プロローグ
初夏の涼しい夜、その言葉を聞いて何を連想するだろうか?僕なら、そよ風によって奏でられる風鈴の音、縁側に座り食べるスイカ、そして、そんな中見る大きな花火を連想するんだ
そうだった昔に思わず憧れてしまう。
だけど、今はそうじゃない。
確かに今は初夏の夜だ。おまけに涼しい。しかし、窓は締め切られているので、そよ風を感じることは出来ない。風鈴は去年壊れてしまったものしかない。スイカはどうも人気で売り切れていたため、今家に無い。
なぜか物寂しい気持ちになってしまう。憧れとは現実から遠いところにあるのはよく分かる。だが、もちろんそれだけで僕の心の傷が成り立ってる訳では、ないんだ。
僕は今考えている。本当は、考えるような頭が痛くなりそうなことなんかしたくない。だけど、これは向き合う必要があることだと認識しているから、仕方なくそうしている。
―大体、こうなってしまったのは全部あのせいなんだ。それ以外に何が考え得るか?やってられねぇよ…あれ一つでこんなに悩まなければならないなんてさ…ああ、良いよなぁ、他の村長はきっと僕のような目には遭ってないだろうよ
とか僕が悩んでいると言うより文句を垂れている一方で魚は何食わぬ顔で水槽の中を一部の奴は楽そうに、また一部の奴は窮屈そうに泳ぎ回っている。「楽そうで何より…」と皮肉るかのように呟いてしまった。
はぁ…と深くため息をつく。こうすることにもちろん意味は無い。何も変わりはしない。分かってる。でも、自分の言いたいことを完結させるために、弱々しく、所々詰まりながら続ける。
「全く…こんな薬に頼っている僕なんかにさ、この村の村長なんて務まるのだろうか…」
気づいてみれば頼りないことに、僕は魚に向かって話していた。馬の耳に念仏ならぬ、魚の耳に文句、とでも言わないばかりに、魚は何食わぬ顔で泳いでいる。
―3週間前
今日はまだ梅雨で、昼はどしゃ降りだったが、夜には止んだ。それは良かったのだが、昼のどしゃ降りのせいで、土は湿り、独特な自然の臭いが漂っている。涼しいことはなく湿度が高いために、蒸し暑い。長時間居たいとはとても思えない日だな…これは…
こんな日に外を出歩く動物もほとんど居ない。居ても、カエルくらいだ。ちなみに、僕の村にカエルの住民はいないから、他に誰もいないことになる。
そんな夜、うつむき加減に、それでも一歩一歩確実に歩きながら、僕はある場所に向けて歩いていた。
「あー、蒸し暑い…じめっとして気分が悪いな…」
そう呟いてしまう。誰も返す相手がいなくても。その蒸し暑さは例えるなら暑いシャワーを出した後の風呂場のような…言い過ぎかもしれないが、僕にはそう感じられる。そのせいで僕の足取りは確実なものだとしても、徐々に気だるげなものになるのを避けられない。
―グシャッ…グジャッ…
どこか気味が悪い音が聞こえる。なんだと思って立ち止まるとその音はなくなっている。首を傾げるまでもなかった。
僕の足音か…これだから梅雨ってのは…
着いた頃には、足取りがとても重くなっていた。そんな自分が情けなくて思わず深いため息をついてしまう。ここは商店街、うおうお村は小さな村だが、商店街には店が充実している。連日住民で賑わっているような所だ。まあ、もちろん、今日はそんな事ないけど…
僕がやってきたのはデパートだ。ここの店長を務める双子のたぬき、まめきちとつぶきちは瓜二つで、かなり長い付き合いの僕でやっと見分けがつくレベルでよく似ている。昔、このデパートは小さな商店で、かなりボロめの木造建築だった、だが、村が発展していくにつれてどんどん規模が大きくなっていき、そして今、デパートとなったのだ。その様子を見ていた僕にとっては、我が子の成長のようにも感じられた。何様なんだって話だけど。
ちなみに、今は9時少し過ぎ。まあ、分かっていたけど、デパートは閉店の準備をしていた。まめきちが忙しげにガラガラガラとシャッターを降ろしている。
―あー、今日はまめきちだったかー…じゃないじゃない。忘れてはならない、わざわざ閉店後そして、人のあまり来ない雨の日をわざわざ選んでここにやってきた理由を
笑顔を作って、話しやすい雰囲気を作って、声のトーンを少し上げて、
「こんばんは、まめきち」
と挨拶を彼にする。すると、まめきちの手が止まる。彼は振り返って少し驚いた様子をしたが、すぐに調子を取り戻し、笑顔になって僕が期待した通りの答えをするのだ。
「こんばんは、ソラ村長。どうかしましただなも?」
これを待っていたんだ…自分から切り出すのはきまりが悪いものだから、こうなってくれると非常に楽なんだ。フゥ、っと深呼吸をして…さぁ、言うぞ…
