喫茶店は営業中です -日常 そのいち-
「おはよぉ…みなと入郎、今日もごくろうさぁん」
朝7時。
阿田葉羽輝の朝はそこそこ早い。
お店の二階に住み込んで、寝巻のまま外で歯磨き。
飼っているわけではないが、いつも店の入り口のど真ん中に座っている白猫がいる。
開店の頃には屋根なのかどこなのか移動しているが、朝はすごい確実にいる。
なので縁起物としてそのままにして、付いた名前は、みなと入郎。
エサも置いてみたりしたが、割とストイックな性格らしく食べたことはない。
ちなみに命名は羽輝である。
従業員の儚樹想からは、あまりにあまりということで裏で見つけた黒猫の命名権ははく奪され、別の横文字の名前を付けられた。
これで一度店がつぶれる寸前程度の大喧嘩があったりしたが、些細なことだろう。
「入郎は毎日えらいねぇ…うちのは何もしないんだよ?」
ニャー、と軽い鳴き声一つ。
たまに受け答えで鳴いてくれる。
ほぼ不定期だが。
「…今日は、大福とドーナツだけでいいんだっけ?」
何気なく入郎に確認するしぐさだけしてみる。
入郎は鳴くわけもなく答えるわけもなく、知るわけももちろんないが、近くの廃線になっている線路を結構なめるように見る時がある。
「あ、そうだパンも今日ないんだわ」
ふと思い出す。
「だと急がないと!」
店の前でおもむろにパジャマを脱いで準備する羽輝。
順番を思い出して赤い顔で部屋に戻る羽輝。
締めに、自慢の電動スクーターで飛び出す羽輝。
バッグに入れた買い物票を手に、主に普通に早朝に開いているお菓子屋さんを回るだけだが…。
一応、これでもご町内のとびきりうまい老舗の名物をかき集めているのである。
自分と、知り合いの奇跡の舌を持つ(らしい)謎の商工会の人の選りすぐりなので、問題は絶対ない。
味に自信があるものをたくさん見回って集めたので調理はほぼ一切なしで出すのだけど。
じゃあ、このお店いる?
「…奇麗な厨房は、お店の美点じゃん?」
割と自分で悩むことはある要素のようだ。
ちなみにクリーム添えなどの加味する要素は多少あり。
そこにコーヒーや紅茶のセットと雰囲気を提供するだけという体裁なのがここ、みなと倉庫喫茶。
昔のレンガ倉庫を改装したという独自性が、ほぼ唯一の売り。
繰り返すようだが調理はほとんどない。
なぜならガスが止まってるので加熱調理は本当に一切ない。
……切ない。
サイフォンはガス直接は使わないし、紅茶などのホットドリンクは電気ポットなので、割と何とかなるのも悪い。
ちなみにスープはフリーズドライです。
こんなので店の客足は悪く、なんとかを考えた結果、安易にメイドカフェを取り入れました。
オムライスはないです。
つまりメイドカフェはぶっちゃけると、服だけです。
少ないお客さんのニーズ的には、直接的には今まで求められてはいないし……。
ホントウデスヨ。
「これで全部、と」
お菓子屋巡り…ではなく、仕入れは毎度のことなので、数十分で完了。
店によっては地域振興のためと少し無理を言って取り置きしてもらう店もあるが、今日のところはそれもなし。
スムーズ極まる仕入れだった。
「羽輝ちゃんさんおはよ~、鍵開けてぇ」
「はやいはやい!早すぎだよ想さん!」
「早めじゃないとコーヒー出すのに朝一の人どんだけ待たすことになるのよぉ」
「……いねぇよそんな客……」
「さみしいこと言うなよ……」
仕入れから戻った時すでに開店準備のために店の前まで来ている彼女の名は、儚樹想。
経理と店内作業兼務でしかもバイト(社員契約なしで低時給)という都合のいい雇用形態で、この人だけは真面目だ。
だから店のコーヒー豆や紅茶を毎週結構な量持ち帰っていることに関しては絶対に責め立てない。
むしろ言えない。
現状、店でまともに機器を使って豆のブレンドをしたり紅茶を淹れられるのが彼女しかいないのだから。
お湯の温度や紅茶のブレンド割合も、けっこうこだわりがあるらしい。
