表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第十一章 豊臣の中で (副題: やり過ぎた男)
PR
69/83

1592-1 銅鑼

<1592年 2月上旬>


 関白就任式が間近に迫ったこの日、豊臣秀次は豊臣秀吉から呼び出しを受けていた。

 なんでも天下人の心得についての直々の講義だそうだ。


 豊臣秀吉との面談を終えた豊臣秀次は、すぐに家老衆を招集する。

 現在の豊臣秀次付きの家老は七名。


 豊臣秀次が三好家で養育されていた頃から側近くに仕える、秀次の乳父の白江成定。

 近江出身で小谷城主時代の豊臣秀吉に仕え、大阪の陣で活躍した木村重成の父親として有名な木村重茲。

 若狭出身の丹羽長秀の旧臣で、後年の豊臣秀次の謀反騒ぎの際に挙兵を進言した武断派の熊谷直澄。

 先に豊臣秀次の家老を務めて小田原戦役で討死した一柳直末の従兄弟の一柳可遊。

 織田信長の馬廻衆出身で、桶狭間の戦いに今川義元に一番槍を付けた豪の者の服部一忠。

 近江出身の柴田勝豊の旧臣で、豊臣秀次謀反事件で唯一連座しなかった要注意人物の徳永寿昌。

 そして最後の一人はこの俺、二階堂盛義となる。


 四十代前半から五十代前半までの知見豊富なベテランで固められている。

 その集まった俺たち七名を前にして、若干お疲れ気味の豊臣秀次が一枚の書状を広げてきた。

 豊臣秀吉の花押が入っている。


「この五ヶ条の訓戒を私自ら家老の皆に読み聞かせるように、との義父上からのご命令である」


 第一条から第四条までは一般的な為政者の心構え。

 そして最後の第五条目にはプライベートの振る舞い方について書かれてある。

 茶の湯や鷹狩りは少々なら楽しんでも良いが、女遊びは見えないところでやりなさい。

 要するに儂を見習うなとの、ありがたい豊臣秀吉のお言葉である。


「私は義父上の前でこの五ヶ条の遵守を天地神明に誓った。そなたらには私がこの五ヶ条を守れるよう、よろしく補佐してもらいたい」


「「「「「「「ははー」」」」」」」


 七人揃って頭を下げる。


 ただ話はそれだけでは無かった。

 秀次が続ける。


「この五ヶ条の他に新たな難題を伯父上に与えられてしまった。奥羽鎮守府に関わる話よ」


 鎮守府将軍の伊達政宗の側室猫御前が、三ヶ月前に政宗の庶長子となる兵五郎を仙台で出産している。

 その事を聞きつけた豊臣秀吉は、唐入りが始まった今の状況下では人質として伊達秀雄は不足とし、兵五郎もしくは正室の愛姫の上洛を求めたのだ。

 新関白の権威付けの一環として、豊臣秀次の名前の下に奥羽鎮守府との交渉を行うよう命じてきた。


「成定らは関白就任式や行幸の準備で手が回るまい。重茲らも出兵の準備で忙しかろう。この件は左京亮、そなたに一任したいがどうだろうか?」


 間近に迫った関白就任と、それに伴う朝廷の様々な儀式。

 さらに豊臣政権下で二回目となる天皇の聚楽第行幸。

 諸法度の発布に、関白就任式の半年後に予定されている初の改元。

 そして新関白の軍勢として唐入りに参加する木村重茲、服部一忠、徳永寿昌らの出兵準備。

 これら全てを並行して進めねばならず、皆がてんてこ舞いであった。


 この忙しい状況下で、勝手知ったる俺を交渉の窓口に立てるのは、確かに理に適っている。

 謹んで拝命しようとして、その瞬間思考に閃きが走る。


「承りま・・・」


 頭を下げる途中で思わずピタリと動きを止めてしまった俺に、困惑する皆。


 得た天啓を元に、実現性の高い策を光速で立案。


「如何なされた、左京亮殿」


 白江成定の声に再起動。


「失礼。承りましたが、鎮守府将軍は徳川家康殿との扱いの差に、きっと不平を述べて来るでしょう」


 関東に移封された徳川家康は、これまで豊臣家に人質に出していた長男秀康が結城家の名跡を継いだ後、新たな人質を用意していない。

 築山殿を討った後に決まった正室を置いてなかったこともあり、他の豊臣政権下の大名たちと違って妻を上洛させていないのだ。

 徳川家康への信頼の情を表すため、豊臣秀吉もこれを許容していた。

 徳川家康以上の勢力を誇る伊達政宗が同待遇を求めるのは、自然な成り行きと言えよう。


「唐入りが間近の大事なこの時期に奥羽鎮守府とのいざこざが有っては一大事。そこで交渉を円滑に進めるための策を思い付きました。秀次様には是非この策をご許可頂きたい」


「ほう、どのような策だ」


 結論から先に言う。


「秀次様の姫、お美屋様を伊達家に嫁がせましょう。伊達秀雄殿とは確か二歳差。釣り合いが取れておりまする」


 お美屋御前。

 まだ嫁ぎ先が決まっていなかったのは、実に好都合だった。






 お美屋は豊臣秀次の正室の一ノ台の連れ子である。

 一ノ台の父親は、豊臣秀吉の関白就任を後押しした従一位右大臣の菊亭晴季卿だ。

 初めに嫁いだ三条顕実が十年前に亡くなった後、寡婦となった一ノ台は菊亭晴季卿の斡旋で豊臣秀次の正室に収まっている。


 豊臣秀吉も己の側室にと望んだほど、一ノ台は相当な美貌と知られていた。

 娘のお美屋も母親譲りの美しさだそうで、豊臣秀次はお美屋を珠玉のように愛しんでいるとの噂であった。


 なので当然抵抗される。


「菊亭晴季卿の孫娘で、さらに三条家の血も入っているとなれば、家柄的に鎮守府将軍も断れますまい」


「な、何を言うか。お美屋は髪結もまだの幼子ではないかっ」


「まずは婚約だけで構いませぬ。実際に嫁ぐのは三年後の夏あたりにしましょうか」


 延々と説得。


 豊臣秀次も段々ヒートアップしていき、呼気が荒くなる。


「お美屋の嫁ぎ先はッ、私自ら吟味に吟味を重ねて決めるつもりだったのだッ」


 豊臣秀次の喘息の持病がぶり返しそうになり、乳父の白江成定が慌てて割って入ってくる。


「そこまで!左京亮殿は何故お美屋様にこだわられるのか」


 一柳可遊、熊谷直澄、服部一忠もそれに相槌を打つ。


「別にお美屋様でなくても良かろう」


「適当な公卿の娘を養女にして、嫁入りさせれば良いではないか」


「そうよそうよ」


 他の家老たちが疑問を呈してきたので、理由を開陳する。


「各方、最近市井に出回っているお美屋様に関する噂をご存知ないのか?『新たな関白は義父譲りの女好き。美貌の連れ子が長じたあかつきには、側室に上げて母娘一緒に寵愛するつもりだそうな』という内容なのだが」