「ああ…実は…そうなんだ…」
そのつもりはなかったが少し元気なさげになってしまう。やはり、僕の中でもまだ抵抗があるようだ。意は決したはずだ。でも、やはり、それが僕の弱さなんだろうな…とか関係の無いことを考えていると、まめきちは
「やはりそうですか…今から店の中で話をしましょう」
と答えたのだ。少々驚いたが、よく考えれば当たり前の話だった。前も言った通り、僕とまめきちつぶきちの付き合いは長い。昔から時々僕の相談相手になってくれた。
―本当に君は良い奴だよ…言わなくても僕の気持ちをわかってくれるんだから…
言葉にするのは恥ずかしくて気が引けてしまう、だからせめて心の中だけではそう強く感じていた。
「ああ、お願いするよ」
僕は短くそう答えた。そして、僕とまめきちは誰もいない静かなデパートの中へと入っていくのだった。
やはり、閉店後の店というのは静かなもので、非常に落ち着きがある。出来ることならここに住みたい…まあ、自分の家とどっちが良いのかなどと思いに耽っていると、まめきちが
「どうぞそこに腰をかけてだなも」
と言うので、お言葉に甘えて
「ありがとう」
と答える。まめきちの言う「そこ」には、社長が座るような椅子がある。え?これに本当に座っていいのか?
ゆっくりと腰を椅子に下ろす。
ーおー?この椅子は…かなり質がいいな。フイットする感じというか…こういう椅子に座るのっていいよね
などと思っていたら、向かい側にまめきちが座っており、いつもの笑顔を顔に浮かべて
「では…何があったんだなも?」
と尋ねてくる。ここまで来たら、もう後戻りは出来ないとわかっている。だから、ポジティブにも、待ってましたとばかりに堰を切って僕は話し始めるのだ。
「実はな…ずっと誰にも明かさないできたんだがな…僕はある事がきっかけで精神が弱くて…それで、今まではなんとかやってこれたのだが…最近少しずつ耐えられなくなってきてだな…そこでお願いがしたい。ここに、何か……かなり効き目のある精神安定剤はないか?」
言いきれた…と少し感動してしまう。こんなつまらないことで感動していたら、全米が泣いた映画などを見た時にどれだけ泣くのかが想像もつかない。ポジティブにはやろうと思ったものの、やはり、かなり勇気がいる行動だ。
そういや…今日しずえさんに明かす時もそうだったな。あの時もかなり緊張したけど、全て話すとしずえさんは僕の頭を撫でて
「そうだったんですね…よくここまで耐えましたよ。村長…私はあなたの味方ですよ…だから…このような悩みでもなんでも私に言ってくださいね」
と聖母みたいな優しさを持って接してくれたんだったな。僕はそれだけで心が癒された。こういう人に、僕はずっと会いたかったのかもしれない。僕の母さんのような何かを思わず感じてしまった…ああ、思い出すと"アレ"も思い出してしまった…やめよう…
しばらく沈黙が続いてしまう。こちらとしてもどんな言葉をこれ以上並べろというのだろう。一方、まめきちは別に驚いた様子でもなく少し考え込んでいる。
その様子を見て思わず、
いつもありがとう、そして、ごめんな
と思ってしまう。こんな悩み事ばかり話しているから、まめきちもつぶきちも、いや、この村にいる全ての動物は、何か僕にない素晴らしいものを持っている気がしてしまう。それを持ち合わせていない自分に少し失望といえば言い過ぎるが、未熟さを覚えてしまう。
思案に耽っていると、まめきちが口を開く。
「なるほど…そうだったんですね。ここまで言わずによく耐えてきましただなも。分かっただなも。今から少し在庫を確認してみます」
この瞬間、僕の心に浮き上がったのは2つだった。
―やはり、何らかの手で僕を助けてくれるんだな、話してよかった
という期待通りだったことに対する安堵と、
―ま…まめきち…本当にありがとう
という感謝の気持ちだった。
まめきちは店の奥へと入っていく。すると、その空間にはもちろん僕だけしかいなくなる。いつもなら、自分だけになると、どうしても拭えない不安に襲われるが、今は違うようだ。対処方法を考えてくれる安堵感と、何が出てくるのかという期待によって、そんなちっぽけなものなど払拭されたようだ。だから、その数分は短く感じられ、まめきちはすぐ戻ってきたのだ。
そして、まめきちは何かを机の上にコトっと置いた。よく見ると、目の前にひとつの薬がある。その名前をゆっくりと読み上げる。
「なりたいものになれる薬…?」
正直、何が起こったのかよく分からない。あれ?これ、関係あるの?精神安定じゃなくて…な、なりたいものに…なれる薬…?
