懐かしい大陸へ
井ノ川は隷属の首輪をされていない。
それなのに抵抗するわけでもなく、喚くわけでもなく、大人しく俺の横にいる。
首のロープはマストに括り付けられて、両腕は体の前で縛られているがな。
もう陸地が薄っすら見えているのだから、逃げ場が無い事が分かっているはずなのに・・・・。
逃げるために何かしないのだろうか?
感情を持つ事を禁じられているので出来るのは思考するだけ。
それでも現状を変えられないので考えるだけ無駄かもしれない。
考えない様にしようとカモメらしき鳥の影が空を無数に飛んでいるのを見ながら、ぼんやりとしていた。
マストに縛られている井ノ川の横に座って居るのだが、相も変わらず井ノ川は沈んだ顔のままで何も言わない。
リーブンが船室から出て来て俺の前に立った。
「もう大陸が見えて来たぞ。明日には上陸できるだろう。漸くお前の体を手に入れる事ができる」とニヤっと笑われた。
あああ、とうとう到着してしまうのか・・・・。
何も出来ずに船に乗せられて、ここまで戻って来たのだ。
下船してからザイディール国までの移動の間に逃げるのは難しいだろう・・・・。
感情を持つ事を禁止されているのは俺にとって幸いだったかもしれない。
今、感情があれば泣き喚いていたかもしれない。
恐怖に身を震わせていたかもしれない。
慟哭し、辰徳や嫁、高橋の事を心配し、やるせなさに身を震わせていたかもしれない。
でも俺はそういう感情を今は持ち合わせていない。
静かに少しづつ近づく最後の時間をじっと待っているだけだ。
でも思考から来る焦りは頭の中では分かっているんだ。
焦ったからと言って絶望することは無いというところで、ああ、これが感情の欠落というやつかと思ってみたりもする。
リーブンの顔を見ながらそう考えていると、フラっとリーブンの体が傾いた。
ん?
「何故?」
リーブンの掠れた小声が聞こえた。
「俺が山田を逃がそうとしたのではなく、お前を殺そうとしただけだから反応しなかったのさ」
そう井ノ川が言うのが聞こえた。
そして突然、感情がドバっと流れ込んで来た!
よく見ると、井ノ川の左手に剣が握られ、その剣はまっすぐリーブンの心臓に突き刺さっていた。
リーブンが床に転がる前に掌の無い井ノ川の右腕がその体を支え、音をたてない様にリーブンの体を横にした。
井ノ川は剣で俺の隷属の首輪を切り外し、リーブンの方は首を刎ね、そっちの首輪も外し、剣の柄で両方の首輪を壊した上で海中に投げ捨てた。
「アイツら馬鹿だから、俺の腰にあった赤髪のマジックバックをそのままにしてやがったんだ。マジックバックにしては小さいから気付かなかったのか、気付いてても俺たち4人全員の同意か4人全員を殺さないと登録変更が出来ないから盗っても意味がないと思ったのかもな」とニヤっと笑った井ノ川が、別の剣をバックから取り出し俺に渡した。
そうか、肘の所で括られていても、左の掌はマジックバックに届くんだものな。
本当にあいつら馬鹿だぜ。
そこからは船に乗っていた奴ら全員殺した。
モーリス伯爵家の者だけでなく船員もだ。
憂いは一切断ち切った方が良い。
また俺たちの手は血で汚れたな。
船は惰性で陸地に向かっているが、万が一風の向きが変わって他へ行きそうになっても、日本人である俺たちは泳ぐ事が出来る。
だって学校で水泳を習っているからな。
そして体力は勇者の補正が掛かっている。
何かあれば泳げるという地点になるまで我慢していたらしい井ノ川が、「船の中の方が取りこぼしなく全員やれるからな、この時を待っていたんだ。お前に計画を言うと、隷属の首輪のせいで相手に計画がバレる可能性があったから、俺一人で考えなくちゃいけなかったんだ。心配させてスマン」と心情を明かしてくれた。
「最後にリーブンの奴がした質問って何だったんだ、井ノ川?」
「アイツはお前に、お前がアイツらを害する事やお前を逃がそうとする者を片付けろって命令してたが、第三者がアイツを屠るのを止めろとは命令してなかったんだ。だから、俺はお前を逃がす事は考えず、アイツを殺る事だけを自分に言い聞かせて剣を振るったんだ。だがアイツとしてみたら俺がお前を助けようとしているので、お前が俺と闘うはずなのに・・・・って考えたんだろうよ」
「なるほど~」
結局俺たちは、港がほんの目と鼻の先になった時、港から見える側とは反対から海に飛び込み、港から少し離れた所で上陸した。




