喫茶店は営業中です -日常 その に-
お店に入る陽も少し広く、そして弱めになってきた夕方近くのそんな時間。
おもむろに増える店員…いやバイト。
状況的に、絶対いらなそうな4人目であるが、そうではない。
むしろカフェの体裁を一任されてるレベルの想さんより重要度は高い。
そんな学生バイト、名前を、棋律玲。
バイト代が余計になることよりなにより、この、学生であること、地元意識と知識の強さ、若さ。
これの強さ、メリットは計り知れない。
ニーズ把握と宣伝を、無料で確実にできるのだ。
しかも学生目線。
やろうとしても世代が違うと、その、ズレが致命的になる、あれだ。
ジェネレーションギャップとか何とかいう、そういうの。
特に、世の流行りに関しては、彼女以外に必要と言われてなお関心が誰も向かない。
頼るほかはない。
貴重である。
そのうえ彼女自身の力により、固定客という存在がこの店にできたことと、商店街組合と接点が持てた事実まである。
極めて貴重である。
「ブラバンくるから、散ってるお客増えそうなら予約席のプレートさ、カウンター近くに固めて置いといてね」
「玲ちゃんやらないの?」
「…店長…?」
そう言った、棋律玲の目。
羽輝を明らかに威嚇というか、見下すというか…。
「来るんですよ腹をすかせた夕食前の学生どもが…!」
「…どもって言った?」
「うちに何があります?買われないパンと自分たちで食べる冷食とフリーズドライのスープだけだよ、うちのバックヤード!」
「…あの、客に聞こえないところでそれ言えないものかな…」
「あの、ちょっと聞き捨てならないんですけど、私が作ったの買われないサンドイッチって言いましたか?」
「メニューに出せば売れるんだよ!? 安い出来合いのドリアでもさ! 見せれば雰囲気代と手間賃が現金でさぁ!」
「あの、雰囲気…というか、空気…今のこれ…なんだけどさ…よくなくない?」
「金なんだよ金! 必要なんだろう金! 経営をせめてトントンにするにも必要なのはひとつしかないだろ! 私にだっているんだよ金! 金が!」
「ひょっとして泣かせようとしてる?」
「攻められるときに攻めて稼いでおく精神が必要だよなぁ!」
「それはそう」
途中から入ってきた想さんが、とばっちりで傷つきつつも賛同している。
店長、阿田葉羽輝は、全体的にダメージを受けながら店内の数少ない客へのイメージを心配し続ける。
店を大事にしたいという気持ちがありそうな雰囲気はともかく、誰一人幸せを感じないこの空気。
「…なわけで、スーパーで総菜パーティセットの割引見てからギョムスいってくるので」
「うちのメイド服で!?」
「バイト時間の業務で買い出しするんだから、そりゃそうでしょ」
「安いもの狙いに近所回っている店って噂が立ったりしないそれ!? 大丈夫?」
「宣伝のほうが大事ですし、私のバイト代はもっと重要なんです! 金です金!」
もはや止められるような勢いでないことは、羽輝も当然わかっている。
…いるが。
「領収書は頼むから忘れてこないでね…」
「合点!」
いくらかかったのか伝えられないことが何度かあったので、念を押す。
冷蔵庫の中に誰が支払ったのかわからないものが未だにあるのが、ホラー領域につま先入るくらいに怖い。
頼むから、もう勘弁してほしいところだ。
「あ! そうだ忘れてた!!」
「なにぃこんどなにぃ!?」
玲が飛び出してから物の数分で、同じ勢いで戻ってきたのを見て、少し悲鳴のようなものが出る羽輝。
「今日! あのゲームの勝利者インタビューやるの言ってたよねえ!?」
「……いや……?」
「あるからね! 19時からだからネットにちゃんと入ってアバターのログインしといて!」
「ウソでしょ!?」
「いや店の公式アドレスに連絡来てたのなんで店長が知らないの!」
「そんなスマホ通知以外のところ頻繁に見ないし」
「「それは見ろ」」
「とにかく!10万単位の視聴者いるとこを宣伝しないなんて無駄なことできませんからね!絶対出席するように!」
投げ捨てのように言い、飛び出していく玲。
言われた確認は必要だが、その前に、いなくなった安堵が先に来るのは、店長からするとしかたない。
「そーれーと!」
「なにい!? もう勘弁!」
