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スクリーミングベイビィ  作者: おのこ
SS1:彼らは夜、狩りをする
45/55

試行錯誤《トラウマ》

 夕暮れ時、朱色の光が道場を照らす。


 「セイッ!ヤッ!」


 ミナは一人で基本の型を繰り返す。


 正拳突き、上段、中段、下段

 掌底突き、添え突き、振り打ち、裏打ち

 

 姿勢を変え、今の自分に使える技を探す。

 

(抜き手は使えないかな、カッコいいし当たったら痛そうだけど、多分自分の指の方が折れちゃうから)

 

 本当は蹴り技の方を覚えたい、足の方が力が強いから、でも今まで格闘技をしたことがないミナでは鍛え方が足りず蹴りから姿勢を保つ事ができない。


 ミナは黙々と使える手札を探す。




 運命的な夜からミナは変わった。


 表面的にはいつもヘラヘラしているのは変わらないが、学校の授業も、無知により酷い目に遭った経験から、キチンと話を聞いて使える内容か考えるようになったし、ニュースなどの情報も少しでもレッドキャップについて調べようと毎日目を通すようになった。


 勢いで始めた空手も、習い事が長続きしなかったミナにしては明確な目標があったためか、たった一ヶ月で結構様になるようになった。

 講師の先生には、動きに相手を倒すイメージがあると褒められ、自分でもこれは結構向いているんじゃないかと考えるまでになった。

 ミナは同じクラスの女子たちの中では前から数えたほうが早いが、言うほどチビな訳ではない、だが道場に通うような人達の中では小柄な方だ。


 それでもミナが同門達に褒められるようなイメージを固められたのはやはり、あの夜に会った少年の姿があるからだろう。


 ミナは脳裏に焼き付いたあの夜を何度でも繰り返す。


 頭部への踵での一撃

 懐へ飛び込んでの鳩尾への肘打ち

 悶えた所で金的への膝蹴り

 下がった頭を掴んでの地面への叩きつけ

 背後からのローリングソバット――あれは靴に何かを仕込んでいたと見ている。

 極めつけは車内での催涙ガス


 最初はただ単にあの少年が強く、更には【魔法】が使えるというヒロイックな幻想を抱いていたが、記憶を鮮明に描くほど実態はそれ程単純ではないと気付いていた。


 確かにあの少年は相当鍛えてはいたが、やはり小柄な少年でしかない。

 漫画やアニメの少年達のように武器を持った大人達に子供が真っ向から勝てるようなものじゃない。

 少年は常に相手の攻撃が届かないように、手が出せないような状況を作り、人体の弱点を的確に狙っていた。


 不意打ちの踵落としは体重を確実に伝え一撃で相手を倒すためで。

 懐に潜り込んだのはナイフを見て、斬りつけにくい場所へ移動したため。

 【魔法】による回り込みは拳銃による狙いを、確実に外すため――靴の仕掛けを使ったのは確実に仕留めるため。

 最後の車内での催涙ガスは閉所での取っ組み合いを避けるのと、ミナに被害が及ぶのを避けるため、同時に移動する車自体を武器として利用するため。


 少年は強気な発言を繰り返しつつも自分の力を過信した動きは一切していなかった。


 小柄な体躯で、的確に相手にダメージを与え、その状況で手段を選ばず相手を倒すための方法を考えて迷いなく実行していた。


 それを強さと呼ぶのならそうなのだろうが、実際の所力不足を補うための創意工夫の数々だったとミナは思っている。


 少年は間違いなくミナより強かった。

 でも、あの大人達と比べてそれ程差はなく、むしろ負けていた。

 考える事、諦めないこと、少年はミナの空想していた強い戦い方ではなく弱者の戦い方を徹底的に心得ていた。




 ミナは姿勢を変えての型稽古を止め、今日の組み手の事を考える、自ら希望し相手は大人の人に頼んだ。

 最初は只管受けるようにしてくれていたが、ミナはそれに対しある程度の攻撃を要望した。

 皆笑ってまだ危ないよ、と言っていたがミナの気迫に押され――無論手加減はしているのだろうが――それなりに組み手らしいものを行っている。




 ミナは空手を習っている最中ずっと考えていた。

