ちょっとだけ……女の子 ②週末のシンデレラ・ステップ 続編 日曜日はエスカレーション
十和子と女装時の名前を考えてみた。
本名は大和というすっごく男らしい名前で、恥ずかしい。
とわこ、うーん、上品な素敵な響き~♡と、鏡の前でうっとりとする。
昨日の土曜日、彼女は完璧にパスできた。
その自信が、彼女?を日曜日の街へと連れ出したのだ。
だが、今日の目的地は、昨日よりも遥かに、遥かにハードルが高い。
――お気に入りのブランドの、フラッグシップ・ショップ。
ファッション誌で何度も何度も見た憧れの♪
彼女は、昨日と同じ深緑色のフレアスカートを揺らしながら、きらびやかなショップの自動ドアをくぐった。
心臓の鼓動が、アスファルトの振動よりも大きく響く。
(大丈夫……落ち着いて、十和子。昨日、あんなに褒められたじゃない)
だが、その自信は、お目当てのコスチュームの前に立った瞬間、霧散した。
「……あ。これ」
彼女?の目に留まったのは、今シーズンの新作。
シャンパンゴールドの薄い布地に透け感のある白いレースがあしらわれた、夢のように可愛いパフスリーブのブラウス。
それに合わせるための、さらに甘いシャンパーンゴールド色のタイトスカート。
セットアップとして合わせて着るとワンピースドレスのようだ。
「すごく、お似合いですよ」
背後から、柔らかい、でもどこか試すような声がした。
店員さんだ。十和子はビクリとして、反射的に声を殺して首を振る。
「……っ」
「サイズ、お持ちしましょうか? こちらのブラウス、ちょうど一点だけ、お客様のサイズに合いそうなものが……」
店員さんの視線が、十和子の全身を舐めるように動く。
(……え? サイズ? ……あっ!)
十和子は気づいた。このブラウス、女性用としてはかなりタイトだ。
彼女?は(普段は)サラリーマンだ。ふつうの男性だ、肩幅は女性より広い。
「……えっと……」
(ダメだ、声が……っ!)
焦りで、喉が詰まる。その一瞬の躊躇を、店員さんはどう捉えたのか。
「こちらのスカートも、セットでご試着いかがですか? ベルトでウエストを絞ると、さらにスタイルが強調されて素敵ですよ」
十和子は、店員さんの笑顔に、抗えなかった。
コクコクと、操り人形のように頷く。
(……どうしてこうなった……!? 試着室!? 男だとバレずに、このタイトな服が入るわけがない!)
彼女は、店員さんに案内され、小さな、あまりにも小さな試着室へと押し込まれた。
◇
試着室の中は、彼女の秘密を暴くための密室だった。
厚い、カーテン。そして、全身を映し出す鏡。
十和子は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
(……入るわけがない。肩幅で絶対に引っかかる……。もし、破ってしまったら? ……男だとバレたら?)
彼女?は、震える手で、緑色のスカートを脱いだ。
そして、恐る恐る、白いレースのブラウスを……。
「なんて……華奢で薄い生地なんだっ。破れそう。この繊細なレースやフリルも」
案の定、引っかかった。肩が、通らない。
(やっぱりだ……! 骨格が違うんだ……っ!)
十和子は、試着室の中で、自分の体の「男」の部分を突きつけられたような気がした。
だが、外からは……。
「……お客様? いかがですか? サイズ、合いましたでしょうか?」
店員さんの声だ。試着室のすぐ外にいる。
(……ひっ! どうしよう……! 『入りません』なんて言えない! 言うと声でバレる!)
女の子の声さえ出せたら。うん、今度、とっくんしよう、そうしよう。
十和子は、必死に肩をすぼめた。
(……入れ……! 入れ……っ!)
彼女?は、自分の体と、その憧れのコスチュームとの間で、格闘した。
汗が、メイクを崩さないか、冷や冷やする。
「……少し、きつくて……っ」
彼女は、極力高めの、ハスキーな声で、やっとの思いで絞り出した。
(……お願い、これで通じて……っ!)
「ああ、やっぱりそうですよね。こちらのブラウス、かなりタイトな作りなんです」
店員さんの声は、意外にも優しかった。
「でも、お客様のそのスタイルでしたら、こちらのサイズが一番綺麗に見えます。……カーテン、少し開けていただいてもよろしいですか? 私が、少し調整をお手伝いします」
(……調整!? 触られるの!?)
十和子は、絶体絶命だと思った。
(……もう、ダメだ。全てバレる……。男だと、ばれて、笑われる……)
彼女?は、震える手で、カーテンの端を掴んだ。
そして……。
「……あ」
店員さんは、カーテンの隙間から、十和子の姿を見た。
白いレースのブラウスが、肩をすぼめた十和子の体になんとか収まっている。
「……やっぱり」
店員さんは、小さく、でもはっきりと、微笑んだ。
「……すごく、お似合いです」
十羽子は、目を見開いた。
(……え? バレて、ない?)
「肩のラインが、すごく綺麗に出ています。女性用としては少し肩幅が広いとお感じになったかもしれませんが、それが逆に、このブラウスの魅力を引き立てています。……自信を持って、着こなしていただきたいです」
店員さんの言葉は、十和子の心を、温かく、そしてキュンと、満たした。
(……パス、できた。それだけじゃない。この店員さんは、私の『憧れ』を、認めてくれた……?)
試着室の鏡を見る。そこには、緊張で頬を赤らめながら、でも、白いレースとシャンパンゴールドのドレスに身を包んだ、可憐な少女がいた。
「……ありがとう、ございます……っ」
十和子は、今度はしっかりと、彼女?の声で、微笑んだ。ハスキーだけど、女の子のようなトーンだった。