「コンベックオーブン余熱5分! しといてください」
「…ハイ」
強い玲と立ち直りが遅い店長。
言うにも及ばず、言われたことは忘れて怒られた。
で。
ゲームの側の話となるが…あの後。
羽輝が行った先日のゲームのその直後。
射撃精度がゲームにあっていいものではないとチート疑惑までついて荒れかけたので結果の発表は調査するという話で順延。
調査結果と審議、勝利者発表と勝利者インタビューを同時に行うという運びとなった。
それ以外でも、人数制限なしフリー対戦10勝の権利である30秒店舗アピールタイムが存在するので、疑惑が是でも非でもそのうち呼ばれる機会はあった。
詳細は不明。
何とも言えない空気である。
たぶん、連絡を受けた直後ならそれに関してすり合わせは出来たはずなのだが…。
そうしてやってきた、その時。
割引の揚げ物盛り合わせセットをスーパーで仕入れて器を入れ替えて、学生相手に悪い儲けをちょびちょび上げたあとのメイドカフェ。
それでもフライヤー再加熱など、気をつかってはいるので、バレたりはしないで不評は免れた感じはする。
店自体は営業中だが特に客の影はないので、生放送に店員のほとんどが集まってきた状況に、店長もちょっと怯えがある。
インタビューもろもろはVR投影画面の中で行うので、環境構築された店の奥で直接受けることができる。
「悪く転んでもアピールタイムがあるかもだから、ちゃんとお店のいいところ言ってくださいね!」
「…なんかある?」
「お前本当に店長なのか!?」
「そんなこと言われても、台本ないとこっちも困るわけよ!」
「なら…ほら、安さと…あとなんだろ…あーパン! あのサンドイッチはうちのオリジナルで味はいいって話なんだから、宣伝しよう!」
「なるほど!」
「注文が多くなっても数増やせないけどいいのかな…」
「大丈夫、急にこれだけで客は増えない!」
「それはそれでちょっち悲しいけど!」
問題があるからと言って、カンペ作成などの手段は特に取らない、みなと喫茶の面々。
そのまま、中継は始まった。
『はぁい!皆様今日もお集まりいただきまして! こんなにうれしいことはわたくし初めてでございます! 今日の中で!!』
司会の大声が今日も同じ調子でスピーカーから流れる。
『それでは今日のスケジュールの試合の前に、先日の、いわば疑惑の試合として流れている例の試合の調査結果を!! 皆様に発表する機会をいただきたい! よろしいでしょうか!?』
特に反応を待っているわけではないが、言うのはまぁ、義務といったところなのだろう。
『今我々が行っておりますゲーム、これは過去の人気fpsをサービス終了後買い上げてスキン改造などを行ったものであるのは、周知でございます!』
知らなかった、というか、何なのかも知らなかったのがみなと喫茶の面々。
理解も当然していない。
『機能改修などを行い、今のこのVR-FPSシステムにしたわけなのですが、ここで、操作方法なども今と過去では違うこと、これが今回とても皆様の話題とも! なりました!!』
わからない話題であるが、そうらしい。
『そこで、この当事者にして勝者! 阿田葉羽輝さんの登場となるわけですが!! ずばり! あのスーパーテクニックはどんな機材で!?』
「!?」
急に登場し、打ち合わせなしの羽輝は、当然一瞬固まる。
そして。
「あ、その、モーショントレースハンドコンずっと使ってるんですけど…こんなふうで」
チャキ、チャキ…。
アバターはゲームでやっている設定と同じなので、サクサク腕でポーズをしてみる。
『今、モード変えますのであちらの的に向かって、ちょっと試していただいても、可能ならよろしいですか?』
「ほい」
言われるまま、まぁ疑問もなく羽輝が指定されたものをポンポンとターゲットして打って当てる。
そのまま、ちょっとだけ間が開く。
その間に、リアルタイムで流れていく反応の視聴者コメントが、見る見る間に驚きに変わるのがわかった。
『そういう!!こと!!ですねえぇぇぇぇ!!』
しばらく反応を待っていたように司会が叫ぶ。
『見てますよね皆さん? 今の、急なこの提案で出したの、銃特性は反映してませんがすべて100m超えてるんですよターゲット…完全命中をこの片手間です!!』
なにいってんだ?
