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帰りの支度が始まり、みんな、アイシャにあいさつをしていく。
「がんばってくださいね」
「はい」
何人も対応しているうちに足が痛みだした。だが、笑顔を崩さず相手をしていた。
「アイシャ、大丈夫?」
ベルツが、隣に来て、声をかけてくる。
「ええ」
冷や汗をごまかすには、無理があった。
「そう」
ベルツはそう言うと、迷わずアイシャを抱きあげた。
「王子、あいさつ」
「いいから」
そう言って、空いている部屋に連れていかれた。
「足、大丈夫?」
「ええ」
少し暗い部屋で、足を出すと、赤く腫れている部分が大きくなっていた。
「無理するから」
「無理じゃないわ」
「これが治るまで、相当痛いだろうね」
「えっ」
アイシャは、困った顔をしたが。
「いいの」
強がった。
「はいはい」
ベルツは、軟膏を塗ってくれている。
「ごめんなさい」
アイシャは、謝った。
「何が?」
「最後まで、しっかり務められなくて」
「気にしてないよ」
「……そう」
(ベルツは、気を使ってくれているのね)
アイシャは、申し訳なくなっていた。
「アイシャ、今、君が気にするのは、足の事だけだからね」
「えっと……はい」
ベルツの優しさが、少しばかりうれしかった。
☆ ♪ ☆
そして、緩い靴に履き替えて、アイシャは、ベティと部屋に戻って行った。ベルツも自分の部屋に戻った。
次の日、城の中では、あるうわさが広がっていた。
「昨晩、王子は、パーティーを抜けたわよね」
「ええ」
「もう、アイシャさんとは、結ばれたって事じゃない」
「そうかもしれないわよ、もう婚約してらっしゃるもの、なにもおかしい事ではないわよ」
メイド達は、楽しそうにそう話している。
(ああ、恥ずかしい)
アイシャは、そう思っていた。
ベティは、事情を知っているので、何も言わないが、この噂は、瞬く間に広まってしまったのだ。
(どうして、こうなってしまったの)
アイシャは、王と王妃に呼びつけられた。
「その、何でしょうか?」
「ベルツとの仲は、どうなのか聞きたいのだが……」
「何もありません」
「ほらな、噂など、あてにならないだろう」
「照れていらっしゃるのよ」
王妃は、そう言って、王を睨む。
「本当に、何も、ないです」
「本当の、本当?」
「はい」
「そうなの、ベルツも何で紛らわしい事をしたのかしら?」
王妃がそう言う。
「私が、靴擦れしてしまって……」
「ああ、それで、お姫様抱っこで連れて行ったのね」
「それだけですから」
アイシャが慌てていると、王は。
「ベルツもそんな風に抜け出せば、こう言ううわさが立つことを、きっと、わかっていただろうに……」
にやにやしてそう言った。
(ちょっと待って、王子は、分かっていてやったと言う事、噂を否定しないのも、そう言う事にしたいからなの?)
アイシャは、グルグルと頭の中で、いろいろな感情が回転していた。
「何はともあれ、国の民衆の前でああ言ったのだ。仲良くするのだぞ」
「は、はい」
アイシャは、堅くなってそう返事して、謁見の間を出た。
「あっ、アイシャ様、おはようございます」
メイド達は、様をつけてあいさつするようになった。
(私は、姫になるのよね?)
少し不安もあったが、誰にも頼れないと思っていた。
(さあ、がんばろう)
レッスン室へ行こうとしていた時、ベルツと目が合った。
(王子!)
