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スクリーミングベイビィ  作者: おのこ
SS1:彼らは夜、狩りをする
42/55

不運《ファンブル》

短めの話です。

 華の女子中学生である平良 海凪(タイラ ミナ)には悩みがある。


 それは悩みというよりも、降って湧いた好奇心や疑問に近いものではあるのだが、ずっとそれを最近は考えている。


「うーむ」


 昼休みの教室、窓際の一番うしろの席、暑い日差しをカーテンで遮りながらミナは弁当をつついてずっとスマートフォンを睨みつけていた。


「ミナ、ご飯食べながらスマホ弄るとか行儀悪いよ?」


 目の前に居たクラスメイトがミナに声をかけてきた。

 彼女の名前はフミ、長い黒髪に、おでこを出すヘアバンド、吊り目でムッとした顔をしがちで委員長っぽい雰囲気がある――実際は保健委員だが。


 入学して以来の付き合いでそれほど長い仲な訳ではないが、音楽の趣味が近くミナとしてもそろそろ友達と言ってもいいかな?といったくらいの関係だ。


「いやぁ、悩みがあって…」


 なんとなく、ミナはちょっと聞いてほしそうな雰囲気を出して返す。

 長くなりそうなので、自分から話すというのはなんとなく言いにくい。


「ふぅん」

 フミは見透かしたようなジト目でこちらを見ている。


「で、聞いてほしそうだから聞くけど何があったわけ?」


 ミナはちょっとだけバツが悪い顔をして答えた。


「いやぁ…フミってさ…」


「レッドキャップって知ってる?」


 教室の反対側でブーッと何かを吹き出す音がした。

 男子達が「アユム汚え!」「何やってんだ馬鹿!」「ゲェ…ジャージが…」「病み上がりだってのにアユムは元気だな…」などと騒いでいるが今回の件に比べれば本当に大したことのない事だ、正直馬鹿な事で騒げる男子が羨ましいとすらミナは思った。



「いや知らないけど、映画とか漫画…?」

 フミは首を傾げて聞き返してきた。そうこなくてはとミナは返す。


「いや違うのよ、これはね、実在する都市伝説なの!」


 そう言って、ミナは鼻を少し膨らませて先日自分が実際に体験した事をフミに語り始めた。






 それは繁華街のライブハウスでお気に入りのインディーズバンドのライブイベントの帰りだった。


 シマハラとかいう悪魔崇拝者(サタニスト)が大規模なテロを行った後で、大きな混乱があり少し延期された待望のライブだった。


 そのバンドはV系に傾いたデスメタルバンドで、悪魔崇拝者(サタニスト)との関係はないと言い張りながら方向性を変えない一本気な所がミナの好みにズンと来ていたのだ――イケメン揃いだが音楽性が好きだとミナは主張したい。


 なんにしても、その日は遅くなった。


 この国の治安は昔に比べれば随分悪くなったらしいが、それでもミナが知る範囲で酷い目に遭ったという人は見たことがない、クラスメイトに片足が無い人も居るが本人は交通事故で云々と入学時の自己紹介でぶっきらぼうに言っていたのを覚えている。


