魔王《アーチ・エネミー》
アユムは1歩半程度のショートジャンプを行い、シマハラの左腕の外側へ跳ぶ。
シマハラは即座に反応し旋回――フットワークからは場馴れを感じさせた。
アユムは右の鉄パイプを振りかぶり、胸部肋骨を狙う。
だが、シマハラの視線がアユムを凝視している事に気づき、咄嗟に身体を左に回転するように捩る。
アユムの胸部があった筈の場所を空気が甲高い音を立て通過する。
視線のみで行われる錐の様に鋭い念力、殺傷力を高めた熟練の【魔法】
(ヤベえ!誘いだったか!)
隙があるかと思ったが、シマハラは即座に切り替えアユムを殺せる選択肢を選んできた。
右手がアユムに迫る―――リーベの【魔法】を防いだ所で掴まれればシマハラの【魔法】で終わりだ。
アユムは崩れた姿勢を整える選択肢を即座に捨て、寧ろ身体を地面に向け極端に倒す。
頭部をシマハラの右手が掠めて行き、その腕を左のスタンガンロッドで払うように強打する。
「死ね!」
最大電圧、ロッドのバッテリーが焼き切れようが構わない。
火花が散り、接触箇所からシマハラの神父服が焼け焦げていく。
だが、シマハラはそれを意に介さず強引に伸ばした右腕の裏拳をアユムの頭部に振り下ろした。
アユムは咄嗟にロッドから手を放し、頭部を庇うように防御姿勢。
腕でガードをしたものの、上から迫る槌のような一撃で背中から絨毯に叩きつけられる。
「がっ…!」
息が肺から全て逃げ出したかのような感覚。
だが、意識を手放してはいけないとアユムは前を見る。
シマハラの左手が正に今、アユムの方を向こうとしている。
アユムは背筋を使い強引に身体を跳ね上げると、僅かに浮き上がった左脚で壁面に向かっての緊急回避をイメージする。
跳躍と同時に背後から爆発音がする。
壁面の凹凸に、着地と同時に右脚を掛けながらアユムはチラリと視線を向けた。
シマハラの足元――今までアユムが倒れていた場所――の絨毯が円形に剥げ、その地のコンクリートに罅が入っている。
最初の一撃から違和感を感じていた。
腕を折る気で叩きつけた鉄パイプを防がれ、今はスタンガンロッドの高圧電流すら見た限り効果がない。
そもそも以前は、アユムの知る限りフィジカル最強の生命体である園長と正面から殴り合っていたのだ、まともな人間ではない。
念力、洗脳とは違う、別種の【魔法】による防御と見て間違いない。
ガードは行っていた為、全身ではない、おそらく腕を起点にした障壁。
接触自体に抵抗はなかった為、範囲は身体自体、障壁自体を避けて狙うのは不可能。
頭部、胸部、金的、何でも良い、腕以外の弱点を直接刈り取る必要があるとアユムは判断した。
シマハラの右腕が動く、手には拳銃が握られている――かなり装弾数の多いタイプだったとアユムは覚えている。
上を向き、跳躍――破裂音がして背後の壁が砕けた、
アユムはシマハラの直上のシャンデリアに取り付く、足場が悪いが関係ない。
着地の衝撃を一切殺さずにその天井との接合部に負荷をかける。
アユムは鉄パイプの先端部をその接合部に引っ掛け梃子の原理を使い、強引に天井から引き剥がした。
「ぶっ潰れろ!」
重量級のシャンデリアをシマハラの頭上に落下させる――園長はタックルでマウントポジションまで持ち込んだ為、障壁も全てを防ぐことは不可能だと判断した。
落ちきる前にアユムは、その場所から勢い良く飛び出す。
足元のシマハラが握りしめた左手を頭上に伸ばして居るのが見える。
(ヤベえ)
アユムは急ぎ、地上のパーティテーブル群れの中に着地先を決めた。
空中からの跳躍、それと同時にシマハラが手を開く。
落下中のシャンデリアが爆散した。
もし跳ぶのが一瞬遅れていれば、散弾と化した破片に巻き込まれただでは済まなかった。
おそらく、打ち出した念力をシャンデリアと衝突させた瞬間に拡散させているのだろう。
着地したアユムは地に転がり、衝撃を逃しつつテーブルの影に隠れて低姿勢のまま駆け出す。
【魔法】はイメージの力、視認されなければ具体的イメージを失いその威力は大きく減衰する。
大きなテーブルクロスと椅子に囲われたパーティテーブルの数々は格好の隠れ場所、の筈だった。
「それは悪手ですよ、アユム君」
ぞっとするような穏やかな声がアユムの耳に届く。
もはや考える間もない、反射的にアユムは視線の先の壁面へ跳ぶ―――少なくともパーティテーブルより高く。
シマハラの左腕が薙ぎ払うように動く。
アユムが身を隠そうと思っていた障害物の数々がその腕の動きに合わせて吹き飛ばされていく。
土石流の如き質量の嵐が背後を通過し展望式場の内装を粉々に打ち砕いていく。
それだけではない、跳躍した瞬間に左脚に衝撃を受けアユムは体勢を崩し壁に激突する。
咄嗟に地に足を付き、次の跳躍先、少なくともこの場所ではない場所を探し跳ぶ。
シマハラの右手の拳銃が、アユムを追っているのを見た。
「きっと君は、神の与えた私に対する最後の試練なのでしょう」
状況とは裏腹な穏やかな声が崩壊しつつある展望式場に響く。
「であるならば、愛を持って、全身全霊でお答えします。アユム君、やはり君は私の運命でした」
(クソったれ)
絶え間なく跳びながら、アユムは毒づいた。
ボクシングを主体とした接近戦
腕を起点にした強力な障壁
捕まれば即死の洗脳
念力は多様で広域の破壊も殺傷力の高い視線による速射も可能。
更には右腕の拳銃は【魔法】の行使による隙をカバーして余りある。
当初はリーベの【魔法】を警戒していたがそれどころではなかった。
シマハラは強すぎる。
真の誇大妄想狂は国によっては魔王と呼ばれる。
アユムはそれを身を以て実感していた。




