは、彼らに婚約者を愛する気持ちがなかったから?)
でも、真実想う気持ちがなかったからといって、彼らを責めることはできない。貴族の政略結婚などそんなものだろうし、政略結婚で愛を育む夫婦などほんのひと握りだろう。
そう思うも、だからと言ってガレットやレースイの暴走をその婚約者が簡単に許せるかと言うと、それはまた難しいのだと思う。
ひとは、論理だけで生きている訳では無いのだから。理論的に納得していても、割り切れない、納得できない、という感情が人間にはある。
「そういうことだから、ユティは心配する必要なかったと思うよ。僕はいつの間にか、知らずうちにきみに心を寄せていたみたいだから」
「…………」
きっと今の私は顔が真っ赤だろう。取り繕うことすらままならない。
「私、恋なんてしたことがないの」
「僕もだよ」
「だから、一緒に学んでいってくれるかしら?ふたり一緒なら、この、ままならない気持ちも御しきれる気がする。自覚したばかりの感情だからまだ少し、ふわふわしているところもあるけど、私は……この気持ちが嫌いじゃないわ。いずれこの気持ちが愛に変わっていけばいいと思ってる」
「……うん。僕は愛、というものを知らない。それをきみが、ユティが教えてくれるのなら、僕もまたきみに同じものを教えられるような気がするよ。……感情というものは、現実的じゃないから困る。曖昧模糊なものは証明をするのも、言葉で表すのも難しいね?目に見えないから不安になるし、焦る。自分でしか答えを見つけられないのに、自分では分からないから困るんだよ」
そう言って、フェシーは困ったように笑った。
私も同じ気持ちだ。
「さて、それじゃそろそろ寝ようか?明日も早いし、ガレットが朝食後に挨拶に来ると言っていた」
「ええ」
フェシーはそのままベッドに横になった。私も横になり、魔力補填されている魔石に手をかざす。灯りを落とし、常夜灯に切り替えた。
灯りが絞られて薄暗くなった視界の中、フェシーがふとつぶやくように言った。
「ねぇ、ユティ。僕が初めてきみと顔を合わせた時のことなんだけど」
「……?はい」
「あの時の言葉は、やっぱり無かったことには出来ないと思うんだ。僕が言ったことには変わらない」
「え?えーと……どれのことですか?」
初対面の時、フェシーは色々と言っていた。
それこそ、他の男から子種を貰え、とかそういった類。やはり、今思い返してもひどいと思う。
だけど、今はこうも考えてしまう。
フェシーは、根本的には優しく、穏やかな性格をしている。視野も狭い訳ではなく、ものごとを広く見ているタイプ。ひとつの意見に固執することなく、様々な可能性を選択肢にいれ、臨機応変。
柔軟に動ける、ということはビヴォアール王国王太子夫妻の訪れから、私たちがビヴォアールに向かうことになった過程で思い知った。
だから、純粋に不思議に思ったのだ。彼がここまで女性を嫌悪するにはなにか理由があるのかしら、と。
私が薄明かりの中、フェシーを見ていると彼もまた私を見た。暖かな橙色の光が彼の瞳を同じ色に染めあげる。
「……全部だよ」
「全部……」
「あの時は、僕も混乱していた。父上に急に決められた婚姻だ。僕は、女性が苦手で長年父の勧める婚約を固辞していた。王太子として、次期国王としてこのままでいられるとは思っていなかったけど──それでも、あれは突然のことで……ごめん。きみに八つ当たりをしてしまった。本当は、僕が抗議する先は父上だったのに」
「……フェシーも、この婚姻は突然の話だったんですね」
私も突然決められたことだったから驚いたのだ。それにしたって、私でいいのかと何度も疑問に思ったし、心配になったけど。
私の言葉にフェシーは頷いた。
「きっと、これ以上女性嫌いが悪化される前に、ということだったんだろう。……僕が女性を苦手に思ったのは様々な要因が積み重なった結果だったけど、それに拍車をかけたのは僕の婚姻が決められる一ヶ月前の時のこと」
「…………」
「よくある話だと思う。寝ていたら、寝込みを襲われてね」
「よ、よくある話なんですか!?」
驚きすぎて声もひっくり返ってしまう。
私の様子に、フェシーはなぜかいたって真面目に頷いた。
「結構聞く話だよ?まあ、僕みたいに王子が狙われる、というのはあまり聞かないけど、姫君相手だとそれなりに」
「そうなんですね……。モンテナスでは無かったので、驚きました」
「モンテナス国は平和だからね。そういった野心ある貴族はいても王族に近づくことを許されないんじゃないかな。特に、きみのお父君は子を大切に思っているようだし」
「……ルデンは、そうではないと?」
私がおずおずと尋ねると、フェシーは少し考え込むように黙った。そして、少ししてから言った。
「どうだろ。父上は、王太子である僕を大切にしてくれてはいるだろうけど、それは次期国王だから。失えないカードのようなものだからじゃないかな。父は、使えるものは何でも使うひとだから、必要であれば敵対貴族の娘を僕の妃に誂えるだろうね」
(フェシーは……あまり、家族の愛というものを知らないのかもしれない)
フェシーから王妃様の話が出たこともないし、父である国王陛下との仲もドライなものらしい。
何を言えばいいのか分からず言葉を選んでいると、フェシーはふ、と笑った。
「僕の家族については、今に始まったことじゃないからいいんだよ。それに、王である父が王子の僕をあんまり甘やかすと、後々影響が出かねない。だから、それについてはいいんだけど……。寝込みを襲った、という人がね。長く僕についてくれていたメイドで」
「……うん」
信じていた人に裏切られたのであれば、それはすごく傷ついただろう。そう思っていると、フェシーがぽつりと零した。
「もうすぐ定年退職する予定だった、六十歳の女性だったんだ」