羽輝は冷ややかに、ただ言われたことをしている程度だが興奮している奴がいる、と言う反応。
『システム的には、本当にドットのレベルでは可能ではあって、ブレ補正が銃にあるので実質不可能ではないかという指摘!!!色々な方にいただきました!』
羽輝は、動いてみたものの、何一つわかっていないので棒立ちしているままだが、ネット上では何かが変わっている模様。
『ただし、このモーションコンは追加機能なのでそのもののブレ補正はない!しかしそれより数万倍、実際腕で固定するほうが奇跡に近い!これが我々公式の回答になるわけであり!!さらに!これは当人の腕でやり遂げた実証なのを確認しております!つまりぃぃぃ!!!』
司会は、そのままテンションぶちあがり。
視聴者たちも、ある程度それに呼応しているものと思われる。
みなと倉庫喫茶では、誰一人理解していないので、この空気差はいかんともしがたいが。
『彼女自身が実銃の扱いでこうできるほどの稀代の才覚を持ち、ゲームはこれを受け入れるしかない! 設定認証の時点で誤差修正や疑似入力は、株式会社環腕スマートシステムメガジェットのお墨付きで!あり得ない確認も出来ているということに!なります!!』
どういうことなのか。
平たく言うと、ゲームの元々の機能には、モーションを使うコントローラーの設定がなかった。
それを追加したのだが、使う人も少なくバグ報告などはなかった。
そこに、羽輝がそのコントローラーを採用して使用。
ゲーム的には存在する、射撃反動や照準ずれ手ブレの設定がそのコントロール方では全く起きない仕様が発生していた。
ただ、それはモーションを採用しているからには手の動きがもろに反映されているわけで、無いほうが正しい気もする。
何より、コントローラーやマウスで多少はある照準アシスト機能もないので、難易度はモーション取り込みコントロールのほうが高いんじゃないの、というお話。
阿田葉羽輝は、そもそもハンデ込みにも見える手段であれをやってのけたのだと、公式が言い出したのである。
その結果。
空気に飲まれた視聴者たちは……。
『でしょう!? すごいでしょう!?』
どうやら勝負あったらしい。
みなさん、すごい、やべえの大合唱。
一気に、チートを疑う空気から反転。
奇跡のプレイヤー阿田葉羽輝への喝采が今になってやっと起きる。
みなと倉庫喫茶にとっての、すべての想定からしても最良の結果であった。
”すげえマジで?”
”うおおおおおおおおおお”
”やべえもの見てたんだな俺たち”
”人間かよwwww”
”ぱんつみせて”
”うおおおおおおおおおお”
投げかけられる言葉が称賛なのか把握しにくいものはたくさんあるが、とりあえず今は心地いい。
『…ということで!!!大いに盛り上がっているこの時間をもう少しだけお借りして!!みなと喫茶さんの10勝の権利であるアピールタイム!一緒に行っちゃいますう!!?』
きた。
本番前、直前に、ちょっとだけ打ち合わせをした。
(いいかい、うちには無いんだ、特別うまい特製オムライスも、コラボドリンクも、何も)
(じゃあこういう時何アピールしたらいいのさ!?)
(しょうがないから、今はあの想ちゃんさんのパンを名物にしよう!手間かけてるように見えるのアレしかない!)
(そ、そか)
(いやコーヒーのブレンドもちゃんとしてるけど…)
(値段的に採算ギリギリとは聞いてるけど、それでも大手の値段に勝てないというのはアピールにならないんだ残念ながら)
(だから店のギリギリを切実に訴えるよりパンですよやっぱり!)
(しょうがないな…)
そんなやりとりがあった。
『ではどうぞ!!!!』
「は、はい!!みなと倉庫喫茶の店主です!!」
パンだぞ!忘れるな!がんばれ!
リアルな横からそんな声もする。
「うちは大きくないですが…ええと…」
秒数が自分の横に見える…。
こんな時に焦らせる要素をさらに追加するのは勘弁してほしい、さらに焦る。
阿田葉羽輝は、最高にいっぱいいっぱいになっていた。
そして。
あと5秒。
パンと言えという圧力を感じる。
それだけは覚えている。
「パ…」
『なんだなんだ!?』
「…パンチラギリギリでやってます!!!」
「やめてやろうかこんな店!」
『…あ……ありがとう!では本日の試合スケジュールに移ります…』
横の応援が罵声に変わり、空気的にも微妙にアピールタイムは終わりを告げた。
棋律玲との、当日の会話はそれから特に全くなかった……。
そして翌日。
ちょっとだけ客が増えた。
「…見せてやれよ店長、お前の予告したぎりぎりをさ…」
「…くたばれ人類…!」
「お客さんの前!」
店長としての責任は、恥に勝ることを涙ながらに噛みしめる阿田葉羽輝だった。
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