奇襲《ユージュアル・ミーンズ》
「煙幕…?」
シマハラは眼下に突如現れた光景に困惑した。
激突する両者の間から発生した煙幕、それが戦場を覆い隠していく。
シマハラの仕込みではない、堅実な手に出ていた警官隊の起死回生の策かとも考えたが今このタイミングで行うものではない。
「妙ですね」
シマハラとしてはこの素晴らしい眺めを邪魔する存在に僅かに不快感を覚えどもそれ以上の意味はない。
確かに視界の通らない場所への【魔法】の行使はそのイメージの不確かさからかなりの弱体化は起こる。
だが、信者達を逃さず押し止める必要がある警官隊としては寧ろ不利とすらなるだろう。
新兵器、別働隊の襲撃、様々な要素を考えたがおそらく最も有効な手は、煙幕に紛れ侵入し、少数精鋭による暗殺。
シマハラは鼻で笑った。
「くだらないですね」
シマハラは入り口に目をやる。
仮にその手段を取った所でリーベの【魔法】とシマハラの【魔法】による広域洗脳で一瞬で蹴りがつく。
初撃でシマハラかリーベを殺害すればあるいは、と思うが、その為に信者達を3人残した。
彼らは死のうが初撃は必ず防ぐだろう、そのように仕込んでいる。
シマハラはケンゴの放った奇策に対し熟考した、それ故に、その安易な目的に気づくのが遅れた。
シマハラが、目を窓に戻した時、それは既に目の前にあった。
大量の風船――一般的なものよりも大きい――それが目の前に広がっていた。
そして、シマハラは見た。
「馬鹿な」
その上を小柄な影が現れては消え、恐るべき速度で跳躍を繰り返している姿を。
(怖えええええええええええええ!!!)
覆面とゴーグルを強い風が打ち付ける中、ビルとビルの間の空間をアユムは跳ぶ。
足場は目の前に広がる風船。
ケンゴ曰く、できるだけ頑丈で大きなものを選んだらしいが普通は乗れるものではない。
アユムはその風船をイメージの起点にする程度の気持ちで左脚を伸ばす。
跳び、僅かに落下を受け止める程度の抵抗を左脚に感じ、勢いを殺さないよう右脚を前に出す。
右脚が踏み込む先はない、だが、落ちる前に左脚を前に出すイメージを次の風船に重ねる。
(できねえと思ったら死ぬだけだ、俺は、できる!)
跳んだ、二回目の跳躍、左脚が恐ろしい速度で沈み込む、右脚を前に出す。
三度目は上を向き、更に高く上がった風船へ飛び移る。
その勢いは風船に乗るというよりも風船に触れ、放物線を描いてアユムを高く打ち上げた。
滞空時間の中で、アユムはノーザンライツタワーの展望式場を見る。
シマハラと目が合った。
(気づかれた。一撃目でシマハラを沈める案は無し)
だが、この距離ならばもう撃ち落とされる心配はない。
ケンゴの用意した煙幕は、風船の足場が空に上るまでの視線を地上に縫い止める役目を果たした。
狙いは、シマハラを守る3名の魔法使い
アユムは重力加速度を意識し左脚を展望式場の一面の大窓に伸ばし、跳んだ。
それは、砲弾のように窓に直撃し、展望式場にガラスがシャンデリアの光をばら撒きながら飛散していく。
地に足を着く事もない、アユムは両足を揃え前方に立っていた魔法使いの顔面にドロップキックを決める。
抵抗もなく、その蹴りは魔法使いを突き倒し、体重をかけたままゴリゴリとその後頭部が床を滑っていく。
残された二人の魔法使いとシマハラが呆然とこちらを見ている。
「構えなさい!」
シマハラが叫ぶ、だが。
「遅え!」
右脚で力強く地を蹴り、突き出した左脚で次の魔法使いの土手っ腹に蹴りを放つ。
左手は、トランシーバーのダイヤルを回している。
スタンガンブーツ
それは、魔法使いの身体を高圧電流で痙攣させ、意識を刈り取る。
最後の魔法使いから仲間ごと吹き飛ばすような念力の気配を感じ、アユムは後方に手を付きバク転の要領で回避する。
無表情でこちらを見ているリーベと、目が合った。
アユムはニッと笑みを浮かべ、地に足を着くと、最後の魔法使いの背後に左脚を伸ばす。
4m程度の跳躍、左手に持っている新兵器――普段は立体戦闘の為に開けていた手だ――である、スタンガンロッドをその背に叩きつける。
痙攣、声にならぬ声を上げ、魔法使いが腕を振り回し、崩れ落ちた。
瞬殺
展望式場に残されたのは、ただこちらを見つめるシマハラと、リーベ。
そしてそれに相対するのは小柄な体躯の少年
半袖の黒いシャツ
ボロボロのカーゴパンツ
鉄板入りの安全靴
何より目を引く赤い覆面
左手にスタンガンロッド
右手には夜間迷彩を施した先の曲がった鉄パイプ
ゴーグルが怪しく光り、その視線はシマハラを確かに睨みつけていた。
アユムは今ここに居ない相棒に向けて呟いた。
「レッドキャップからスプライトへ、確認した。」
「これから外道をぶちのめす。」




