表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パピニー  作者: 藤苺めぇ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

見えない数

地下施設の空気は、前日よりも明らかに重くなっていた。モニターの数は増え、映し出される情報も細分化されている。都市の俯瞰図、上空の機体配置、熱源分布、そして時系列で並べられた観測データ。それらはすべて、一点を中心に収束していた。


「依然として位置は変わらない」


淡々とした声が報告する。


「反応は継続中。強度は微増。変動パターンに規則性は確認できません」


「……規則性がない、か」


別の男が呟く。


「それ自体が規則だろうな」


「どういう意味だ」


「制御されていない、という意味だ」


短い沈黙が落ちる。


「自然発生的な現象にしては、持続時間が長すぎる」


「なら人工か?」


「人工でこの数値は出ない」


議論は堂々巡りに近い。それでも誰も席を立たない。答えが出ていないにもかかわらず、現象だけが確実にそこにあるからだ。


別のモニターに、別のデータが映し出される。過去数日の失踪者リスト。年齢、性別、居住地。共通点は薄い。ただ一つ、社会的に注目されにくい層に偏っているという点を除いては。


「……増えてるな」


誰かが低く言う。


「誤差の範囲だ」


すぐに返される。


「この程度、日常でも起きる」


「だがタイミングが重なりすぎている」


「関連づける根拠はない」


言葉は冷静だったが、その裏にある違和感を、全員が共有していることもまた明らかだった。


「仮に、だ」


年長の男が口を開く。


「この現象と失踪が無関係であると証明できるか?」


誰も答えない。


「できないなら、関連を疑うのが合理的だ」


「……それでも、証明にはならない」


「証明は後だ。今は対応だ」


画面が切り替わる。問題の建物、その周辺の詳細なスキャン結果。内部構造は不明瞭で、外殻の形状も歪んでいる。自然物とも人工物ともつかない混在した状態。


「遮蔽が強すぎる。通常のスキャンでは内部が読めない」


「だからこそ価値がある」


「だからこそ危険だ」


また、ぶつかる。


「接触班はどうなっている」


「待機中です。指示があればいつでも投入可能」


「……早すぎる」


苛立った声が上がる。


「まだ観測段階だぞ。段階を飛ばすな」


「時間がない」


静かな声が返す。


「反応は増幅している。このまま放置すれば、制御不能になる可能性がある」


「制御できる前提で話すな」


「だから確かめる」


言い切る。


「引きずり出す。中に何がいるのかを」


再び沈黙が落ちる。反対する理由はある。しかし、止める決定打はない。


「……最終確認だ」


年長の男が周囲を見渡す。


「接触を行う。異論は?」


誰も手を挙げない。


それが合図だった。


その頃、地上では異様な光景が広がっていた。空を旋回する複数の機体に、人々はようやく異常性を感じ始めている。スマートフォンを向ける者、指を差す者、ただ立ち尽くす者。ざわめきは徐々に膨らみ、不安へと変わりつつあった。


少女は、そのすべてを上から見ていた。だが、視線はすぐに逸れる。下を見続けることができない。あの中に、自分が入ることはできないと、はっきりとわかっているからだ。


少女は布の中で体を丸めている。さっきからずっと、同じ姿勢のまま動けずにいた。外の気配が消えない。むしろ、濃くなっている。


「……増えてる」


小さく呟く。


「さっきより」


見なくてもわかる。囲まれている。逃げ場を潰されている。そんな感覚が、じわじわと広がっている。


少女は指先で床をなぞる。無意識に、何かを確かめるように。


「……どこ行けばいい」


答えはない。


「ここ、だめか」


その言葉は、ゆっくりと落ちた。


少女は顔を上げる。布の隙間から、もう一度外を見る。機体は変わらず旋回している。ただ、その動きが少しだけ変わっていた。間隔が狭くなり、中心へと寄ってきている。


「……近い」


喉が乾く。


「やめろよ」


声は弱い。


「来んなって言ってんだろ」


返事はない。


少女は立ち上がる。ゆっくりと、しかし確実に。今までこの場所から動こうとしたことはほとんどない。それでも今は、ここに居続けることが危険だと理解していた。


「……逃げる」


自分に言い聞かせるように呟く。


「逃げなきゃ」


足が少し震える。それでも止まらない。


少女は振り返る。自分が過ごしてきた空間。歪な屋根、布、板切れ。ここは確かに安全だった。少なくとも、今までは。


「……ありがと」


誰に向けたのかわからない言葉が、ぽつりと落ちる。


少女はそのまま、奥へと進む。建物の内部へ。暗く、細く、入り組んだ通路の中へ。光はほとんど届かないが、足取りに迷いはない。なぜか、進むべき方向がわかる。


下へ。


もっと、下へ。


空から離れるように。


少女の姿は、やがて闇の中に消える。


その直後、上空の機体の一つが軌道を変えた。


「リード1より各機。反応に変化。座標、下降開始」


無線が走る。


「動いたのか?」


「いや……違う」


短い間。


「……逃げてる」


その言葉は、誰に向けられたものでもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