ドキドキと胸が高鳴る。
「どこに行くの?」
ベルツは、笑顔でそう聞いてきた。
「レッスン室です」
「そう、がんばっているね」
「ええ、がんばっているわ、誰かのせいで」
「アイシャは、私が選んだことを怒っているの?」
「いいえ」
少し拗ねてそう言った。
「王子は、この前、本当は、足の事ではなく、別な理由で連れ出したのではありませんか?」
「えっ? さあ?」
「国民に、ラブラブアピールして、既成事実まで作っちゃったのですものね」
ベルツは、少し汗ばんでいる。
「ごめんよ、アイシャ、実は、そうなんだ」
「やっぱり、王も王妃も気づいていたわよ」
アイシャは、顔を赤くしてそう言った。
「だって、アイシャが大事だから」
「王子って、しゃべるとたらしみたいですね」
「アイシャにだけだよ、そもそも、今まで、女性と話せもしなかったのに……」
「わかっているわよ」
アイシャは、いじわるしたと思い、ベルツに向き直す。
「他の人には、やらないでね」
「もちろん」
ベルツも必死で頷く。
「そう」
アイシャが去ろうとした時、ベルツに手をつかまれ。
「アイシャ、本当は、不安なんじゃないか?」
そう優しく言われた。
「そんなことないわ」
強がってそう言ったが。
「いいんだよ、アイシャ、無理しなくて」
ベルツは、優しくアイシャを抱きしめた。
「王子!」
今、廊下には、誰もいなかった。
「あの、その、少しだけ不安でした」
「そう」
ベルツは、優しく頭を撫でる。
(うん、何だろうこの展開)
アイシャは、パニックになっていた。
「不安じゃない人なんて、いないよ」
「そうですか」
「うん、だって、姫になるって、難しい事だもの」
「そうよね」
「アイシャは、最初からうまくできなくてもいいんだよ、アイシャは、アイシャらしい姫になればいいんだ」
「そうね」
ベルツの腕の中は、妙に安心してしまう。
「アイシャは、立派な人になるって信じているよ」
「そんな事はないわ」
「いや、昔の姿を見ても一つも動揺しない女の子は、大物になると思っているよ」
「そんなことで」
「アイシャには、そんなことでも、私には、衝撃的だったんだ」
「それじゃあ、しょうがないわね」
「音の子は、運命の子だと、モンネが言っていた」
「誰? モンネって?」
「私に、音の子の事を教えてくれた賢者さんだ」
「じゃあ、その人のおかげで出会えたんだね」
アイシャが、しみじみとそう言うと。
「そうだね、感謝しなくちゃ」
ベルツは、ニコニコしている。
「私たちの運命は、こうなる様になっていたのかしら」
「そうだったら、ステキだね」
そうベルツが言った時。
「ベルツ王子」
マティスが呼ぶ声が聞こえた。
「はい」
ベルツの手が離れる。
「あの、王子、私は、後悔などしていませんから」
「……」
ベルツは、少し悩んで立っていた。
「よし、こっちにしよう」
そう言って、アイシャに抱き着いた。
「ベルツ!」
マティスがだんだん近づいて来る。
「ベルツ!」
アイシャは、手を離すように言うが、完全に無視している。
「おい、ベルツ!」
マティスが、廊下を曲がってきて、そう言った。
「あれ~、会っていたの、邪魔しちゃった」
「マティスさん~」
アイシャが呼びかけると、マティスは止まった。
「王子が離れません」
「やっぱりか……」
マティスは、呆れて、ベルツの顔を見る、
「アイシャちゃんが好きなのは、いいが、仕事をさぼることは許さん」
「その前に離れて」
「アイシャちゃんを抱きしめていたいのは、分かる」
「マティスさん、わかっちゃだめです」
「でも、王子なら、あきらめられるよな」
マティスは、そう言って、離れるように言った。
「いやだ」
ベルツはそう言った。
「アイシャが、かわいいんだもの、ずっとそばに置いておきたいよ」
「だから、それは、叶ったでしょう」
「もっとそばにね」
「離れない気ですか」
「うん」
「それなら、力づくでも」
マティスがそう言うと。
「王子、放して下さい」
冷たい声で、アイシャがそう言った。すると、ベルツは離れた。
「いいですか、私もレッスンがあるのです。遊んでいる場合ではないのですよ!」
アイシャは、怒ってそう言った。
「アイシャ……真面目だね」
ベルツが悲しそうにそう言った。
「当然のことです」
アイシャは、もう一度叱った。
「仕事をしっかりしてきてください」
「はい」
ベルツは、落ち込んだ様にそう言った。
「これは、立派な姫になるな」
マティスは、怒るアイシャを見てそう言った。
「そうでしょう、これなら、将来は安心でしょう」
ベルツがそう言って、笑っている。
「ああ、強い王妃になるな」
「そんな、アイシャがいいんじゃない」
ベルツは、もう一度抱き着いて、頬にキスを落とした。
「そういえばさ、アイシャちゃんの後見と、エルガドへの資金援助の話も会議に出ていてさ~、決まりそうだよ、アイシャちゃんは、もう気負うことも無いでしょう」
「それじゃあ、仕事してこなきゃね、バイバイ、アイシャ」
「よろしくお願いします」
「アイシャもがんばってね」
「ええ」
その後、アギスト王国は、ベルツ王子とアイシャ王妃が守る安泰した国となって行った。そして、何より、二人の仲の良さは、近隣国で知らない人がいないほどだったと言う。
(了)