「バカなっ!」


 豊臣秀次が激昂する。


 そっちは放っておいて、俺の質問にちょっと動揺を見せている木村重茲に矛先を向ける。

 木村重茲は後に千利休の台子七人衆の一人に数えられる茶人だ。

 社交の場にも出ることが多いゆえ、知っていたようだ。


「た、確かに。下世話な冗談として、民草たちの口の端に乗っているようではありますな」


 よし。

 それを聞いて、途端に他の家老たちにも動揺が走っている。


「この噂、まことでありましょうか?」


 豊臣秀次当人に問う。


「ありえぬわ!」


 当然否定してくる。


 しかし、長年豊臣秀次の側に仕えてきた白江成定は、何とも言えぬ表情だ。

 あれは豊臣秀次の女好きに振り回されて、相当苦労している顔である。

 この人ならやりかねない、というその態度は、他の家老たちから察せられるに十分であった。


 穿った目で見れば、連れ子のお美屋にここまで執着する豊臣秀次の態度もおかしい。

 家族想いと言えば聞こえは良いが、この時代の一般的な戦国武将の振る舞いからすると、相当に変である。


 豊臣秀吉の五ヶ条の訓戒文の第五条目で、豊臣秀次の女好きには釘が刺されたばかりだ。

 俺がお美屋を豊臣秀次から遠ざけようとしている正当な理由を知って、家老たちの立ち位置もガラリと変わった。


 畳み掛ける。


「母子姦通など畜生にも劣る所業。秀吉公のお耳に入ればお怒りになるは必定。このような噂は即刻打ち消すべきでは?それゆえの策でもござる」


 その俺の発言に対し、良策であると家老たちが賛同に回る。


 ただ一人、これまで黙って成り行きを伺っていた徳永寿昌の対応は違った。


「方々、ここで勝手に方策を決めてしまうのは如何なものか。諸事、秀吉公のご判断を仰いで進める取り決めにござれば」


 追い詰められた豊臣秀次は、徳永寿昌の発言に乗ってしまう。


「お、おお、そうであった。寿昌よ。よう言うてくれた。この話はまた今度にいたそう」


 徳永寿昌に感謝し、この場から逃げるように撤収する豊臣秀次。


 その感謝は完全に的外れなものであろう。






 翌日、徳永寿昌からの報告が上がる。

 その方向で進めよ、と豊臣秀吉からの許可があったとの事。


 奥羽鎮守府との交渉で、お美屋輿入れの条件提示が認められてしまう。


「殿下はことのほか喜ばれておりました。『天下のために己の娘を差し出す覚悟を見せるとは、関白としての心構えがいよいよ出来てきたか』と」


 合わせて告げられた徳永寿昌のその言葉に、豊臣秀次も二の句を告げられない。


 改めて他の六人の家老たちから対奥羽の取次役を任せられる。

 これで俺は、政宗腹心の片倉景綱相手に、兵五郎もしくは愛姫の上洛交渉を開始することとなった。


 産まれたばかりの兵五郎を手放すのは無理なのは目に見えている。

 愛姫の上洛に落ち着くだろう。

 今から交渉に入るとなると、京の伊達屋敷の整備を含めた諸々の準備もあるので、来年春の上洛になりそうだ。


 愛姫と入れ替わって奥羽に戻ることになる伊達秀雄とお美屋の婚儀は、当面婚約のみに留めておく。

 輿入れは三年後の文禄四年の七月に仮置きだ。

 史実ではちょうどその頃に豊臣秀次謀叛事件が発生している。

 もちろんお美屋の仙台輿入れには自分も同道し、京を離れておく算段である。

 もしもの時の保険であった。


 豊臣秀次の家老として連斬首されないように立ち回る。

 今回のお美屋の一件のように、豊臣秀吉が誅す理由となりそうな豊臣秀次の汚点を予め全て消し去っていけば、その先が見えてくるのではないか。


 豊臣秀頼が産まれてしまえば全て無意味になる可能性が高いけれども、最後まで足掻いてみせようぞ。






