井ノ川、何故?
「井ノ川・・・・井ノ川」
リーブンに聞こえない様に小声で呼び掛けたが、こちらに向けられた井ノ川の顔は暗い。
「お前だけでも逃げろ」
声を出すと言うリスキーな行動を取っているのだ、それでも伝えたい事は伝えないとな。
リーブンたちに聞き咎められない様、極力声を押さえて緊張しまくりで話し掛けているのに、井ノ川は返事もせずにまた床の方へ俯いた。
俺がしゃべるのを態と途中で止めるのに飽きたらしく、今度は一言でも井ノ川へ話し掛けたのを見たら声を出なくさせてやるって脅されているのだ。
だから小声でも俺にしたら精いっぱい勇気を振り絞って話し掛けているのに、井ノ川は聞こえている素振りはするのに、無視されてしまう。
港に着くまでに逃げてくれないと、もう逃げれないと思う。
ザイディール国に着いたら俺たちの体が乗っ取られるのは時間の問題だ。
そして俺たちがどこに住んでいたかという情報を辰徳や高橋の受入貴族に伝えられてしまうだろう。
ということは辰徳や高橋まで捕まってしまうって事だ。
自分の体を乗っ取られるのも嫌だが、親友の辰徳まで乗っ取られると思うと忸怩たる思いだ。
俺の体って乗っ取られた後、どんな使い方をされるんだろう?
乗っ取られた後、俺の魂はどうなるんだろう?
元々魂ってあるのかな?それとも無いのかな?
その場合は乗っ取られた瞬間に俺という存在が無になるってことか?
こんな風に色々考えていても隷属の首輪を使って感情を持つなとリーブンに命令されているので、苦しいとか悲しいとは思わない。
ある意味救われていると言って良いのか・・・・。
後、何日で港に着くんだろう?
俺たちはガルゾ国まで走って移動したので同じ道を通っているとしても、馬車での移動日数については全然見当も付かない。
逃げたいのだが、井ノ川にそれを頼んでしまうと井ノ川をこの手にかけなくてはいけなくなるから、リーブンに捕まえられた初日に井ノ川にはその事を伝えている。
だからかもしれないが、井ノ川は俺を助けようともしていないし、何故か自分も逃げようとはしない。
体を乗っ取るのが目的なので俺も井ノ川も食事や睡眠はちゃんととらせてもらっている。
だが、井ノ川はずっと両腕をロープで縛られている。
キツク縛られているんじゃないかとか心配しているのだけれど、体を乗っ取るのが目的なので、血が止まって腕の色が変わる様な事はないみたいだ。
俺は逃げることができないとしても井ノ川だけでも逃げる事ができたら、辰徳たちに話してみんなに助けてもらえる可能性があるんじゃないだろうか?
いや、俺を助けようとすれば、俺が自分の手で相手を害する様に命令されているからそれはダメかぁ。
では、せめて井ノ川だけでも逃げて欲しい。
辰徳たちに、あそこが狙われる可能性が高い事を伝えて欲しい。
「降りろ。ほら、今夜はここに泊まる。しかし、そっちの欠陥品の勇者は逃げる気すらないんだな」
リーブンがつれている騎士の一人が、井ノ川の方を侮蔑を含んだ顔つきで見て、掌の無い右腕を乱暴に掴んで馬車から下した。
体の乗っ取りが目的なので決して怪我をさせたり、食事を抜いたりは無い。
夜になると宿屋のベッドで寝させてもらえる。
俺と井ノ川を同じ部屋へ入れるのだが、廊下側も騎士が扉の外で寝ずの番をするし、窓側も建物の外では別の騎士が寝ずの番をしているので、逃げる事は出来ない。
宿の部屋の中では二人きりになるので逃げる算段を話したいのだが、宿にいる間は隷属の首輪で命令されているので、俺は話をする事は出来ない。
翌朝、また会話できる様に解除されるのだが、夜中、井ノ川と二人だけの時は話せない。
でも井ノ川から俺に話しかける事は出来るはずなのだ。
だから井ノ川、俺に話し掛けろよ!
井ノ川は、食事の時などは掌のある左手だけ自由にされ、右腕は背中の方に縛り上げられ、首に何重もロープが巻かれその端を騎士たちが順番で持っているのだが、井ノ川の力ならそんなの力づくで引きちぎったり、そのロープを利用して思いっきり引っ張って騎士たちの姿勢を崩して倒す事ができるのではないのか?
それとも拘束されているのでこれだけの数の騎士を一人で倒すのは無理と思っているのだろうか?
逃げて欲しいのに、そんな素振りが無いだけじゃなく、段々と生気のない表情になってきている。
もしかして毒か薬を飲まされているのだろうか?
いや、それにしても俺たちと同じテーブルで同じ物を食べているのだから毒は盛られていないと思うのだが。
井ノ川の体だって乗っ取りの対象なので、そこまで変な事はされていないはずなのに・・・・。
頼む!井ノ川、何とかして逃げてくれ!