そんな思いが頭の中をぐるぐる駆け回る。
混乱している僕に対してまめきちは
ふふん、と自信ありげに
「そうだなも!これはまさに村長の問題を解決出来るものだなも!これを飲んで精神が強い自分になりたいと思えばあなたの精神の弱さはなくなるはずだなも!」
と言うのだ。
…!!ああ!そういう事ね…理解がさすがにできたが…どういう原理でそうなるのか?
とはすごく疑問に思った。しかし、ここは頼んだ身だ、それは我慢した上で…
「これで僕の精神の弱さを改善できるのか…!なるほど、ありがとう、まめきち」
と答える。まめきちは
「村長のお役に立てて光栄ですよ」
と言う。
僕の悩みに答えた上で謙遜するなんて…本当に、まめきちは良い奴だよな…
見習わないとなぁ
すると、まめきちは急に真面目な顔をする。そして、こう言うのだ。
「これはかなり出回りが少ない商品なので、他の人に言ったりすることは避けてだなも。」
「ああ、分かったよ」
当たり前だと思う。こんなに良い対応をしてもらったのだから、そちらの条件の一つや二つくらいもちろん飲めるとも
「あとは…その薬は1錠あたり1週間効き目がありますよ」
「割と長いんだな…なるほど、まあ、何がともあれ、本当にありがとうな、まめきち」
「ええ。また何かあったらいつでも相談にいらしてください」
こうして、僕はまめきちから"なりたいものになれる薬"を貰ったんだ。行きではあんなにぶつくさ文句を垂れるほど酷く感じられたが、帰りには思いがけないほどに気楽に感じられた。
まるで重力が半分になったかのように
そして、今この状態に至っているんだ。初日はなんの躊躇いもなく、むしろ喜んで飲んだんだ。すると、まめきちの言う通り、次の日にはずっと元気なままいることが出来た。その時は本当に嬉しかったよ。なんせ、自分がこれまでずっと悩んできた事が解決したと思ったのだから。でも、それから1週間を過ごす間に薬を飲むことに対して少しずつ抵抗感を覚え始めていたんだ。もちろん、"飲めば"僕は元気でいられる。それでいいと思う。というか思いたい。でも、薬なしではやっていけない村長とは、弱々しいものだと感じられ、自責の念に駆られた。だから、次の週にはかなり飲むことを躊躇い、しばらく飲まずにいることにしたんだ。すると、薬の効果が切れた瞬間、感覚上の問題だが、急に世界が歪んだ気がした。目の前の魚たちがぐにゃりと歪み、もはやなんなのか分からない、いわゆる名状しがたいなにかに見えたんだ。そのあと冷静に考えて、あれは急に精神が弱くなったせいで、そのことに対する不安に圧倒されたのだと思う。そうなった以上、僕は薬は飲むことを余儀なくされたんだ。こうして、今までは元に戻るのが怖くてすぐに飲んでいたんだ。
だが、今は違うのだ。僕は再び躊躇い、薬を手の上で転がしている。
飲みたくない、飲んで自分が薬なしではやっていけない弱い人間だと認めたくない、でも、飲まないと僕はあの歪んだ世界にまた戻される…
などと悩んでいる、まさにその時だ。
薬は僕の手から落ちてしまったのだ。
「しまった!」
と自然に声が出ている。そして、直ぐに床を隅々まで探してみる。
しかし、探したところで、かなり小さな薬のため見つかることも無い。
落とした時点であの薬の運命は決まっていた。いや、もはや僕が薬を飲むことを躊躇った時点でこうなることは決まっていたか、どうでもいいや、探すのを諦めよう。そして、別の薬を取り出して、躊躇うことなくそれを飲み、ベッドに潜り込むことにした。
そして、ああ、やっぱり飲むしか無かったのか…と何かに負けた劣等感を噛み締めて眠りに誘われる。
ソラが寝静まった後、裏では大きな影が動き出す…
目を覚ましたソラが見たものとは…
次話「発端」
どうも、うおうお村村長そらです。楽しんでいただけたでしょうか?至らない点もあると思いますので、修正点や改善すべきところがありましたら、ぜひ送ってください。もちろん、面白かった、次の話が楽しみなどのコメントもよろしくお願いします。僕のやる気に繋がりますので(笑)
こちらもなるべく早く投稿しようと努力しますので、どうぞこれからもよろしくお願いします。