<1592年 3月上旬>


 豊臣秀次の関白就任式。

 その直後の太閤豊臣秀吉による唐入りの陣立て発表。

 怒涛の忙しさで日々が過ぎ去っていく。


 唐入りの陣立ては九州征伐や小田原征伐の動員をはるかに超えており、総勢三十万体制が盛んに喧伝されている。

 あまりの展開の速さにビビった小西行長が、道を貸す約束をした朝鮮国に心変わりが無いか再度確認したいと、豊臣秀吉に申し入れていた。

 欺瞞を取り繕うのに必死である。

 

 我ら豊臣秀次の家老衆は、木村重茲、服部一忠、徳永寿昌の三名が豊臣秀吉に先行して名護屋に出陣。

 一柳可遊が豊臣秀吉から伊勢の舟奉行を命じられ、水主の手配のため自領の桑名に赴いている。

 残る白江成定と熊谷直澄と俺の三名は、約一ヶ月後に迫った後陽成天皇の聚楽第行幸と、その後に発布予定の人掃令の準備に勤しんでいた。


 白江成定と熊谷直澄の二人と仕事部屋に篭り、部下たちの上げてくる報告や決済の依頼を捌いていく。


 老眼が進んでるな。

 肩が凝って仕方ない。

 はぁー、吉乃や吉次、算術に長けた行久をここに呼びたいわ。 


 少し休憩していると小姓が現れる。


「大膳亮様、関白殿下がお呼びです」


「うむ、わかった」


 熊谷直澄が席を立つ。


 しばらくして戻ってきた熊谷直澄は、十数通の書状を抱えていた。


「それは?」


「唐入りに参加する大名たちからの借財の申し入れ状よ。関白殿下からよろしく工面してやるよう指示があった」


 閃きが走る。


「待たれよ」


 書状を確認させてもらう。

 毛利輝元やら浅野長政やら細川忠興やら、大物大名の名前が並ぶ。


「これはマズい」


「何がマズい?関白殿下が諸大名に恩を売る良い機会ではないか。聚楽第の金蔵は、この程度ではほとんど減りはしまい」


 その熊谷直澄の発言を是正する。


「如何に関白殿下が豊臣家の氏長者になったとは言え、金蔵の金は集めたのは太閤殿下であろう。太閤殿下にお伺いを立て、金は太閤殿下の名前で貸し出すのが筋というもの」


 石田三成宛の文は俺が書こう、と告げたのが良かったのかもしれない。

 説得が功を奏して、熊谷直澄も納得してくれた。


 確か豊臣秀次の謀叛の嫌疑の一つに、豊臣秀吉に無断で諸大名に金を貸し付けていた件があったはず。

 借財の証書を謀反への加担を求める書状と強引に解釈され、責められた説だ。


 危ないところであった。

 今のうちに潰せて良かった。


 ホッと一安心する。






 再び仕事に没頭していると、また小姓が現れた。


「権太夫様、関白殿下がお呼びです」


「はて、何用であろうか」


 今度は白江成定が席を立つ。


 しばらくして戻ってきた白江成定は、困り果てた顔をしていた。


「如何なされた?」


「いや、その、はは、また関白殿下に、難題を出されてしまっての」


 口籠って愛想笑いの白江成定。

 白江成定がこういう顔をするときは、いつも豊臣秀次の女絡みの話だ。


「今度はどこの女子ですか」


 言い淀んでいる白江成定の口を、豊臣秀吉の五ヶ条の訓戒の第五条を盾に強引に割る。


「それが、関白就任式の際、食事の世話をしてくれた采女だそうです」


「采女」


 内裏で配膳を担当をする女官の役職だ。


「前々から宮中で見かけていた阿桐という名の女子で、その女子の事を思うと仕事が手につかぬゆえ、是非とも側室に迎え入れたいと仰っておられるのです」


 豊臣秀次。

 オマエは何を言ってるんだ。


 帝に仕える女官に手を出すなど、常識はずれもいいとこだ。

 猪熊事件の先取りかよ。


 しかし阿桐?