 ミナ自身も防犯ブザーや痴漢撃退用のスプレーなどで護身はしているし、なによりシマハラ事件で悪魔崇拝者(サタニスト)は一掃されたと聞いていた。


 危ないとはわかっているけど日常なのだ、気にしすぎて人生は楽しめない。


 フラフラと上気した頭でミナは今日のライブを思い返し、鼻歌すら歌っていた。



『神は死んだ、神はもう死んでんだ、屍を焼く炎が俺らを照らしてんだ、なあ葬式はいつ終わるんだ?』



 ミナの容姿は十人並だ、丸っこい童顔は人によってはまだ小学生とすら思うかもしれない。

 中学に入ってから染めた髪は殆ど黒っぽい茶色で気をつけなければ分からない、小遣いで買ったライブTシャツもSサイズで裾巾が少し余る。

 最近はオーバーなくらいがおしゃれだと聞いているが、ミナでは成長するからと大きめのものを親に買わされたようにしか見えないだろう。

 普通で、子供で、ネットニュースやSNSで言うように世界は狂っているとしても、そんなものよく分からない。

 産まれた時からそうだったのに、普通に暮らして出会わないのであればそれは無いようなものだ。

 街でテロが起きようが、ミナの生活ではライブが延期したり、普段行かない場所が行けなくなったり、知らない人が犠牲になっただけ。

 気をつけて巻き込まれないように、こうやって刺激を求めてちょっとだけ背伸びをする。それだけで些細な人生を楽しめるとミナは割り切っていた。



 ミナは少し近道をしようと思って、普段は通らない路地に入っていった。


 路地を囲むビルの灯りは消え、街灯だけが道を照らす。

 よく晴れた昼の暑さを残した夜空は遠く、僅かな星だけがその細い道の頭上にあった。



 どこの街でもそうだが、【魔法】による社会不安によって幾つもの中小企業が潰れ、吸収されていった結果、空っぽのビルの群れが街の各所に点在する。



 それを把握してる人達は少なく、それらしい場所はとても危険で通らないように――特に夜は――とミナは幼少期から念仏のように様々な大人から聞かされている。


 それでも、モッシュやジャンプそんな激しい運動を繰り返したミナにとってこのショートカットはまるでお菓子のような甘美な誘惑であって、今までも何度もそれに負けている。


 ミナはそれで危険な目に遭ったことはない、むしろライブ会場の人達の方が危険に感じるくらいだ。


 それに、十分な武装をしているという自覚もある、様々な防犯グッズも持っているのは使う為だ、こういう時の為に。


 つまるところ、ミナは高をくくっていたのだ。

 世界の狂気は、どこにでもぽっかりと穴を開けていて、すっぽりと落ちた人間はその殆どが帰ってこない。

 そんな少し考えれば分かる事実を、子供であるミナは知らなかった。




 路地の中程に差し掛かった辺りで、ミナは突然Tシャツの襟を何かにひっぱられた。


「わっ…」


 驚いて出た声を何かが口を覆い押し止める。


「いやー、いいっすね、今日はあっさり行きそうで」


 背後から軽薄な声がする、口を覆っていたのは手だ、大きな大人の男の手。


「そーだな、このペースならノルマ達成まであとちょいって感じ?」


 そう言って正面からも一人、これもまた軽薄な声、英語のTシャツとジャラジャラとシルバーを身に着けた、所謂V系バンドにハマった感じの格好、よく見るとTシャツはミナの着ているものと同じバンドの新しいやつだ。


 男が近寄ると突然ピカピカと光がミナの顔を照らす――ライトの光だ。


「んー、十人並み、んで似合ってないライブTシャツ、うんうん、見るからに女子中学生って感じ、マル」

 需要あるよ~、と男は笑顔でミナに告げた。


 その向こうにはもう一人男が居て誰かに連絡している。


 ミナは3人の男に囲まれていた。


 恐怖で固まり防犯ブザーにも、痴漢撃退スプレーにも手が伸びなかった。


(怖い怖い怖い怖い)


 わかっていた筈だ、こういう事が起こるかもしれないと、シミュレーションはずっとしていた。

 まるで映画の強い女性のように、スプレーをかけ、狼狽えさせ、股間を蹴り上げ、防犯ブザーを鳴らし、走って笑いながら逃げてやるのだ。


 わかっていた筈だった。


 事態はわかってもミナはこれほどの恐怖は想定していなかった。


 奥の男が電話を切った。

「もうすぐ来るってよ、他の網は芳しくないみたいだな、目付けてたんだろお手柄じゃん?」


 目をつけていたという言葉に正面の男がにんまりする。


「いやー、ああいうツラだけカッコいい系のバンドってこういうの多いからさぁ、チミ達も足で探す努力をした方がいいよ?」


 チッチッチと男が楽しげに舌を鳴らす。

 うっせーロリコンだのなんだの男達が和気あいあいと楽しそうな声を上げる。


 ミナにはその会話が耳を滑っていった、なんでこの人達はこんなに楽しそうなんだろう。

 なんで私はこうなっているのだろうか、なんで、なんで、それは、確率の問題でしかなかった。


 こんな夜の度にずっとミナはサイコロを転がしていた。


 確率は低くても、絶望的な結果が出るサイコロ。


 ミナは高をくくってずっと平気平気とそれを転がしていて、今日に至ってそれが悪い目を出した。


 ピンゾロ(ファンブル)を出したのだ、そしてそれは一瞬でミナの人生をお終いにする。


 振ってはいけないサイコロだったと気付いたのは目が出た時だった。



 背後に居た男が、左手でミナの身体を弄る、ミナは身を捩るが口を抑える手に力が入り恐怖で固まる。


「はいはい、スプレーと防犯ブザーね、ってか防犯ブザーとかウケる、人居ねえのに意味ねえよ」


 男はゲラゲラと笑い、ミナの身体から武装を解除していく、どんどん打てる手が無くなっていく。


 グイっと手がミナの顔を仰け反らせるように上に向けた。


 笑った男の顔、爽やかなスポーツ刈りだが、その表情は弱者を嬲るサディストのそれだった。


「本当に顔は並だね~、でも大丈夫、そっちが売れなくても、子供には使い道があるんだわ」

 大手が失脚した今ビジネスチャンスなんだよねえ、と男は笑う。


 ミナはようやくこれから起こる事を想像し、涙が出てきた。


 この街にも悪魔崇拝者(サタニスト)が居る事は知っていた。

 そしてそれに乗った裏の人達も。

 彼らが何をするかなんて、誰でも知ってる、幼少期からずっとずっと言われてきた。

 それを実感する日が来るなんて思ってもなかった。


 ミナは全ての選択を後悔した。


 好きなバンドの歌を思い出す。


『神は死んだ、神はもう死んでんだ、屍を焼く炎が俺らを照らしてんだ、なあ葬式はいつ終わるんだ?』


 ミナは祈った。


(神様、神様、助けて下さい、死んでないでください)


 祈りは届かない、届くはずがない、ある種の奇跡は【魔法】によって集団幻覚による事象だと説明されている。


 海は人が割ったのだ。


 神は死んでいる、人類の叡智がその死を証明している。


「ははは、泣いちゃって、それも需要はあるよ?まあ俺はロリコンじゃないからね、アイツに任せるケド」


 スポーツ刈りの男はミナを嘲笑う。


 周囲には3人の男、狭い路地の周囲に明かりの消えた小ぶりなビル。


 僅かに星の瞬く夜空に逃げれればどれほど良かったか。


 獄卒と監獄、そしてミナは囚人だった。




 ミナは祈り続けた。


(神様、神様)


 神は居ないなんて、誰でも知ってる。


 神様は助けに来ない、もしそうならこんな事になっていない。


 それでもミナは絶望への逃避の為だけに祈り続けた。




 その時、空を見上げるミナの視界に映る一つの星が何かの影に隠されたのが見えた。

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