店長、そこはさっぱりわかりません。
「…と、いうよりね…開店30分前に全く無人の上に仕込みはありませんは、飲食店としてどうなのよ実際」
「そこはまぁ、店としちゃ何とかなってるから問題はないかもっていうか…」
「なってるところはまず赤字じゃないんだよ……」
「「…やめよっかこの話…」」
本格的に凹む方向は、開店前にすべきではない。
お互いの合意である。
「それと、チャイムで出ないってことは、夢乃ちゃん寝てるよね、まだ」
「……はい」
「シャワーくらい浴びてから出社させなさい」
「わかりますその意見」
「ホントもう…もぉちょっと経営者にはちゃんと管理してほしいわよねぇ、シュッツェンスヴェントヴィットー?」
「凄い名前つけようとしないで想さん、あとその子は猫違いです」
「ほんとだ色がちょっと違う」
「すぐ開けますから、とりあえずカウンターはお任せしますね」
「今日も~が抜けてるよねぇ~」
「アッハイ」
バイト一人の勤務開始を確認。
いつも通りに叱られる。
店のドアのカギをあけて、すぐハイスピードで羽輝は裏口から入り寝泊り用の二階へ。
「起きろォ!!いつまで寝る気だ働けェ!!!!」
「…もぉたべられないよぉー」
「時代に取り残されたレベルの定番ネタやめろ!!」
パイプベッドから半分ずり落ちた女の子に罵声を浴びせる仕事。
これも毎度である。
この寝ている彼女が、同居人にして住み込みバイトの、椎名姫乃。
店の中で行き倒れになっていたのを、お金がないらしいという理由で雇った同僚その二である。
ハーフっぽいのだけど住民票は取り寄せられて日本の人だった模様。
その一方で住むところはないからと、そのまま期間未定でバイトとして雇っている。
色々噛み合わない何かを感じるが、本人希望だから、あえて何も言うまい。
その、雇用者から見ると存在そのものが胡散臭…いや都合がいいだけの、その姫乃。
それを抱えて風呂に運ぶ。
この人、戸籍だと一番店で年上なんだけどな。
心の中では冷えた空気を持ちつつ、それを温めに行くかのように上着をはぎ取ってお風呂場に。
もちろん古い倉庫なので、そんなものは元々ない。
ユニットバスを父の知り合いのリフォーム業者に頼み込み五万という格安で買えたので、物置に目張りと排水だけ頑張ってぶちこんで使用している。
お湯が恋しくなったら近くの銭湯に行く必要があるが。
「ハイスイッチオン」
「………うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
さすがに水道水そのままの冷水は浴びせない。
浴槽に置いて、羽輝が朝に使った後のお湯…のぬるくなったのをシャワーでぶっかけているだけだ。
機嫌が悪い時しかしない、ホントウダヨ。
「おはようございますは?」
「オハヨウゴザイマス」
「お着替えは出来るかなぁ? 姫乃ちゃぁん」
「おねがいです、たべものをください」
「髪だけでも洗って、体ふいて、それからだよねぇいつも」
「たべたいよぉ~」
「あー肌ケアと髪乾かすのも私がやってるから、それだけじゃないねぇ…手間がかかるねえこの子は」
ごろごろごろ。
喉のあたりをくすぐると喉を鳴らして大人しくなる。
おそらくは、すべてが人間に対する対応としてあるべきでない……が、互いに納得しての行為なので不問。
不問でいいと思います。
「はい、息止めてー」
言うが早いか、羽輝がポケットに入っていた駄菓子を姫乃にシュート。
慣れたように、すんなり、息を止めながら口をもぐもぐ。
その間にシャンプー、ボディソープを投入。
片手で髪を洗いながらもう片手で体中をまさぐるようスポンジで姫乃を洗浄。
家族や同居人というよりペ……。
いや、当人間でその関係には近くは感じてはいないはず。
微妙ながら。
「流すよー」
軽く顔と頭を流し、口にシャンプーなどが流れ込まないよう多少注意し、もう一度駄菓子を投入。