 どこかで聞いた名だな。


 そうか。

 真田家の高梨内記殿の息女だ。

 阿桐という名前で、菊亭晴季卿との縁で宮中に出仕していると言っていた。

 だとすると間違いあるまい。


 これも豊臣秀次のやる気を回復させて、後陽成天皇の聚楽第行幸を成功させるためだ。

 ひいては自分の命が助かるために必要な一手となるはず。

 割り切ってお役立ちキャラを演じる。


「確かその女子は真田安房守殿の御家中の出だったはず」


「それはまことか」


「真田安房守殿に相談されよ。ただし、いきなり側室に迎えたいなどとは申し入れないことです」


「ならば、どう相談すればよろしいかの?」


「菊亭晴季郷の孫娘にあたるお美屋様がもうすぐ髪結ゆえ、行儀作法を教えるための女官を探しておる、とでも相談すれば如何か」


 宮仕えさえ辞めさせて近くに置けば、あとは如何様にもなるだろう。


 ありがたい!と白江成定にひどく感謝される。


 やれやれ、だ。






<1592年 4月中旬>


 後陽成天皇の聚楽第行幸を無事終えてホッとするのも束の間、後続のイベントがすぐにやってくる。


 京に軍勢が集まっている。

 豊臣秀吉の旗本三万人と、徳川家康や前田利家らを中心とした在陣衆七万人の大軍勢だ。

 豊臣秀吉の出陣が差し迫っていた。


 蝦夷地と樺太千島の探索に総力を上げている奥羽鎮守府は、今回の出征への不参加となる。

 ただし、奥羽の外にある下野と越後の軍勢の拠出だけは求められていた。

 二階堂盛隆と伊達成実がそれぞれ三千人の兵を率いて在陣衆に加わっている。


 久しぶりに息子と婿に対面し、束の間酒を酌み交わす機会を得た。


 在陣衆は渡海の予定の無い予備兵力である。

 主に東国の大名たちの軍勢で編成されており、言わば手柄を立てさせないための配置であった。

 しばらくは渡海の心配は無いだろうが、二人には衛生面での管理を徹底するように念を推す。

 また冬場の厳寒の中での戦いに備えて、秋口になったら必ず国元に命じて防寒具と藁履を手配すべしと言い含めておく。






 予定では本日豊臣秀吉が名護屋に向けて出発するはずであった。

 豊臣秀次に従い、見送りのため聚楽第にて出陣の号令の銅羅の音を待っていると、豊臣秀吉の使者として石田三成がやってくる。


「太閤殿下におかれましては、今朝方からお目の様子が麗しくなく、出陣は日延べとなりました」


 突然の眼病となると、ものもらいだろうか。


 しかし、豊臣秀吉からの言伝はそれだけでは無かった。


「出陣の日程が改めて定まるまでの間、京で待機する諸将の無聊を慰めるため、関白であらせられる豊臣秀次様主催の饗応の席を設けて頂きたい」


 ん?

 そんなイベント、史実にあったか?


「なお、饗応役は二階堂左京亮に任せよとのこと。これは太閤殿下のご下命となります」


 な、なんだと!?


