第20話 結んで開いて
――じゃあね。
そう聞こえた気がした時には目の前に誰も居なくなっていた。
ゲームマスターを名乗る女性も、レジェクエ世界の俺達も、まるで初めからそこに居なかったかのように姿形を消していた。そして、今の今まで彼等がいた場所には青々とした木の葉が当てもなく揺れ落ち、彼等を運び終えた風が一仕事を終えたかのように俺達の横をそよそよと通り過ぎていた。
「八千代さん達どこに行ったんだろうね」
八千代さん達が居た場所を呆然と眺めながらトトが言った。トトの髪は今しがたの風でぼさぼさに乱れていた。普段はこれでもかという位に綺麗に整えられているというのに、今はそれを直そうとする素振りも見えない。
「さぁ、どこか寒い所なんだろう。あんなに厚着してたし。それより、凄い髪型になってるぞ」
気の抜けたトトの横顔を少しばかり観察してから声をかけた。トトは何かを考えているのかいないのか、しきりに手のひらが開いたり結ばれたりしていた。
「あはは、イヨ君もボサボサだよ」
少し間が空いてこちらを見たトトは笑いながらそう言った。
「……そっか、あともう少しだけ一緒に冒険が出来るんだね」
独り言のように言うトトの表情に不安や戸惑いという感情は読み取れなかった。どちらかというと、ゲームを始めたばかりのプレイヤーのような、希望に満ち溢れた瞳の輝きがそこにはあった。
「危ない事はしないからな、絶対に」
自分にも言い聞かせるようにはっきりと言葉にした。恐らくトトは先程の出来事を断片的にしか覚えていないのだろう。当の俺だって頭の中ではまだ理解が追いついていなかった。だけど、俺達は確かに殺されかけていた。この仮想世界で現実に死にかけていたんだ。
「ひとまず予定通りルトの村に行こう。あそこなら安全なはずだし、ゆっくり八千代さん達を待てるだろうから。歩けるか、トト」
この世界で俺達の死がどんな意味を持つのかは分からない。だけど、仮に何度生き返る事が出来たって死にたくはないし殺されたくもない。ましてやトトを危険な目に遭わせるなんてのは絶対に許されない。
「うん、もうバッチリ。ノノちゃんの魔法のおかげかな。それにしても凄かったよね、ゲームの中の私達。回復魔法に移動魔法も簡単に使っちゃってさ。びっくりしたよ」
「たしかに凄かったな。傍から見ると、俺達ってあんな感じだったんだな」
「シェル君は昔のイヨ君みたいだったよ」
「どういう意味だよそれ」
あの二人に関しても気になる事ばかりだった。
俺達の前で話をしている二人は本当に俺とトト自身のようだった。見た目はともかく性格まで俺達そっくりだったのだ。そして、それとは別に自分自身の意志をも持ち合わせているような。
――ゲームの中のあなたでも間違いないとは思うけど、ただの私でもある。
ノノはそう言っていた。
あなたでもあるし私でもある。つまりはこういう事なのだろう。しかし、良く分からないものをいくら噛み砕いた所で、結局は多少飲込みやすくなった良く分からないものが出来上がるだけであった。
「イヨ君、イヨ君―?、おーい、聞こえてますかー? イーヨくーん、おおーい」
いつからかトトが俺のシャツの裾を激しく引っ張っり、喚いていた。
「あぁ、悪い、考え事してた」
「もー、イヨ君はホントに……。そんなんじゃこの先が思いやられるよ。まったく」
ぶつくさと文句を言いながらもトトは歩き始めていた。その足取りはつんけんとした口ぶりとは正反対に軽快そのものだ。
「ねぇイヨ君、ルトの村まであとどれくらいかな?」
トトがくるりと振り返る。
「さぁ、どれくらいだろうな。でもまぁ、ゆっくり進んでも夕方には着くんじゃないか」
俺はトトに適当に答えてから気怠い両足を再び動かし始めた。
随分と道を外れてしまっている。まずはルトの村までの順路に戻ってそれからだ。
第二章『ゲームの世界へ』 完!




