必要《アンガーデッド》
窓から差し込む穏やかな光がアユムの顔に朝の訪れを伝えていた。
アユムはベッドの上でぼんやりと目を覚まし、叫んだ。
「痛ってええええええええええ!」
その原因は昨日のスパーによって産まれた数々の青痣。
リュウコからのシゴキのせいだった。
「おはよ、アユム、リュウコさんとのスパー随分と長くやってたみたいだね」
隣のベッドからミツキの声がして、アユムはそちらに目をやった。
「園長に二人して呼ばれてたから知られる事は覚悟はしてたけどよ、あの人マジで加減知らねえんだよ…」
リュウコがアユムの【魔法】を知れば、好奇心の塊である彼女ならばこうなるとアユムは予想はしていた。
問題はリュウコの園長の教えを学んだとは思えない程の手加減下手さにあった。
「で、勝ったの?」
「なんとか、な」
それでもアユムは嬉しそうにミツキに返す。
アユムは【魔法】有りで数々の黒星を重ねながら、最後の最後で1勝をもぎ取っていた。
その直後、園長が乗り込んできてリュウコの加減知らずのスパーに説教を始めた為お開きになったが、今まで一度も勝てなかった相手にマットの感覚を味あわせた達成感はアユムに言いようのない自信を与えていた。
「ずっと【魔法】ありでも勝てねえと思っていたけど、上手く噛み合えばって所だな」
「そっか、良かった」
ミツキは微笑ましいものを見るような表情で、アユムに答えた。
「取り敢えずさっさと飯食って学校行こうぜ、園長にどやされる」
「だるいなぁ、まあ、仕方ないか」
まだ空気が爽やかなうちに二人はぐだぐだと支度を始めていく。
二人の学校はそれほど遠い場所ではなく光輪会の徒歩圏内にあった。
彼らはそれぞ抱える事情が違うため学級こそ違うが連れたって歩き、いつも通り話しながら行く。
ミツキが杖で地面を叩きながら話し始めた。
「取り敢えず彼女を施設から出すの当分無しって話しておいた、普段は二人のどっちかがガードについてるから平気だと思う」
「まあ妥当だな」
いつまでかは分からない、でも今外に出るのは危ない。
「問題はアレだな、恒例の…」
「手続きだよね、身元不明者だから出向いてやらないとダメだし避けては通れないよ」
現状、暫定的に光輪会に住まわせているが、少女を正式に受け入れる為には警察署など様々な公的機関に直接出向く必要があった。
それをやらなければ、世間的には子供を攫う悪魔崇拝者達と扱いは変わらず、少女も二人のように学校へ通うこともできない。
無論、多くの孤児を産んでいる社会情勢や光輪会の性質上少なくともノーと言われることは無い筈だったが、通すべき筋はあった。
「ままならねえな」
「仕方ないよ、普通の生活のためなんだから」
アユムもミツキも、自身が知らないうちに多くのものに守られている事を知っている。
それは、光輪会を始め、警察や、生活を支援する団体、医者、様々な公的機関と上げればキリがない。
悪魔崇拝者達と違い、子供を守ろうとする大人達もいるのだ。
そしてその大人も、自身が悪魔崇拝者達と違う事を証明するために、多くの通過儀礼を必要とする。
「今週の土曜日だからね、園長がついていくって話だけど、アユムもお願い、僕も行きたかったんだけど…」
「定期検診だろ、仕方ねえよ、これサボったら施設ごと監査入っちまうからな」
「うん…」
児童養護施設を騙る悪魔崇拝者達の例は数多く存在する。
人は突然狂い出す。園長がそうなるとは思えないがこれもまた光輪会が悪魔崇拝者達の巣窟ではないと証明するために必要な儀礼だった。
「今後どうなるかは分かんねえけど、ここが山場だ、俺と園長に任せな」
アユムはニッと笑って、親指を立てる。
ミツキもそれを見て笑った。
「リュウコさんに比べれば頼りないけど、園長が居るなら、まあ任せれるかな」
「次はぜったい2本取ってやっから見とけよ」
危険に晒されているのは少女だけではない、光輪会は悪魔崇拝者達の被害者の集まりだ。
少なくとも、園長かリュウコのどちらかは施設に居なければ手を出す輩が出てきてもおかしくはない。
心無い大人たちが火薬庫だと揶揄するこの聖域を守る為に二人は手一杯だ。
彼女を守る為に動く必要があるのは自分達だと、二人は確信している。
アユムの義足も修理中で狩りもできない、ならば、今できることに全力で当たろうと二人は言わずとも通じ合っていた。
日々が過ぎる。
アユムは、結局【魔法】を使っても園長を相手に一本も取れなかった。
ミツキは、少女について、彼女を脅かすものに対して調べていた。
リュウコは、一本取られたことを根に持ってアユムをボコボコにした。
園長は、変わらず、美味くて温かい食事を皆に作っていた。
子供達は、そんな彼らを見て笑っていた。
少女は無表情で、それでも彼らを傍らからじっと見続けていた。
街には日に日に不穏な輩が増えているように見えた。
義足の修理と改造が終わった。
また土曜日が来る。