 俺が昔プリンのレシピを織田信長に献上したのを、豊臣秀吉が唐突に思い出したのだそうだ。

 何年越しのフラグ回収だよ。






 豊臣秀吉の無茶振りで、饗応の席は十日後に設定されてしまう。

 とにかく時間がない。


 京で待機する諸将の中で一番の大物は、当然ながら徳川家康である。

 豊臣秀吉が唯一ご機嫌を伺う相手であり、饗応の成否も如何に徳川家康を満足させられるかに掛かってくる。

 ならば自ずとメインの料理は決まってこよう。

 天麩羅である。


 もともと徳川家康とは一席設け、天麩羅をたらふく食わせて誼を通じておく予定であった。

 しかし、ここは京都。

 徳川家康の好物と言われる鯛の天麩羅は、生魚の鯛を手に入れ辛いため、なかなかに難しい。

 その代替品として、鎌倉で試作したエビフライとタルタルソースが、遂に日の目を見る時が来たようだ。


 吉次に命じて、金に糸目を付けず明石・大阪・若狭で採れた新鮮な魚介や、京近郊で採れた瑞々しい野菜を聚楽第に届けるよう手配する。

 新鮮な菜種油と胡麻油も同様だ。

 また、同じ家老仲間で伊勢に所領を持つ一柳可遊に、伊勢海老や車海老を確保して生きたまま大鋸屑(おがくず)に入れて京まで運ぶようお願いする。

 小麦や酒は国元の下野と須賀川から予め持ち込んでいる分で足りるだろう。

 パン焼き用の釜も用意させよう。


 やはり問題は、朝取れの新鮮な卵を如何に確保出来るかに尽きる。

 饗応に参加する諸将の数を考えると、近江の自領で吉乃に命じて試験的に開始させている養鶏場の卵だけではとても足りない。

 一つでも多くの新鮮な鶏卵を確保するため、洛中で雌鳥を飼っている屋敷を探し、提供を依頼していくしかあるまい。

 二階堂家の京屋敷に詰めている者たちを総動員だ。

 俺もローラー作戦に参加する。


 すると前田利益から耳寄りな情報が入る。


「武家屋敷の立花邸から、毎朝雄鶏の鳴き声が聞こえるそうですぞ」


 さっそく前田利益と共に立花家の京屋敷に向かってみる。






 立花統虎。


 立花宗茂の名前の方が有名であろう。

 言わずと知れた西国無双の勇士だ。

 統虎から宗茂まで、都合十度も名前を変えた変人でもある。


 筑後高橋氏の名跡を継いだ吉弘鎮理の息子として産まれ、同じく筑前立花氏の名跡を継いだ戸次鑑連の入婿となり、立花統虎を名乗る。

 名将の誉れ高い実父と義父の双方の薫陶厚く、島津家との戦いでその武略を縦横に披露。

 豊臣秀吉の意向で九州征伐の折に主家の大友家から独立し、筑後柳川城主として豊臣家の直参になっている。


 立花隊は唐入りの出征組の六番手に配されていた。

 当然ながら当主の立花統虎も名護屋城に詰めている。


 留守居役の家老に話を聞いてもらえれば。

 そう思って立花邸の門扉を叩いてみたのだが。


 通された先の屋敷の一室には、凛とした女丈夫がいた。

 立花道雪こと戸次鑑連の実娘で、立花統虎の妻。

 誾千代であった。


「殿は名護屋におられますゆえ、妾が話を伺いましょう」


 格ゲーキャラとしてのビジュアル補正が入っているのか、やたらハンサムな顔立ちと声色である。

 紫色の小袖が良く似合っており、腰まで伸びた黒髪が艶やかで美しい。


 まず、誾千代が京にいること自体に驚く。

 史実では、立花家が柳川に転封となった際、夫の立花統虎とは別居していたはずなのだから。

 誾千代ほどの女武者が、豊臣政権下の大名の正妻の務めに従って上洛し、人質生活を甘んじて受け入れているなど思いもよらなかった。


 次いで、彼女のお腹の膨らみに驚く。

 戦闘モードで確認するまでもなく、七ヶ月目くらいであろう。

 それも聞けば既に三人目だそうで、史実との乖離が甚だしい。


 どうしてこうなった!?






「わかりました。その程度の話であれば容易いこと。喜んでお裾分けいたしましょう」


 誾千代に鶏卵拠出の件を快諾してもらったその帰り道。


「随分と麗しい奥方でしたなぁ」


「ああ。そなたは二度と立花屋敷に近づいてはならんぞ」


 惚れっぽい性格で佳い女に滅法弱い前田利益に釘を刺した後、立花統虎と誾千代の夫婦仲の改善の原因を考察する。


 史実の立花統虎は戦さに明け暮れた男であった。

 誾千代を娶って立花を名乗った頃には既に主家の大友家は斜陽で、島津と龍造寺と秋月の三氏との戦さが止むことはなかった。

 豊臣秀吉の救援もあって何とか生き残るも、柳川に転封した直後に肥後で大規模な一揆が発生し、半年間に渡ってその鎮圧に駆り出される。

 肥後が落ち着いたと思ったら上洛を求められ、更にその次は小田原征伐に動員されて、遠く関東まで出征する。

 そして続く二度の唐入り。

 誾千代との夫婦の時間はほぼ取れなかったと言っても過言ではなかろう。


 しかし、この世界ではどうだろう。

 九州仕置きの際、長宗我部信親が肥後を受領したことで、肥後国人一揆は発生していない。

 誾千代が別居を申し出た際に、史実と違い、立花統虎には夫婦仲の破断を回避する為に使える時間が山ほどあった。

 回数が増えたことで確率が若干上がり、そして幸運が重なって(かすがい)が産まれる。

 一度出来たら双方共につっかえが取れて、あとはケチャドバか。


 長宗我部信親が佐々成政の代わりに肥後を受領したのは、戸次川の戦いで生き残れたから。

 戸次川の戦いで長宗我部信親が生き残れたのは、長宗我部家が四国征伐を回避したから。

 長宗我部家が四国征伐を回避できたのは、小牧・長久手の戦いが半年長引いたから。

 小牧・長久手の戦いが半年長引いたのは、奥羽鎮守府が織田信雄陣営を支援したから。

 

