第20話 琴音、本気宣言
明後日から冬休み──もうすぐ学校が終わるということで、多くの生徒がはしゃいでいた。
しかし、この二人の間にだけは、気まずい沈黙が流れていた────
「えっと、デジャブを覚えるこの状況……何だ?」
苦笑いを浮かべながら頬を掻く新太。
その正面には、腕を組んで先程から沈黙を貫いている琴音が立っている。
新太は放課後、琴音に呼び出されたのだ。
そして、この場所は、新太が琴音から詩葉の世話係を任せられた場所。
琴音は改めて周囲に目を向け、既に生徒がいなくなっていることを確認すると、ようやく口を開いた。
「一つ、聞きたいんだけど……」
気まずそうに新太を見上げる琴音。
「昨日さ、詩葉が顔を真っ赤にして帰ってきたんだけど……何かあったの?」
「あ、あー……」
やっぱり何かあったんだと、絵に描いたように視線を泳がせる新太に、呆れたようにため息を吐く琴音。
「で、何をしたのかな? 家族のいない自宅に私の妹を連れ込んで」
「ちょ、人聞きの悪い言い方するなよな!? だ、大体家に来たいって言ったのは詩葉の方で……」
「で?」
「誘ってきたのも、詩葉の方で……」
「はぁ……」
「すみません……」
新太は何かいけないことをしたような気持ちになっていた。
別に、新太と琴音は元恋人であって、今はただの友人。
新太がその元恋人の妹と何をしようが、悪いことではない。しかし、襲い掛かる気まずさは圧倒的だ。
「まあ、いずれこうなるんじゃないかって思ってたけど……詩葉、可愛いもんね?」
「……」
「ロリコンめ」
「あの……怒ってらっしゃいますか……?」
曖昧な笑みを浮かべて、恐る恐る尋ねる新太。
琴音は「別に?」とジト目で睨んで答える。
「ただ、私の思ってた以上に詩葉が積極的だなって思っただけよ。もっと奥手だと思ってたから……」
琴音は横に垂れる黒髪を、指で巻き取って恥ずかしそうにしながら呟く。
「で、どうなのよ?」
「どうなの、とは?」
「だから……詩葉のこと、好きなのかって……」
琴音は今にも泣き出しそうな瞳をしていた。
新太はそんな琴音の表情を見て一瞬黙り込むが、嘘は吐けなかった。
「好き、なんだと思う」
「……そう」
琴音は新太に背を向けた。
そして、制服のブレザーのポケットからハンカチを取り出すと、新太に見えないように溢れかけた涙を拭う。
「ただ、こんなこと言って良いのかわからないが……」
新太は恥ずかしさを隠すために、口許を手で押さえながら言う。
「俺は、お前も好きなんだよ……」
「新太……?」
キョトンとした琴音が振り返る。
目元は若干赤く腫れていた。
「俺は、別れてからもずっとお前のことが好きだった。それは嘘じゃない。でも、こうして今、詩葉も好きだと思ってしまってる……あはは、クソ野郎だな俺……」
「ううん、新太はクソ野郎なんかじゃないよ?」
「えっ……?」
「だって、恋ってそういうものなんじゃないかな? 最終的に選ぶのは一人だとしても、好きになるのは一人とは限らないでしょ? 新太は変に誠実であろうとするから、複数人好きになることがいけないことって思っちゃうんだよ」
琴音はそっと新太の手を取ると、両手で包み込む。
「私、嬉しいよ? 新太がまだ私のことを好きでいてくれたこと……だって、私もずっと新太のことが好きだから」
「こ、琴音……」
「私、考えてたんだ。私達が“別れ”を選んだのは間違いじゃなかった……でも、正解でもなかったんじゃないかって。ううん、違う……正解とか間違いとかそんなの関係なくって……自分に正直になろうって思ったの!」
新太の手を包んだ琴音の両手に力が籠る。
「私は声優の道に進む。でも、新太のことも諦めたくない! 両立が出来ないかどうかなんで、やってみなきゃわからないからっ……私は──」
ドン、と琴音が新太の胸に飛び込んだ。
「たとえ相手が詩葉でも、負けられないの! 詩葉は私の大切で、可愛い妹だけど……新太だけは渡せない!」
力強く抱き付かれ、琴音の体温と身体の柔らかさをありありと感じる新太。
「覚悟しておいてね、新太? 私、本気だから……私しか見えなくしてあげる」
琴音はそう言うと、グイッと新太のネクタイを引っ張る。
情けなく「うおっ!?」と声を漏らして、身体を前に傾かせる新太。
そんな新太の唇に、琴音は自分の唇を押し当てた。
「──ッ!?」
不意のことに目を一杯に見開く新太。
その視界には、微かに目を細めて妖艶な微笑みを湛える琴音の顔があった。
キスは長かった────
新太の横顔に手を添えて、琴音は何度も甘えるように唇をついばむ。そして、これまで我慢していただけ濃厚なキスになった。
唇を離し、二人は互いの顔を確認する。
どちらも赤くなっていた。
「流石に学校だから……この先はお預けね?」
悪戯っぽく小首を傾げて、新太の胸にそっと手を当てる琴音。
「お預けって……お前は俺のご主人様か何かかよ?」
「さぁ、どうでしょう?」
クスクスと可笑しそうに笑う琴音。
付き合っていたときもこうやって振り回されたなと、少し懐かしく思う新太。
「私、そろそろ仕事だから行くわね?」
学校の鞄を肩に掛ける琴音。
そして、歩き出そうとして立ち止まり、新太に振り返る。
「新太、このあと詩葉の世話よね? ふふっ、気まずくなったらごめんなさい?」
「ほ、ホントだぞ……このあとどんな顔してアイツに会えば……」
新太の困ったような表情を見て満足したのか、琴音は一言「またね?」と言い残して、歩き出していった。
後に残された新太は、壁に背を預けて何となく天井を見上げて、目蓋を閉じた。
「ったく……どっちも可愛すぎるんだよ……」




