ある日の事《ワンス・アポン・ア・タイム》
日に焼けた畳敷きの部屋、築30年以上のボロアパート、広さは4畳半程。
天気は晴れ、ぽかぽかした春の日差しが部屋に差し込み、うとうととしてしまいそうだった。
引っ越したばかりのその部屋は家族3人でも狭かったが、日当たりは良く、そう悪くはない。
「おーい、アユムちょっと手伝ってくれ」
アユムはとてとてと小さな足で父の元に向かった。
父は床に新聞紙を敷いて、うんうんと買ったばかりのノコギリを手に考えていた。
「ちゃぶ台を作ろうと思うんだが、高さに悩んでな、ちょっとアユムそこに座ってみてくれ」
そう言うと父は、横に置いてあった座布団を差す。
アユムはそれに素直に従い、ぽてんと両足を投げ出して座った。
父はよし、と言いながらメジャーを出し、アユムの胸から床までの高さを測った。
「うーむ、父さんと母さんにしては低すぎるかもしれないが、アユムが育った時に作り直せばいいか」
父はうんうんと一人で得心のいった顔して、アユムの頭をぽんぽんと撫でる。
「でもアユムもちょっと前まで本当に小さかったのにもうこんなに大きくなっちゃったしな…」
いや、でも毎年作り直せる楽しみが、脚だけ付け替えるようにすれば、とぶつぶつと呟く。
「まあいいかその時に考えれば、よし、じゃあアユム、天板はもう作ってあるからニスを塗ってくれ」
父はこうやって、細かいことを考えずに先に進めるおおらかさがあった。
そのため、失敗も多かったが、色々な人に慕われ、アユムもそんな父が大好きだ。
アユムは、眠気が迫る目をこすり、ニスの缶とハケを手に取った。
ふと、父の背中を見る。
おおきな、おおきな、頼れる背中。
その向こうに母の背中が見える。台所でお茶を入れているようだった。
アユムは父と母と居るだけで幸せだった。
ふと、アユムは一つの疑問が浮かんだ。
「ねえ、お父さん」
父は振り返りもせずに答える。
「んーなんだ、アユム、トイレか?」
アユムは、それを口に出した。
「なんで父さんと母さんは、俺を生贄にしたんだ?」
いつの間にかアユムの背は伸び、左脚は義足に替わり、身体は傷だらけになっていた。
幸せな世界だった。
でも、だからこそアユムにはそれが夢だとすぐに分かっていた。
父は答えない、当然だ、夢の中の父がそれを答えれるわけがない。
この世界にずっと居たかった、でもだからこそアユムには聞きたかった。
世界が色褪せていく、幸福への裏切り者を裁くかのように、幸福はその輪郭をぼやけさせていく。
アユムは再び問う
「なあ、どうしてなんだよ、父さん」
左脚を喪った後、アユムには知らされていた。
細かいことを気にしない、おおらかな父は、友人の借金を肩代わりし重い負債を背負う事になっていた。
その過程で困窮し、会社も突如現れた【魔法】による社会不安の影響で倒産した。
母は、父を支えるために奔走し、その果てに悪魔崇拝者達の差し伸べる手を掴んだ。
父も母を追うように、その手を掴んだ。
産まれたばかりのなんでも願いを叶える万能の魔法、もしかしたら切り落としたアユムの左脚も生やせるとでも思っていたのかも知れない。
でも【魔法】はそうではない、誇大妄想狂と無垢な子供の歪んだ認識を現実に反映させるだけの現象でしかない。
今のアユムなら、そう言って父と母を止めただろう。
でも、それを言う相手はもう居ない。
アユムが血に濡れた脚を引きずり逃げ出した後、二人はこの部屋で首を吊って、自殺した。
手紙が残されていた。
アユム、ごめんな。
震える字で、父のおおざっぱな字でそう書かれていた。
「父さん、母さん、俺は、二人に相談して欲しかったよ」
アユムは、淡々と思いを幻想の父と母に向けて言う。
家族だったんだから、苦しみも分かち合いたかった。
だけど父と母は、アユムにその現実を見せる事を拒んだ。
その結果が、狂った拷問に繋がったとしても、始まりはアユムの心を守ろうとした優しさだった。
「父さん、母さん、俺は父さんと母さんを許せない」
アユムは泣いていた。
許せない、どうしてそうしたかは分かった。
許せない、どうして悪魔崇拝者になったかは分かった。
許せない、喪った左脚は戻らない。
許せない。
「どうして、俺を一人にしたんだ」
二人はアユムを残して死んだ、狂った悪魔崇拝者に成り果てたとしても、生きていればまた話せたのに。
夢の世界はもう色を無くしている。
父と母はハリボテのように動きを止めている。
アユムは涙を拭い、振り返り、玄関を見る。
廊下に赤い血が、下手くそな子供がハケで塗ったかのように玄関に伸びている。
アユムは歩いていく。
生身の右脚を前に出す。
義足の左脚を前に出す。
交互に、踏みしめながら。
その先へ、血の伸びる方へ、かつて自分が辿った道を。
玄関に辿り着き、足を止める。
「父さんと母さんを俺は一生許さない」
それは今後何があろうとそうだろう、アユムは永遠に両親を恨み続ける。
「でも」
言葉につまる、嗚咽がその先を言わせようとしない。
それでも、アユムは言葉にしたかった。
「俺を産んでくれてありがとう、あいつらに、家族に会えたから」
アユムの側に小さな子供が這いつくばっていた。
幼き日のアユム
左脚を喪い、絶望のままに逃げ出そうとしたその日の姿。
その先のさらなる絶望も、幸福な日々も知らないアユム。
父と母が自分を生贄にしなければこうはならなかっただろう。
だが、父と母が自分を生贄にしなければミツキ達に出会うことはなかっただろう。
その行いに感謝はしない、恨んでる、でも。
その子供に、アユムは言葉を送る。
「俺は先に行くよ、生きていれば良いことがあったから」
ドアノブに手をかけ、アユムは勢いよくその扉を押し開いた。