 俺という存在がいなければ、奥羽鎮守府の成立はあり得なかった。

 それは断言出来る。

 さらに言えば、佐々成政が第二次手取川合戦で討死したのは、俺が前田利益を北陸に派遣したからでもある。

 バタフライ効果もここに極まれり、だ。


 もしかして今度の饗応の席で俺がエビフライを振る舞うことで、この後に思いもよらない展開が生じるかも知れない。

 そう考えると少し怖くなる。


 だが、一々気にしていたら何も出来なくなるのも確かである。

 とにかくこれで、まとまった数の鶏卵を手に入れる目処が付いた。


 あとは仕込みをきちんとして、本番に臨むのみであった。






<1592年 4月下旬>


 饗応の席の開催前日。


 問題が発生する。


 聚楽第の大台所の料理人たちの集団サボタージュである。

 あまりにも自分達の伝統的な調理法から外れすぎていて、俺が持ち込んだレシピを受け入れられないのだとか。

 長年俺に仕える二階堂屋敷の料理番を臨時の調理講師役で送り込もうとしたのだが、台所から叩き出されていた。


 名古屋山三郎を派遣して説得しようにも、まったく道理が通じないようだ。


「大殿は太閤殿下が指名された饗応役ゆえ指示に従うようにと説いても、俺らだって太閤殿下に台所を任せられた料理人だと叫くだけで、一向に聞き入れません。いっそ斬り捨ててしまってはどうでしょうか」


「こらこら。台所が血まみれになる方がよほど問題だ」


 前田利益ではなく名古屋山三郎を使いに立てて本当に良かった。

 前田利益であれば既に幾人か死人が出ていたであろう。


 大台所の料理人たちを煽っているのは、名古屋山三郎の見立てによると料理人頭の大角与左衛門。

 見るからに偏屈そうなオヤジだそうな。


 何処かで聞いた名前だな。

 もしかして、大阪夏の陣で大阪城の台所に火を放った裏切り者の台所頭か?


「仕方ない。今から説得するのは手間ゆえ、彼らの手は借りぬことにしよう」


「良いのですか?」


「ああ。すまぬが吉次のところへ一走り頼む。明日の朝までに大きめの焜炉と鉄釜を複数用意して欲しいと伝えてくれ。明日も晴れそうゆえ、天麩羅とフライは大広間に臨む庭先で調理するといたそう」


「庭で!?料理人はどうするのです?二階堂家の料理番だけでは、とても手が足りませぬが」


 饗応役が自ら調理した料理を振る舞うのも、また一興であろうよ。






 饗応当日。


 聚楽第の庭に床几台と天幕を用意し、即席のキッチンスタジアムを設置。

 食材は全て新鮮なものが揃い、水や調味料も小麦粉も準備万端だ。

 卵については、立花邸を初め雌鶏を飼っている家々に名古屋山三郎を使いにやって、朝取れの新鮮な鶏卵を入手済みである。

 パンも焼き立てだ。

 炭も良く燃えており、二つの鉄釜の中の油も適温である。


 大広間の首座に関白の豊臣秀次が着き、招待客が相対する形で二列でずらりと座っている。


 徳川家康と結城秀康に本多忠勝、井伊直政、榊原康政、本多正信の徳川家の面々。

 前田利家と前田利長や、蜂須賀家政、堀秀治、溝口秀勝、村上頼勝、青木一矩、丹羽長重、京極高次らの北陸衆。

 真田昌幸と真田信繁や、森忠政、毛利秀頼、石川康長らの信濃衆。

 佐竹義宣らの常陸衆と、伊達成実と二階堂盛隆の奥羽鎮守府軍。


 錚々たる面々である。


 既に事前に揚げておいたポテトチップスと芋けんぴが載った膳が、それぞれの席に配置されている。


 ん?

 石田三成の姿も見えるな。

 目付役のようだ。

 直前で膳が一つ増えたのは、あやつのせいだったか。


 まずは関白の豊臣秀次が挨拶する。


「皆、よく集まってくれた。左京亮が面白そうな酒肴を用意してくれたゆえ、唐入りに向けて今日は存分に鋭気を養って欲しい」


 豊臣秀次の言葉が終わるのを待って、キッチンスタジアムの前に進む。


 白い割烹着とシェフ帽を被った二階堂盛義の登場に、大名たちが騒めく。


「さて本日召し上がって頂くのは、南蛮渡来の料理天麩羅とエビフライ。これから朝鮮と明を一飲みにするとなれば、南蛮の料理程度は軽く片付けて頂かねば困りますぞ。ああ、鶏卵がダメな方は先にお申し付けくだされ。鶏卵抜きでお作りいたそう。順に揚げて参りますゆえ、まずはお手元のお膳にて、小腹を満たしておかれよ。盛隆、成実殿、皆様がたの酒の相手をよろしく頼むぞ。では参らん」


 怒涛の説明を行なった後、キッチンスタジアムの端に控えているシェフ姿の前田利益に合図を出す。


 前田利益は「何やら面白そうな事になっていますな」と勝手に着いてきたので、仕方なく手伝わせてみた。

 食材を揃えるよりも、彼の巨体に合うエプロンもどきを用意する方がよっぽど大変だったわ。


 力いっぱい銅羅を叩く前田利益。


 ジャーン!