 どうやったら、自分より大きくて力が強い相手が倒せるのだろう。

 幾つもパターンを考え、練習して、有用なら覚えて、向き合えばその時に必要なブロックを積んでいく。

 ミナは型の稽古と組み手を繰り返し、空想を実行する。


 身長が負けてる。

 体重で負けてる

 手足の長さが負けてる。

 技術で負けてる。

 経験で負けてる。


 自分のどこが弱いかを考える。

 自分のどこが勝っているかを考える。


 どこも勝っていなければ、何が致命的な敗北に繋がるかを考え避ける。


 負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、極稀に勝った。


 微々たる差だが勝ち星は少しずつ増えている。


 考えるためには、情報が無いといけない、ミナは色々な勉強をした。

 勉強は苦手だった筈なのに、段々のめり込んでいる自分がいた。

 覚えたら、試した。失敗して、失敗して、たまに成功、一歩前に進む。

 ひたすらそれの繰り返し。


 始めてたった一ヶ月であったがこれほど貪欲な感情があるとはミナは自分でも意外だった。

 あの少年の動きに憧れたのだろうか、それは正直よくわからない。

 ヒーローになりたいのだろうか、それはない、ミナはあの夜の恐怖を思い返すと未だに震えてしまう。


 そう、まだ怖かった。




 ミナは組み手の思考を中段し、息を吐いた。

 

 「ハァ…ハァ…ハァ―…」 


 動悸がする、息切れのような感覚もする。

 空手は呼吸も教えてくれる、息吹と呼ばれるそれは唐突に乱れる呼吸を正す助けになっている。

 日が沈みかけている。


(危なくなるから帰ろう)


 ミナは汗を流すためシャワールームに向かう事にした。




 あの少年が目の前に居た時はとにかく安心感と興奮で恐怖を忘れていた。

 しかしあの少年が消え、一人になった時にミナの脳裏に恐怖が何度もフラッシュバックする。


 恐怖(トラウマ)だ。


 ミナは夜になると毎日震えが来る。

 夜道の先の暗闇に大きなゴツゴツした手があるようで、後ずさってしまう。

 フミの前ではヘラヘラ伝えた事だが、内に秘めるにはあまりも暗く粘着質な吐き気を催すような感情だった。

 あの夜の重さや手触りまで感じるような悪意と恐怖、それはミナの空想の中で日に日に大きくなっている。

 強くなればミナはこの感情を乗り越えられるのだろうかと何度も自問自答する。

 それは分からない、だがミナの中で一つだけ確かな事があった。

 もし再び同じ事が起きたとして、どんな結末を迎えたとしても何も抗えずに終わる事だけは嫌だと。


 それだけは強く、強く思っていた。




 シャワールームでミナは自らの貧相な裸体を水が流れていくことを自覚する。

 水が輪郭をなぞり、自分の形を理解する。

 子供だ、しかも弱い女の子供、格好の獲物、これほど努力しても同じ事が起こった場合助かる見込みは殆ど無いだろう。


 「後悔だけはしたくないから」


 ポツリとミナは呟く。




 この混乱の時代に産まれた子供達には楽観的とも取れる図太さのようなものがあるとよく言われる。

 だがその実、彼女らの心に巣食っているのは楽観などではなかった。


 退廃的とすら言える諦観。

 嵐に立ち向かえる人間など居ない。

 

 そんな社会の空気を感じ、子供達はいつの間にか誰もがそんな感覚を持っていた。

 狂った世界はあまりにも巨大な理不尽を齎す、災害を気にしてもしょうがない、他人事であれば強いていうなら「まあそんな事もあるよね」と言った所だ。

 

 

 だが、自らにその災厄が降り掛かったミナはそうは行かない。

 事実としてその理不尽さと恐怖を知ってしまったのだから。

 

 どうしようもないのは分かってる。でも、嵐に備えて出来る限りの準備をしていれば、たとえダメだったとしても後悔だけはしないだろう。

 


 ミナにとって努力とはいずれ来るかもしれない自らの破局を受け入れるための儀礼のようなものだった。

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