息を止めたところにぬるま湯をまた流し洗う。
「たりなぁい」
「はーい体ふいてオイルとコロンちゃんと塗ったら、うちのサンドイッチ食べていいからねぇ」
「たのしみなんだぁ」
食べられる確実性が伝わると、素直である。
「ちょっと!開店時間なんですけど!!」
「いいんだよ昼まで客なんて来ないよ!」
「外に聞こえる形でそれ店長が言わないでくれる!?」
「もうしわけない!」
想さんは、とてもまじめである。
見習えないが見習いたい。
「…開店してるんだけどなぁ…」
そうしてそれから、さらに数十分。
「からあげ…んまんま…からあげすき…」
「全部はだめだよー?」
「がっかりい」
「食べる気だったんかい!」
「ナノハナの食べ物はおいしいんだよ~」
「想だよぉ?使い分けてねぇ?」
この店で唯一料理らしい料理、唐揚げ卵サンド。
ここの食材と儚樹想の自宅で製造される個数限定メニューである。
個数は、標準は10であるが姫乃の食べる数によって減ったりする。
店員にとっては人気のメニューである。
そんな人気のメニューをカウンターの内側で頬張りながら、ドライヤーで髪を乾かしてもらうバイト。
それを毎度やってバイトの見栄えを整える店長。
逆では?
いやまぁ、順も逆もなく店内でやるなという話ですけど。
「…もし今、お客さんが来たらどう対応するのこれ…」
「いやまぁね、店員さんに清潔感や整えた感じ出す努力してますアピールは、ちゃーんと見せたほうが客の印象良く…」
「ならねぇよ?」
目がちょっとマジな想さん、こわい。
もうちょっと神経を逆なでしない、配慮ある対応がいる気配にちょっと腰が引けてくる羽輝。
「開店に合わせてくる客がこれからいる可能性という話であれば、可能性はあるわけだから、それを前提にした準備を段々でいいからできるようにですねぇ……」
「だ、だぁよねぇ、そうそう、わかってるわかってる、わかってるからあとで聞くよ」
「物言いが狸ロボットに将来いじられたやつのそれなんよ」
「そんなのないよオモえもぉん」
「誰!」
その楽し気な会話を横目に、サンドイッチがまた一つ減っていく。
朝食になるか夕食になるかの違いでしかない現状から、これも変わるといいのだが…。
「はいはい、姫乃ちゃん、肌ケア肌ケア」
「これでメイドカフェらしさ、今日も大体できたねーよかったねー」
髪も乾いて整えて、続いて想さんが軽くスキンケアとメイクを姫乃に施し、メイド店員全員それなりに接客モードに。
いつもの。
正しくいつもの調子のままなので、そうしたころにやっとお客もやってくる。
「いらっしゃいませー」
背に腹は代えられないので、実質持ち込み可の喫茶店になりつつあり、近所の憩いの場でコーヒーやお茶を出す店のような扱いの、このメイドカフェの姿。
これではそりゃもうからない。
新しい需要を得ようとメイドを追加したが、まったくその必要を求められてはいない。
そのうち、変わるのだろうか…。
そういった緩い空気で、そのまま昼下がりまで数人のお客を迎えては、メニューが開かれもせず衣装もスルーで注文を受けては流すメイドカフェ。
どう見ても、この三人ですら多いくらいの忙しさ。
「おいよぉ~! 常連は増えましたか諸君」
「「いつも通りでーす」」
そして、そんなセリフとともに元気に入ってくる学生服のメガネ。
夕方近くまで、この緩み切った店内にあって、急にもたらされる微量の賑やかさ。
何事もないくらいのまま、要は学校の下校時間過ぎになったということである。
「今から入っていいんだよね?」
「いいよぉ」
「あいぅい、じゃあ出勤シートにマークしてきまっす」
さらに増えるバイト。
ゲームの中ではザッソウで呼ばれていた彼女。
これでメンバーがそろった、と言うことだ。
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