 調理開始の合図の銅羅の音で、一気に気合が入る。


 うぃーむっしゅ!!


 再びビックリしている大名連中を尻目に、早速調理に取り掛かる。

 助手は最小限で、名古屋山三郎と前田利益の二人だ。

 二階堂家の調理人たちは、下拵えとタルタルソースの準備に専念させてあった。


 ベジファーストで揚げていく。

 蓮根、大葉、里芋、生姜、蕪、牛蒡、そしてキノコ類だ。

 手早く油を切って、そのまま提供。

 熱々なので毒見薬も大変だろうが、関係ない。

 どんどん揚げて、揚げた順番に小姓たちに命じて配膳させていく。


 次いで魚介類を揚げる。

 明石から生きたまま壺に入れられて送られてきたタコを手早く捌き、ぶつ切りにして揚げていく。

 若狭から届いた塩サバも天麩羅にすると美味いので、これも揚げる。

 大阪から届いた車海老は、当然天麩羅の主役であった。


 天つゆに大根おろし、塩、抹茶塩を提供し、個人の好みで食してもらう。


 一通り天麩羅が行き渡ったら、メインディッシュに取り掛かる。

 満を持してのエビフライの登場だ。


 紀伊や伊勢から取り寄せた身の厚い伊勢海老を次々と剥いていく。

 各種下拵えを行なって調味液とパン粉に付け、こちらは二度揚げだ。

 低温の鉄釜で一度揚げ、余熱で火を通した後、高温の鉄釜でサッと揚げる。


 エビフライはやはりタルタルソースでかぶりと食してもらいたい。

 鎌倉での試作の時よりも、数倍美味くなっている自信がある。

 囲炉裏で燻された沢庵を細かく刻んでぶち込んでいるため、塩気と燻製臭が効いて絶品なのだ。


 残念ながら卵がまだダメな人向けには、味噌ベースの甘辛ダレを用意してある。

 なんちゃって味噌カツ風だが、これはこれで美味いとは思う。


 最後にデザートとして用意していた甘い牛乳寒天を人数分に切り分け、エビフライを食べ終わった順に配膳するよう指示を出す。


「ふー、終わった」


 人数が人数なだけに、目が回るほどの怒涛の忙しさであった。

 調理中、俺の料理を喰らっている大名連中の反応を確かめる暇も無かった。


 ちょっと、一休みさせてもらおう。






 厠で用を足し、空いている部屋で大の字で暫く休んでいると、廊下の方から声が掛かる。


「左京亮様、少しよろしいでしょうか」


「この声は本多佐渡守殿だな。如何なされた」


 何処から嗅ぎつけたのか本多正信が訪ねてきた。

 一足先に大広間を抜けてきたようである。


 起き上がって部屋に招き入れ、応対する。


「我が主人が先程の南蛮料理をいたく気に入られましてな」


「ほう、それは嬉しい。自ら腕を振るった甲斐があったというもの」


「そこでなのですが、是非とも作り方を教えて欲しいのです。如何程で伝授頂けましょうや」


 釣れたわ。

 これは尋常ならざる好機よ。


「お代など不要。ただ一つだけ徳川殿ご本人にお約束を頂ければ、天麩羅とエビフライの調理の仕方について余す事なく教えましょうぞ」


「はて。どのような約束でしょう」


「簡単なこと。今後、我が二階堂家に取り潰しの危機が迫るような事あれば、一度だけで良いので徳川殿にお助け頂きたい」


「む、むむむ?」


 なぜ俺がこのような申し出をしたのか、本多正信は図りかねている様子だ。


「なあに、もしもの時の備えにござる。誓詞血判とは言いませぬ。ただ一筆頂くだけで結構」


「・・・これは随分と高い代金になりそうですな」


「そうさの。今の時分でざっと百万石にはなろうか」


 ハハハッと笑って冗談めかす。

 これぞ正しく百万石のお墨付きであろう。


「軽々には判断できぬゆえ、持ち帰って我が主人に確認いたしましょう」


「うむ。是非確認くだされ。ここは京ゆえ生魚が手に入りませなんだ。鯛の天麩羅なども淡白な身がふっくらとなり、徳川殿であればきっと気にいるはず。江戸前の天麩羅も美味しゅうござろうよ」


 辞去する本多正信を見送る。


 さて、次は隣室にいつの間にか控えている才槌頭が相手か。






 襖を開ける。


 隣室のど真ん中に石田三成が座っていた。


「二階堂家に迫る取り潰しの危機、とは一体何を指しておられるのか」


 ジロリと目線を向け、問うてくる石田三成。


「盗み聞きとは人が悪い」


「勝手に聞こえてきたまで」


 相変わらず打てば響く反応だ。

 頭をかきながら弁明する。


「それがしの仕える関白殿下は、実のところ薄氷の上に立っておられる。全ては太閤殿下の(たなごころ)しだい。今後どう転ぶかわからぬゆえの備えよ」


「解せませぬな。太閤殿下は秀次様をご自分の後継者として認めたがゆえに、関白の座を譲られたのです」


 石田三成の素面で建前を論じてきた。

 なのでズバリと反論する。


「他に適当な者がいなかっただけでござろう。もし仮に今また太閤殿下にお子が出来たら、関白殿下のお立場はどうなるか」


「なるほど。諸大名への貸付の名義の一件も、備えの一環というわけですか」


 言葉の上では納得していたが、石田三成の表情の方は違った。

 俺のその懸念を、万が一にもあり得ぬ事と切って捨てていた。

 石田三成は俺のことを、単なる心配性が過ぎる人間と判断したようだ。


 向こうから話題を変えてくる。


「本日の饗応、お見事なるお手前。まるで本職の料理番のごとき立ち振る舞いでした」


「いや、お恥ずかしい限り」


「あのような趣向、古今東西聞いたことがござらぬ。聞けば台所が使えなかった為、急ぎ(しつらえ)た調理の場だとか」


 何が言いたいのだろうか。


「聚楽第の大台所の料理人頭より『饗応役の横暴で我ら料理人の活躍する場を奪われた』と訴えがありましてな。目付役として本日の饗応の出来栄えの成否と共に、その真偽を確かめて太閤殿下にご報告せねばなりませぬ」


 唖然。


 大角与左衛門。

 徳川家康に嫌われたのも分かるわ。


 本気でその訴えが通ると思っているのだろうか。


「此度の提供した料理は南蛮渡来の技が必要ゆえ、聚楽第の料理人たちの腕前では荷が重過ぎただけのこと。他意はござらぬ」


 その俺の説明は、実際に天麩羅とエビフライを体験済みの石田三成に、すんなり受け入れられる。


「承知仕った。至極真っ当な話でございますな」


 役目を終え、さっと立ち上がる石田三成。

 去り際、大角与左衛門に対する処断について漏らしてくる。


「無能なだけならまだしも、味方の足を引っ張ってでも己の手柄を望む者など、有能な敵よりもよほどタチが悪い。料理人頭の大角何某なる者は、豊臣家のお為にならぬ男のようだ。彼には早々に然るべき沙汰が申し付けられましょう。では、失礼仕る」


 石田三成も大角与左衛門には良い印象を抱いていなかったらしい。


 あれ?

 これって、未来の大阪城落城の原因を、意図せず取り除いてしまったのでは?






<1592年 5月上旬>


 京の街の早暁。

 遂に太閤出陣を告げる法螺貝と銅鑼の音が鳴り響く。


 豊臣秀吉の旗本三万はこれから約一ヶ月掛けてゆっくりと進軍を進める手筈になっている。

 これは、豊臣秀吉が側室の淀の方と松ノ丸の二人を連れて名護屋に向かうためであった。


 なお豊臣秀吉に先立つこと九日前、徳川家康を中心とした在陣衆七万が京を出立していた。

 我が息子の二階堂盛隆と婿の伊達成実も、既に瀬戸内海を航行中だ。


 そして今また一人、我が家中の者が西に向かって旅立とうとしている。

 前田利益である。


 無類の戦さ好きの前田利益が、白村江の戦い以来の外征の機会を逃すはずもなかった。


「そなたに忠告しても無駄なような気がするが、病にだけは気をつけるのだぞ」


「心配ご無用。義父上も誰に命を狙われるか分かりませぬゆえ、お気をつけなされ」


 キセルを燻らせながら巨馬に跨る前田利益の後ろ姿を見送る。


 この後すぐ、俺は関白の豊臣秀次の名代として、輝宗殿の三回忌参列の為に奥州に下向する。

 確かに前田利益の言う通り、これまで聚楽第の外でボディガードを務めてくれていた前田利益の不在は大きい。

 まだ若干十七歳の名古屋山三郎だけでは心もとなかった。

 それに名古屋山三郎は技がやたら映えるだけで、実はそんなに強くないのだ。


 南近江の俺の所領を切り盛りしている娘の吉乃宛てに文を出す。


 腕の立つ石川五右衛門を京に呼び寄せるとしよう。






ブックマーク登録、いいね、☆☆☆☆☆クリックでの評価を頂けると大変励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 秀次事件で処罰されないほどの信頼を秀吉から得てるなら、どう考えても秀頼付になるだろうな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